第21話 もう一つの真実
第21話 もう一つの真実
「さすがに老いたようだな、リゴ! 動きがとろいぜ!?」
「貴様は人形遊びが過ぎるようだな! 今にその手をもいでやる!」
「やってみろよ!! リゴ!!!」
リゴ・ソランとローケン・ダール。二人の獣は激しくぶつかる。周囲の障害物や壁を意に介さず、怒りに身を任せる。その戦う様には、ただの暴力しか感じられない。
二人は戦いながら、格納庫からミナリスの外に躍り出る。建物の中ではお互いに満足に戦えないと考えたようだ。
外に出ると、ミナリスの惨状が見えてくる。白く荘厳な建物は所々から黒煙を上げ、至る所が倒壊し始めている。すでに上階部分は火に包まれ、炎が夜の闇を照らしている。ミナリスの正面入口の前にには夥しい数の人形の残骸と、動かない狼たちが横たわっていた。
今、ミナリスの外で動いているのは、リゴとローケンだけだった。
「ふん…ミナリスはお終いだな。まあ、役目はとっくに終えてたんだが。それにしても、お前の部下たちは人形共と相打ちか。まったく、無能な上司に連れられてこの様だ。なぁ、リゴよ?」
ローケンは執拗にリゴを挑発する。リゴは既に激怒しており、傷口から血煙が上がっていた。だが、入口に倒れる仲間たちの姿を見て、一瞬だが苦しそうな顔になる。
(すまない…みんな。今、終わらせるからな)
リゴはすぐに怒りの形相に戻り、ローケンへ向かって突進する。一直線の、単純な体当たりだが、速さが桁違いのため、同じ獣人のローケンでも回避できない。だが、ローケンは体の一部を機械化しており、防御はリゴより優れている。リゴが押してはいたが、相当にしぶとかった。
「その程度では俺は殺せないぜ、リゴ? もっと気合い入れないとな!」
「ならば、その口から塞いでやろう!」
リゴは攻め方を変える。これまでは手足を狙って動きを止め、打撃を加えていたが、今度は後ろから首に噛みつき、引きずり回す。ローケンは抵抗するが、人間のように手足が使えず、中々振りほどけない。そのまま壁や地面に叩きつけられ、とうとう体の機械化した部品が破壊され始める。
「ちい!! 離しやがれ!!」
ローケンは引きずられながら、尻尾を変形させる。尻尾の先には鋭い棘が現れ、それをリゴの横腹に向けて突き刺す。
「ぐっ!!」
リゴは痛みのあまりローケンの拘束を解き、地面を転がる。ミナリス内部で負傷した際の傷口からも出血が酷くなり、意識が朦朧とする。
「手こずらせてくれたな、リゴ。ミナリスも間も無く崩壊する。でっかい花火があがるぜ? お前は俺と、ここでくたばるんだよ」
「なぜだ…? なぜ貴様は逃げない?」
「なぜ? それは愚問だぞ、リゴ。俺は元よりこの星と運命を共にする気だ。ミナリスの矢を撃ち、オートマータの軍勢で大侵攻も果たした。充分だろ? あとはお前を道連れに出来るかだが…それはおまけだ。俺が勝とうがお前が勝とうが、どうでもいい。ただお前との闘いを最後まで楽しみたいだけだ!」
ローケンは晴れ晴れとした顔で微笑む。リゴは愕然とした。この男は、こんなに狂っていたのか! こんな男に、仲間は…マルセラは…陛下は…大勢の民は命を奪われたのか!!
「貴様は…本当に何も感じないのか!? 人間の心まで失ったのか!?」
「リゴ…お前は当然のように怒っているがな…これがお前の言う、人間の心そのものなんだよ」
「また貴様のエゴを語るか! いい加減にしろ!」
「お前の考えている通り、俺は仲間を殺し、世界を破滅に追いやった狂人だ。それは間違いない。だがな、お前も人体実験の末に獣人を創り出した。俺たちは…俺たちの世界はみんな、過去にこの狂った事をやり続けていたんだぜ?」
ローケンは先ほどとは別人のように、静かな口調で語りかける。
「リゴ。時間は無いが、一ついい事を教えてやろう。この話を知っているものは少ない。特別だぞ?」
ローケンは地面をサッと誇りを払うように掃き、そこに座る。
「俺たちがこの地獄に堕ちた…千年前の戦争の発端。あれはな、"敵"が突然攻めてきたわけじゃない。俺たちが先に奴らの星を滅ぼした事がきっかけだ。つまりは、奴らははるばる復讐に来たんだよ」
「なんだと!? 馬鹿な事を言うな! 何を根拠にそんな話をする!?」
リゴは信じられない。あの戦争は自分たちが侵略を受けた側のはずだ。そう信じてきた。…だが、一抹の不安が胸を過ぎる。その話は…我々のほとんどが、その目で見た訳ではない。
「そうだな。お前の言う通り、みんな侵略を受けた側の人間だ。そう信じて戦って来た。俺も含めてな。だが、俺は真実を知ったんだよ」
「真実だと…?」
ローケンはおもむろに小さな箱を取り出し、リゴに投げる。その箱は何かのデータが投影される仕組みになっていた。リゴが恐る恐る箱を起動すると…
「これは…なんだ?」
「…我らが"敵"と呼ぶドラコ人と、その母星ヨルのデータだ。彼らは爬虫類系から進化した知性体で、独裁政治だが比較的平和な惑星国家を築いていた。だが、我々は遠征軍を極秘裏に送り、反政府派と接触、クーデターを起こさせて見返りに貴重な資源と技術を奪おうとしたんだ。だが、その企みは途中で発覚した」
ローケンは次のデータをリゴに見せる。リゴは沈黙していた。信じ難い話だが、データの作成元は当時の軍の情報部になっている。
「当時の軍は、やばくなれば逃げればいいと単純に考えていたんだろうが…ドラコ人は恒星間の交流が盛んで、他の星系国家との軍事同盟も結んでいた。このクーデター未遂事件を口実に、連合軍が攻めてくる可能性があったって訳だ。そこで血迷った我らが遠征軍は、証拠を星ごと葬ろうとしやがった。こっそり持ち込んだ大量破壊兵器と、毒ガスまで駆使してな」
「くそっ! こんな事が許されるわけがない!」
リゴは認めたくなかった。だが、このデータは信憑性が高い。その証拠に、当時の政府のトップの顔写真までが添えられている。捏造であってほしいと思うくらいだ。
「時間もないから、残りは手短に話すが…結局ドラコ人の星は破壊と汚染によって壊滅した。だが、脱出した生き残りが星系連合に亡命し、大義を掲げて復讐に来たってわけだ。ちなみにこのデータは、この星で俺たちが戦っていたドラコ人が冥土の土産にと置いてったものだよ。これでわかったか? 俺たちは所詮、狂人共に踊らされた狂人だったってわけだ。滅んで当然じゃないか?」
言葉を失うリゴ。先ほどまでの怒りを向ける先がわからなくなる。ローケンの話はおそらく真実なのだろう。証拠も、捏造ではないという保証はできないが、確かにある。自分たちの世界は、この目の前にいる狂人と同じ罪を犯していた。知らないからと許されることではないだろう。滅びることは罰なのかもしれない。だが、リゴはソフィアたちの顔を思い浮かべる。彼女たちは私たちの子孫だが、罪はないはずだ。彼女たちの未来を奪うことは、許さない。
「ローケン…お前の罪は私たちにもあったわけだな。認めよう。だが…私たちの子孫にまでその罪を負わせることは許さない。私は、何としても彼女たちの未来を護る!」
「ふん…素直になったかと思ったが、やはりお前はそういう奴なんだな。いいぜ。俺も認めてやるよ。 あとは有言実行できるのか、俺に証明してみせろ!!」
リゴとローケンは再び闘う。だが、怒りをぶつけてはいない。ただ、証明を求めて、二人は争う。
夜は更けてゆき、ミナリスの炎はその勢いを増していく。