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星を巡るソフィア  作者: 彩都 諭
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第24話 帰還

 第24話 帰還


 まだ夜の闇が深く、日が昇る前。


 住民が西に去り、人の気配無くなった街、メリダ。先の大災害で大きな被害を受け、それでも復興の最中にあったこの街は突然放棄され、今は夜の闇の中に沈んでいた。


 つい昨日の早朝までは、この街が自分の知っている世界の全てであったソフィア。今、彼女は空の上からメリダの街を見下ろしている。


 暗闇にぼんやりと、輪郭だけが浮かぶこの街を見て、ソフィアは心の中に穴が空いたような、空虚な気持ちになる。

 家族との暖かい思い出。リゴが世話をしていた花。地震の時の怖かった記憶。そしてまた、家族が揃い、嬉しかった気持ち。


 全てが、メリダの街と共に暗闇に沈んでいる。そんな、やりきれない気持ちにソフィアは言葉を失った。


 リゴは椅子から立ち上がり、窓の外を黙って見ているソフィアの肩に、そっと手を置く。だが、何も声はかけなかった。エメリアもその様子を見て、ソフィアのもう片方の肩に手を置いた。


 三人は言葉を交わさず、しばらく黙って、一緒にメリダの街を眺める。それぞれが、心の穴をその手で押さえるように。


「皆様、そろそろ着陸態勢に入ってもよろしいですか?」


 船を操舵するアビーが、丸い体からアヒルのような首を伸ばしながら尋ねる。


「ああ…わかった。アビー、頼む」


 リゴが指示を出し、琥珀の女王号は旋回運動の用意をする。リゴに促されて、エメリアとソフィアも椅子に座り、リオンに教えてもらいながらベルトを締めた。


 三人が座席に座って準備が整うと、いよいよ着陸に向けて旋回する。


「本来、この船は垂直に降りることも可能なのですが、離着陸用のエンジンは重力制御型のドライヴではないので燃費が悪くて…。これから長い旅路になるかもしれませんから、節約の為にギリギリまで滑空でアプローチしますね」


 アビーが着陸の説明をしているようだが、ソフィアとエメリアにはまだこの船の知識が殆ど無いので、何も理解出来なかった。しかし、この船がソフィアとエメリアの常識を遥かに超えている事は間違いない。


 そんな事を考えていると、ソフィアの頭にある疑問が浮かんだ。


「そういえば、ミナリスでは色々あって考える余裕も無かったんだけど…この船はリゴとその友達の…エメリア様のご先祖様が造ったんだよね?」


「ん? そうだよ。私と友人のオーランドが造った船で間違いない。どうかしたのかい?」


 リゴが答えると、ソフィアは首を傾げる。必死に記憶を辿っているようだ。


「ソフィア、どうした? 何か気になる事でもあるのか?」


 エメリアも不思議そうにソフィアの様子をみる。


「あの…この船がミナリスにあるって、リゴから聞いた事あったっけ? 勢いで…というか、私は怪我してて、気づいたら乗ってたんだけど…」


 そういえば。エメリアもその疑問に気づく。これまで、琥珀の女王号…別名アンブル・ドゥ・レーヌ号の話は何も聞いていなかった。格納庫で見て、リオンの話を聞いた時に初めて存在を知ったのだ。


「確かに…。リゴ、こんなに凄い船があるなら教えてくれてもよかったのに。特に隠す必要などもないだろう?」


「そうだよー。なんで教えてくれなかったの?」


 二人に問い詰められて、リゴは悩んでいるようだが、観念したのか、溜息をついた。


「実を言うと…この船の存在は昔から秘密で、あの格納庫も仲間たちは知らなかったんです」


 リゴの発言に二人は驚く。仲間にも話してない?


「なぜだ? なぜそこまで秘密にしておく必要があったのだ?」


 リゴは言葉に詰まる。ここまで話したら、説明しなければならない事はわかっているが、中々言い出せない。だが、ソフィアもエメリアもジッとリゴに視線を送り続ける。とうとう、リゴは意を決して話を続ける事にした。


「この琥珀の女王号は、元々は私とオーランドが若い頃から叶えたかった夢…いつか惑星を渡り、宇宙の果てまで探検に行くという夢を叶える為に建造しました。ですが、完成する頃には戦争が激しさを増しており、私たちは脱出派と抵抗派に分かれました。そしてこの星に残る事を決めた我々抵抗派はミナリスを拠点にする事にしたのですが、その際に私は友とこの船をこっそり格納庫に運び込みました」


「こっそり?」


「そうなんだ、ソフィア。それは、オーランドが私と交わしたある約束を守るためだった」


「約束?」


「そう…オーランドと私は約束した。この星に残って戦うも、もしも力が及ばず敗北しそうになった時、生き残った人々とこの星を脱出すると」


 そんな約束があったなんて。ソフィアとエメリアは驚いた。しかし、この約束で言っている事は、今進行中の脱出作戦と同じ内容の話に思える。だが、リゴたちは結局この船を使わないで、別の脱出作戦を計画し、長い年月をかけて他の船を準備する事にした。


「わからないな…では、どうしてこの星が危機に陥った遥か昔に、この船を使って早々に脱出しなかったのだ? この船でも全員が脱出出来そうな気がするが…何か問題があったのか?」


「はい…姫様の仰る通りです。あの日、この星が崩壊するとわかった時に、私たちが全員脱出する事は可能でした。ですが、私たちは誰一人、脱出する事を望まなかったのです。必死に崩壊を防ぎ、なんとか故郷を助けたい。あのローケンも含め、皆がそう心に決めて奮闘しました。そんな皆の姿を見ていた私には、この船の事を明かせませんでした。それは仲間たちに対する裏切りと等しかった…」


 リゴは辛そうに胸を押さえる。友の約束と、仲間の決意。その間に挟まれ、リゴの心には葛藤があったのだ。


「裏切り、か。それは簡単に話せることではないな。リゴ、すまなかった。余計な話をしてしまったな」


「いえ、大丈夫です。ですが、今は思います。もしあの時、皆にこの約束を打ち明けていれば…その上で、私が皆を説得する事が出来ていれば、その後のローケンの暴走も無かったかもしれません」


 そうだ。これも私の罪なのだ。リゴは心の中で思う。親友との約束を果たせず、ローケンを暴走させてしまった。自分が情けない。だが、目の前にはそんな自分に対して、優しい微笑みをかけてくれる子たちがいた。


「大丈夫だ、リゴ。何度も言っているが、お前は私たちの為に最善を尽くしてくれているではないか。自分を責める必要なんてない」


「そうだよ、リゴ! ここまでやってきたんだもん。今度こそみんなで宇宙に行こうよ!」


 長い年月を経て、こんなに優しい子たちに会えるなんて。リゴは心の痛みがスーッと晴れるのを感じた。罪が消えたとは思えないが、今は前に進まなければ。


「ありがとう…。姫様、ソフィア、二人に出会えて本当に良かった」


 そのリゴの微笑みは、いつになく柔らかいものだった。エメリアとソフィアはは、なんだか照れくさい感じがして顔を赤らめる。


「さあ、皆様。宜しいですか? 間も無く地上に降ります。着陸に備えて下さい。 リオン、エンジンの制御を手伝って。くれぐれもエンジンをふかし過ぎないで下さいよ!」


 アビーがそう言うと、リオンはピロピロと何かを抗議しているようだったが、配置についた。これまでアビーは一人で操縦しており、特に問題なかったのだが、どうやら今は手が足りないらしい。程なくして窓の外に大地が迫り、船体が揺れる。再び未知の体験をして、エメリアとソフィアは思わず声を上げるが、こうした反応もだいぶ慣れてきたようで随分と落ち着いていた。


 船は滑空状態のまま地面に近づくと、減速する。それと同時に、両舷の翼がスラスターと共に向きを変えて、ほぼ垂直にエンジンを吹かし始める。船尾のスラスターも角度を変え、そのまま船体は更に速度を落とし、やがてその場に留まるようなホバリングの状態になる。後は着陸用の脚を展開し、ゆっくりと地面に降りるだけだった。


 こうして、琥珀の女王号はメリダに到着した。


 一同は到着して間も無く、次の行動を開始する。辺りはまだ暗いが、時間は限られている。まずはエメリアとリオンが宇宙船のメリダに乗り込み、発進準備にとりかかる事になった。リゴもエメリアたちのサポートのため同行する。その間はソフィアとアビーが琥珀の女王号に残り、周囲の状況を見守る手筈だ。


 とはいえ、ソフィアは宇宙船の事は殆どわからない。そこで、アビーから船の操縦などを色々と教えてもらう事になった。実践はおそらく先になるだろうが、ソフィアは大喜びだ。エメリアたちは満面の笑みで見送られた。


「帰って来たな。たった一日なのに、もう随分と長い時間を旅したような気がする。だが、感傷に浸るのは後だな。まずはどうすればいい?」


 エメリアが尋ねると同時に、船の中からリオンが操縦するパワーフレームユニットが降りてくる。"キャヴァリアー"と呼ばれ、ミナリスの脱出の際に活躍したこの機体は、脚部を三つ足に交換していた。後ろには大きな荷台が接続され、コンテナが一つ積まれている。実はこのキャヴァリアー、ミナリスの格納庫でエメリアとソフィアを船まで乗せていた機体だった。


「このキャヴァリアーというものは、実に便利だな。目的に合わせて手を付けたり脚を変えたり…見事な発想だ」


 エメリアはキャヴァリアーを見て感心する。未知の技術と発想に驚きはしたが、この機体をかなり気に入ったようだった。


「エメリア様のお気に召したようですね。実はこの機体、そもそも人がコクピットに乗り込む事を想定されておりますので、エメリア様が搭乗する事が出来ますよ」


「何!? それは本当か!? 素晴らしい!!」


 キャヴァリアーに乗れる事を知ったエメリアは、ガッツポーズをする。相当嬉しいようで踊り出しそうになっていたが、リゴの咳払いを聴いて現実に戻る。


「…では姫様、まずはメリダを呼び出しましょう。この短剣をリオンに渡して下さい」


 リゴが取り出したのは、以前にエメリアが見た王家の紋が刻まれた短剣だ。それを手に取り、エメリアはリオンに差し出す。すると、リオンは短剣の刃を口で挟みこみ、青白い光でスキャンする。


 その直後、メリダの街の北、崩壊した山の麓から大きな音が轟いてくる。どうやら、崩れた山の下から何かが浮上してくるようだ。暗闇で視界が悪いが、大量の土煙が上がっているのがわかった。そして突然、どこからか明かりが発せられる。その元には、巨大な船影があった。


 大型航宙護衛艦、メリダ。


 メリダの街がそのまま収まってしまう程に大きい。琥珀の女王号とは基本的にデザインが違うが、例えるなら白く巨大な魚のように丸みを帯びた胴体、その両舷の前後にそれぞれ2つずつ、大きな丸い球体のユニットが取り付けられている。巨大な胴体の中央には、キノコの傘のようなブリッジと思われる部分があり、そこには大きな窓が並んでいるのが見える。船尾には単発の大型スラスターが設置されていた。だが、この船は何か別の動力を使用して浮遊しているらしい。


 他にも気になるところは多いが、鑑賞するには時間が足りない。エメリアたちはキャヴァリアーの荷台に乗り込み、照明で地上を照らすメリダへ向かって、勢いよく走り出した。


「大きい…この街がとても小さく見える。形も全然違うな」


「ええ、姫様の仰られる通りです。この船の設計自体は当時でも古い部類に入ります。ですが、強力なエンジンを備えたいい船です。失ってしまったサダリアとルースも同型艦でした。ちなみに、この国の人々が避難するために乗る船は、何隻かが連結して一隻の船になっておりますので、琥珀の女王号よりは大きいですが、あのメリダに比べると相当小さく見えますね」


「なんと…それでも、かなりの大きさだな。琥珀の女王号がとても小さく思える」


 エメリアは後ろを振り返る。琥珀の女王号は白と黒の色調が絶妙で、見た目がとても美しい船だ。だが、あのメリダの大きさと比較すると、小魚の様な感じだ。マルセラはこんなに大きな船を少人数で操っていたのかと思うと、頭が下がる気分だった。もしや、あれは一人で動かせるのだろうか。そうこう考える内に、どんどん船に近づく。


「姫様、船に乗船したら、私たちは真っ直ぐブリッジに向かいましょう。コンテナにあるシールドのパーツはリオンに任せて、この船の発進準備をすぐに始めます」


「うむ…。だが準備といっても、私もソフィアと同様、指示くらいしか出せないぞ?」


 エメリアは少し物足りなく感じる。適材適所はわかるが、自分にも何かやれる事はないだろうか。


「細かい操作は私がやりますし、リオンもいますので、操縦は私たちにお任せ下さい。ですが、姫様にしか出来ない事があります」


 リゴが意外な事を言うので、少し虚を突かれた感じになる。


「私にしか出来ない事? なんなんだ?」


「まずは、起動に王家の認証が必要です。ミナリスで姫様が体験した、あのスキャンです。なので説明は省きます。それともう一つ」


 リゴは一呼吸置いて話を続ける。


「人々を避難船に導く事です」


 その言葉の意味、そして重みに、エメリアは身を引き締める。王としての責務を全うしなければ。


「そうだ…これは私の仕事だな。すまない、リゴ。少し気の緩みがあった」


 エメリアの表情に緊張の色が浮かぶ。それを見たリゴは頷きつつも、少し笑顔を見せた。


「姫様は王としての責任をちゃんと理解しておられます。ですが、そんなに固い顔をしていては、国民の皆さんも深刻な顔になってしまいますよ? それに、皆さんは姫様の素敵な笑顔を見る方が安心します。それを覚えていて下さい」


 エメリアはリゴの言葉で、また少し頰を赤らめる。素敵な笑顔と言われると、なんだか恥ずかしい。


「わ、わかった! 笑顔だな…うん」


 恥ずかしさのあまり、クルッと後ろを向いてブツブツ呟くエメリア。ソフィアより歳上の大人だが、エメリアもまだ若い。リゴはそんなエメリアの一面にも懐かしさを感じる。オーランド、そして彼の子孫たち。大切な友の面影が、確かにそこにあった。


 そうしている内に、一同はメリダに到着する。眠っていた星を渡る船が動き出し、脱出作戦がいよいよ最後の段階に入る。だが、そこには物言わぬ人形の群れと、脱出までのタイムリミットが立ちはだかることになる。



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