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星を巡るソフィア  作者: 彩都 諭
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第25話 故郷との別れ

 第25話 故郷との別れ


 エメリアたちがメリダに乗船して間もない頃、琥珀の女王号ではソフィアが操縦席で奮闘していた。


「このベルト、キッツイ…」


「ソフィア様、我慢して下さい。いざという時、危険から逃れるために、この船は様々な機動をとります。船の機能で多少は守られていますが、ソフィア様の日頃の努力も身を守るのです。琥珀の女王の名を持つアンブル・ドゥ・レーヌ号のパイロットとして、まずはベルトをキチンと締めましょう」


 ソフィアは操縦席のベルトがこんなにキツイと思わず、先ほどまでの喜びがかなり吹き飛んでしまった。おまけに、座席の高さや操縦桿の位置がソフィアの体格に合わない。アビーが応急的に調整してくれているが、色々と雑だった。


「ねえ、アビー。 私の為に色々と直してくれるのは嬉しいんだけど、その辺の棒か何かを、に私の髪紐で操縦桿に結んで、無理矢理リーチを稼ぐって…なんかカッコ悪いよ…」


 ソフィアの手は操縦桿では無く、操縦桿に括り付けられた金属の棒に添えられていた。アビーはその姿をジッと見るが、何も言わずに顔を背ける。


「アビー? なんでそっぽ向くの? こっちを見てよ」


「…周囲のスキャンを行いますので、そのままお待ち下さい」


「アビーってば〜」


 アビーはソフィアの視線を避けつつ、船のレーダーで周囲のスキャンを開始する。近くのモニターに色々な反応が出るが、メリダから西に向かったところに、多くの反応が集まっているのを確認する。おそらくは、昨日メリダを発った避難民の反応だろう。そして…


「おや? 南側に移動する反応が多数ありますね? これはなんでしょう?」


 アビーは更に広範囲のスキャンを行う。すると、南から夥しい数の反応がこちらに向かっているのがわかった。色が違うので、生命体ではない。


「これは…!? まさか、あの自動人形たちが迫ってきている!?」


 その言葉に、ソフィアは椅子をガタッと鳴らして振り返る。


「アビー! またあの人形が来てるの!?」


「はい、おそらく間違いありません! 南から大量に迫って来ております。このペースだと、あと三十分でここに、そして西の避難民がいる場所に約一時間で到達します!」


 あと一時間半、もしかしたら、更に早く到達する。その先には? ソフィアはハッとして、思わず悲鳴が出そうになった。


「じゃあ…お父さんとお母さん、それにルーナの所に、あと少しで着いちゃうの!? あいつらが…。そんなのダメだよ! 絶対にダメ!!」


 家族に危険が迫っている。ソフィアは必死に叫んだ。だが、このままでは意味がない。


「アビー! リゴとエメリアお姉ちゃんに伝えなきゃ! なんとかできない!?」


「エメリア…お姉ちゃん?」


 アビーに突っ込まれ、ソフィアはつい口走った言葉を知り、慌てる。


「待った! 今のは忘れて! エメリア様とリゴにこの人形の事を伝えられる? 急がなきゃ!」


「勿論、大丈夫です! 今、通信を繋いでます!」


 すると、ソフィアの操縦席にあるモニターが光り、映像が映し出される。そこにはエメリアとリゴが写っていた。


「リゴ! エメリア様! 聞こえる!? 大変なの! アビーが見つけたんだけど、ここと避難したみんなのところに、あの人形たちが迫ってきてるの! なんとかしなきゃ!!」


「なんだって!? ソフィア、それは本当か!?」


「はい!! 一時間くらいで、西のみんなのところに着いちゃうんです! どうしたらいいですか!?」


 ソフィアがモニターに向かって叫ぶと、横からリゴの顔が割り込んできた。


「ソフィア、聞こえるかい? 状況はわかった。その人形たちは王都を破壊し、そのまま進軍してきたのだろう。だが…その速度は全く別物だ。私の予想よりもかなり速い。このままでは人々の避難が…とにかく、私たちも急いで西に移動を始めよう! ソフィアたちは先に飛んでほしい。アビー、そっちは任せたぞ!」


「了解しました。お任せ下さい。リオン、エメリア様とリゴ様にご迷惑をかけないように」


「わかっている。余計なお世話だ!」


 なぜかアビーとリオンが口喧嘩しそうになっているが、今はそれを考えている時間はない。通信が切れると、ソフィアはアビーを両手で掴み、顔を向き合う。


「アビー、お願い! 力を貸してほしいの。あの人形からみんなを守るために、何かできることはない!? 私にできることはないの!?」


 ソフィアは必死の形相で、アビーに尋ねる。操縦はアビーに頼むしかない。だが、何もせずに見ていることは、ソフィアには出来なかった。


「ソフィア様…戦いたいのですか?」


「みんなを守るために、戦うことが必要なら。でも私ね、私には何もないの。ミナリスでは何も出来なかった。我儘でついてきた、ただの足手まといだったの。それはわかってるよ…。教えて、アビー。私に出来ることがあるのかな? たった一つでも、何かできるなら…私はやりたい。アビー…お願い」


 自分は無力だ。ソフィアはこれまでの体験で、それがよくわかっていた。それでも、諦めきれなかった。目の前で大切な人が失われるのを見るのは、もう嫌だった。


 いつの間にか流れる涙。ソフィアはアビーを抱きしめながら、必死に願う。アビーはしばらく沈黙していたが、どこからか取り出したハンカチでソフィアの涙を拭う。


「わかりました。ソフィア様、一緒に戦いましょう。私たちの手で、皆様を護るのです」


 アビーは球体の体からニョキッと手を出し、ソフィアに差し伸べる。ソフィアは嬉しさにまた目を潤ませて、アビーの手を掴んだ。


「アビー…ありがとう。よし、やろう!」


 ソフィアは座席に戻り、キツイと騒いでいたベルトを締め直す。アビーに言われて座ったのは操縦席ではないが、細かい操作盤が配置されていた。代わりにアビーが操縦席に着くと、操縦桿から括り付けてあった棒を外す。


「まずは離陸して、リゴ様の指示通り西に向かいます! メリダよりもこの琥珀の女王号の方が速く飛べるので、先に人々の避難準備を呼びかけましょう! それから、迫り来る敵を迎撃します! ソフィア様、宜しいですか?」


「うん! 急ごう!」


 ソフィアとアビーは一緒に頷く。それからすぐにアビーはカウントを5つ数えた。カウントがゼロになった瞬間、船は加速し、地面から離れる。空は夜明けが近くなってきたのか、白み始めていた。ソフィアたちの眼下には、薄暗がりの中に光る船、メリダと、先ほどよりはっきり見えるようになった故郷の街があった。


「メリダの街が…これでお別れなんだね」


 ソフィアは小さく呟く。故郷との別れに、不思議と涙が出ないが、ただ寂しかった。


「ソフィア様…およそ15分後には目的地に着きます。それまでに、この船の装備について説明しますね」


 ソフィアは窓越しに小さくなっていく故郷の街から視線を外し、前を向く。


 その目には決心の色が映し出されていた。



 琥珀の女王号が勢いよく西に飛び立つのを見送ったエメリアたちは、メリダの発進を急ぐ。


「ソフィアたちは無事に飛び立ったな。我々も急ごう! リゴ、行けるか?」


「はい。リオンの報告によれば、シールドも再展開出来るようになりました。間も無く離陸しますので、席でベルトをして下さい」


「わかった」


 エメリアは席に着き、ベルトをする。やり方はリオンに教わっていたが、これくらいはすぐに覚えられた。


「それでは、発進のカウントをとります。10カウントで行きます!」


 リゴがそう言うと、座席のモニターに数字が映し出され、減っていく。そしてゼロになると、メリダの巨大な船体が持ち上がり、ゆっくりと西へ移動を始める。だが、琥珀の女王号に比べると相当に遅い。


「この船は船団を護る事に特化していて、防御力は高いのですが…船足は速くありません。この速さだと、到着は一時間後です。人形どもに追いつかれる可能性もあります」


「うむ…。到着してから避難を始めても間に合わないな。それに、ソフィアたちが先行してくれているとはいえ、人々が簡単に動くとは思えない」


 確かにエメリアの言う通りだった。西への避難はなんとか足並みを揃えられたが、それも亡きヒース・オーランドの指示とエメリアの説得があって可能になったのだ。ソフィアも人々に知られているだろうが、ソフィアはリーダーではない。人々が指示に従ってくれるとは思えなかった。


「そうなると…やはり私も民の前に行かねばなるまい。リゴ、この巨大な船には琥珀の女王号みたいに速い船は無いのか?」


「申し訳ありません…この船には無いのです。私も先ほどは動揺していたようです。姫様にもソフィアと一緒に先行して頂ければよかったのですが…」


「まあ、仕方がない。向こうにはテオたちもいる。危険が迫っている事は伝わるはずだ。だが、逃げ場がない。なんとか一時間後に人々を船に乗せられないだろうか」


 その意見を聞き、リゴは頷く。確実とは言えないかもしれないが、手段があった。


「姫様、避難船をこちらに呼び出しましょう。先ほどのアビーのデータによれば、西へ逃れた人々はおよそ五万人。避難船一隻に千人近くは余裕を持って乗れます。操縦は自動なので問題ありません。当初の予定の位置からずれるので、指令の修正が必要ですが、必要な船だけを動かすにはそれ程時間はかかりません」


「間に合いそうか?」


「ギリギリですが、いけます。後は、速やかに乗船出来れば人形たちを振り切れるはずです」


「よし。リゴ、頼む! 私も人々に呼びかける為に今から先行しよう。リオン! キャヴァリアーを出せるか!?」


「出せますが…危険です! もし人形がメリダを追い越してきたら、攻撃に晒されます」


 キャヴァリアーはメリダよりは小回りが効くし速いが、集団で迫る人形の攻撃には無防備だ。それはエメリアにもなんとなくわかっていた。それでも、引けない。


「今、危険なのは民の方だ。私には王として、民を護り、導く義務がある。だから、行かねば」


 リオンは悩む。主人の命令は大事だが、主人の生命も大事だ。どちらが正しいのかわからない。そんなリオンに、リゴからも声がかかる。


「リオンよ。お前の悩む気持ちはよくわかるが、姫様の意志は固い。ならば、側で姫様をお護りしなさい。この船は私に任せて、行くのだ」


「リゴ様…。畏まりました。エメリア様は私がお護りします。格納庫のキャヴァリアーを準備してきますので、エメリア様もご支度をお願いします」


「わかった! リオン、頼む!」


 勢いよくリオンが扉を出て行くのを見送り、エメリアも移動の準備をする。荷物は最小限に、剣だけを手にして行こうとすると、リゴに呼び止められる。


「姫様、お待ち下さい。これもお持ち下さい」


 リゴに手渡されたのは、刺繍が施された布だ。よく見ると、見覚えがあった。


「リゴ…持っていたのか。ありがとう」


 エメリアは扉を出て走り出す。格納庫までの道順は覚えていないが、リオンが船内スピーカーで案内をしている。


「姫様、どうかお気をつけて…」



 メリダから勢いよくエメリアとリオンが乗るキャヴァリアーが飛び降りる。そして、西へ向かって疾走して行くのをリゴは見送った。振り返ると、メリダの後方には幾つもの砂塵が見える。そこにはキャヴァリアーと同じように地上を疾走する、人形たちの姿が迫っていた。


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