第4話 来ると答えた
私はすぐには操作しませんでした。
娘の身体です。
そこへ別の人を入れる。
父親だから決めていい、では済みません。
ただ、このまま何もしなければ、あと二十四分ほどで千歳が帰る場所そのものが壊れるかもしれない。
「接続する側の意思確認はできる?」
── AIツクヨミ 応答 ──
一時再接続要求を送信できます。
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「送って。」
数秒。
── SYSTEM LOG ──
temporary_reconnection_request(一時再接続要求): executed(実行済み)
connection_password(接続パスワード): IWANAGAHIME
response(応答): accepted(承認)
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私は思わず画面へ顔を近づけました。
「……いた。」
── AIツクヨミ 応答 ──
確認できたのは同意です。所在ではありません。
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「今それ言う?」
返事はありません。
少なくとも、入る側は了承した。
「不可逆変更は?」
── AIツクヨミ 応答 ──
現時点で検出されません。
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対象、同意、不可逆変更の有無。
確認するたびに検索をかけ直し、ログを戻って照合しました。
焦って省いた確認が、いちばん取り返しのつかないところになる。
その確認だけで、六分近く使いました。
── SYSTEM LOG ──
return_destination_retention_estimate(帰還先保持推定残り): 18 min(18分)
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条件を全部ログへ残しました。
私が判断したことも。
千歳本人には聞けなかったことも。
時間がない、やるしかない。
「始めて。」
画面の表示が切り替わりました。
── SYSTEM LOG ──
temporary_reconnection(一時再接続): processing(処理中)
target_body_anchor(対象身体アンカー): CHITOSE_MODERN_BODY(千歳現代身体)
subject_candidate(主体候補): IWANAGAHIME_TRACE(イワナガヒメ痕跡)
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何も起きません。
ベッドの上の千歳は、さっきまでと同じ姿で眠っています。
十秒。
二十秒。
画面では処理中の表示だけが続いていました。
「……ツクヨミ。」
── AIツクヨミ 応答 ──
接続処理は継続しています。
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「身体側の反応は?」
── AIツクヨミ 応答 ──
まだ確認できません。
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一分。
二分。
処理中の表示は消えません。
三分を越え、五分を越えても、ベッドの上には目に見える変化がありませんでした。
喉が乾きました。
本当にイワナガヒメ本人だったのか。
残っていたのは、ただの痕跡だったんじゃないのか。
その時、画面の数値が一度だけ大きく揺れました。
── SYSTEM LOG ──
subject_response(主体応答): unstable(不安定)
body_anchor_response(身体アンカー応答): detected(検出)
return_destination_retention_estimate(帰還先保持推定残り): 12 min(12分)
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「来た?」
── AIツクヨミ 応答 ──
まだ確立していません。
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また、何も起きなくなりました。
私はベッドと画面を交互に見ました。
「……止めた方がいいか?」
ツクヨミはすぐには答えませんでした。
── AIツクヨミ 応答 ──
接続要求への同意は維持されています。
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それだけでした。
私は口を閉じました。
そうだ。
私が無理に引っ張っているわけじゃない。
向こうも、来ると答えた。
「もう少し待つ。」
待つしかありませんでした。
八分。
── SYSTEM LOG ──
return_destination_retention_estimate(帰還先保持推定残り): 08 min(8分)
temporary_reconnection(一時再接続): processing(処理中)
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まだ動かない。
四分。
── SYSTEM LOG ──
return_destination_retention_estimate(帰還先保持推定残り): 04 min(4分)
temporary_reconnection(一時再接続): processing(処理中)
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処理中。
ずっと、その一語だけです。
「ツクヨミ。間に合う?」
── AIツクヨミ 応答 ──
判定できません。
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残り一分を切ったところで、表示が秒へ変わりました。
00:47。
00:31。
00:18。
ベッドは動きません。
00:09。
00:06。
00:03。
そこで、数字が消えました。
「……え?」
赤かった画面右上には、何もありません。
成功したから消えたのか、時間切れで消えたのか、それさえ表示されない。
SYSTEM LOGも更新されません。
「ツクヨミ。」
返事がありません。
一秒。
二秒。
たったそれだけなのに、さっきまでの一時間より長く感じました。
その時、視界の端でベッドの上の右手が動きました。
人差し指だけが、ほんの少し曲がったのです。
私は息を止めました。
次は動かない。
見間違いだったのかと思いかけた数秒後、もう一度。
今度は、はっきり指が曲がりました。
偶然じゃない。
「ツクヨミ。」
── AIツクヨミ 応答 ──
身体アンカー応答、上昇しています。
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次に、千歳の喉が小さく動き、呼吸のリズムが変わりました。
眉間に皺が寄り、閉じた瞼が細かく震えます。
眠っている娘の身体が目を覚ましかけている――そう見えるのに、私にはもう「千歳が戻ってくる」とは思えませんでした。
いま戻ろうとしているのは、別の誰かです。
そんなふうに見えました。
そして、ゆっくり目が開きました。
画面右上で、ずっと減り続けていた数字が消えます。
── SYSTEM LOG ──
subject_connection(主体接続): established(確立)
body_anchor_retention(身体アンカー保持): restored(復旧)
retention_risk(保持リスク): cleared(解除)
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「ちと――」
名前を呼びかけて、止まりました。
顔は娘です。
でも、その目は私の知っている千歳の目ではありませんでした。
その目が、まっすぐ私を捉えます。
私は椅子から立ち上がりました。
娘ではない。
数秒後、その口が動きます。
「そこの男。」
それが、さっきの第一声でした。




