1.庭の祠
マリーは男爵家の令嬢3歳。田舎貴族、そして貧乏貴族の令嬢。正式な名前はマリアンヌ・ジゲンハルト、しかし、まだ小さく言いにくいのでいつも自分のことをマリーと言っている。
家族は両親と兄が2人、兄弟は3人。父の名前はアードルフ、母の名前はアリーセ、上の兄がカール8歳、下の兄がブルクハルト6歳。
下の兄とマリーの間には子供が1人いたが、その子が生まれたころに流行った疫病で亡くなっている。そのため、マリーは小さい時から家族からは少し過保護なくらい大切に育てられてきた。
「あれをしたら、だめ。これをしたら、だめ」
こう言われることが、マリーには少し不満だった。
ジゲンハルト男爵家の領地は男爵邸のある家名と同じジゲンハルトという名の小さな町が1つ、その周辺に幾つもの村々がある。領地の東西の領地境には大きな川が流れており、南には大きな山脈があり、ここが領地境、そして国の境である。北側はまた大きな川が東西に流れておりここが領地境、海はない。
領地は南は山岳地帯となるが、そこから北へくると平野の中である。山岳地帯には鉱山などはなく、そこにある村々では主に林業が営まれている。北の平野は農業地帯で、この国で一般的に栽培されている冬小麦やジャガイモや大豆などが栽培されている。
主要な街道とも離れており、他の領地と比べて際立った産業もないことから、ここへ来るのは主にこの領地の住民に生活必需品を売る行商人である。父である領主は、この行商人に領地で取れた農産物の販売も委託している。
観光地もないことから行商人以外はあまり人が来ることもない。そういう意味ではこの領地は閉鎖的で、マリーにとって、ここはそれだけで1つの王国、1つの世界だった。また、領地の人間もみんな顔見知り、領民とも気軽に話が出来る。そういう意味ではマリーにとって領民は家族の延長のような存在だった。
このような領地はここフロデント王国ではどこにでもあるよう領地の1つだった。フロデント王国は、マリーの領地境を流れる川の下流に、王都フロデントがあり、その下流には港湾都市ハーゲンダムがあり、そこから外国へも繋がっていた。
フロデント王国は国土のほとんどが平野の中にあることから農業国家で、そこで生産される農産物は近隣の国々にも輸出されていた。
マリーは田舎で伸び伸びと育った。小さい時は兄について回った。いつも下の兄ブルクハルトの服の裾を掴んで
「私も連れて行って、兄ちゃんだけずるい」
これがマリーの口癖だった。
すると決まって兄は
「マリーはまだ小さいから、怪我をするといけない。だからお家でお留守番をしていて」
こう言われてマリーはいつも置いてけぼりだった。
兄にすればマリーが来ると、何もできなくなる。周りの子供たちも、領主の娘に怪我をさせるといけないので、安全な遊び、おままごとになってしまう。木登りや駆けっこ、ましてや森の探検などできなくなる。
だから、ブルクハルトがマリーを連れてくると周りの子供たちがいやそうな顔をするのであった。
置いてけぼりを食らったマリーは父や母や上の兄のところへ行くのであるが、父は領地経営の仕事で忙しくて構ってくれない。また母は上の兄カールに勉強を教えていて、母や上の兄も構ってくれない。
「下のお兄ちゃんに置いて行かれた」
「いけないお兄ちゃんね、帰ったらきつく言っておくから今日は1人で遊んでね」
しばらく母の側でぐずっているのだが、そのうち飽きて庭へ行くのであった。庭はマリーのお気に入り。ほとんどの場所は家で食べる野菜の畑になっているが、庭木の植わっている場所もある。
そこに祠があった。この祠を家族の者はみんな「聖サンクチュアリ」聖なる場所と呼んでいるが、マリーは何故か「祠」と言っていた。何故家族と違う呼び方をするのか自分でも分からなかった。ただ、小さい時から、そう小さい時から祠と出会った時から頭の中には祠という言葉が浮かんだ。
家族の者もマリーがこれを祠と呼んでも何も言わなかった。好きにさせていた。これを祠と呼ぼうが聖サンクチュアリと呼ぼうがそれは家族にとってもどうでもいいことだった。
ただ、マリーが祠を拝むときに手を合わせる仕草(二礼二拍手一礼)が新鮮だった。教えてもいないのに、こんな仕草はこの国にはないものだった。母が
「マリー、これは何のまね」
「わからない。これは祠さんが私に『このようにして拝んでね』と言っているように聞こえたから」
「祠?どういう意味」
「わからない。祠さんは祠さん」
「まあ、いいわ。それでその仕草は」
「わからない」
「そう、それで、今『拝む』って言わなかった」
「言った」
「『祈り』とは違うの」
「わからない」
結局、何を聞いても「分からない」である。母も根負けして好きにさせていた。
今日も庭に来たマリーはいつもの仕草で祠を拝んだ。
「今日も、下の兄に置いていかれた」
そう言って、祠に一頻り愚痴を言うのであった。
その後はいつも作業、祠の周りの草をむしって、祠に付いた落ち葉を払って掃除するのであった。すると祠が
「ありがとう。いつも見守っているからね」
と語りかけてくるような気がした。
マリーはうれしくなって
「祠さん、遊ぼう」
そう言って祠に語り掛けるのであった。
すると、祠が
「何して遊ぶ」
「おままごと」
「私は人じゃないから、おままごとは出来ないよ」
「そう、何ならできる」
「言葉遊び」
「言葉遊びって、どんな遊び」
「言葉遊っていうのは、好きな言葉を言って、それから想像するものを言う遊びさ」
「例えば」
「例えば、『晩御飯』と言うと、『パンと野菜スープ』というような感じ。もし肉入りスープの方が好きなら『パンと肉入りスープ』と言うように言えばいい」
「そうなの、面白そうね、する!」
「気に入ってくれたようで何よりだ」
その後は祠を相手に一頻り言葉遊びに興じた。満足してマリーは家に戻って行った。そんなマリーを祠が温かく見守っていた。




