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りゅうのすごもり  作者: 夢従
朝日と龍

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3/3

日の出

カーテンの間からこぼれた光が部屋ににじりよる。

ほのかに部屋が明るくなってくる。

今日も憂鬱な朝が訪れた。


目を覚まし布団でまどろむ。

スマホが頭に浮かんでくる。

まだ鳴っていないから大丈夫だ。

もうしばらく布団のぬくもりを感じていたい。


しばらくすると、初期設定のスマホのアラームが鳴る。

びくりと布団が揺れた。

あきらめて、腕に力をいれて上体を起こす。

片手を救いを求めるように伸ばし、背伸びしてカーテンをつかむ。

何度か布をたぐり寄せる。

光の境目が段々と迎えに来てくれる。

光が目に入り、ぬくもりを伝えてくる。

ああ、生き返る。

しっかりと、ベッドで太陽の日差しを浴びる。

やっと布団のぬくもりに別れを告げる決心がついた。


そこからは早い。

パンをトースターに投げ入れる。

ケトルに水を入れてスイッチを押す。

洗面所で寝ぐせを直し、最低限の身支度をする。


台所で、マグカップに砂糖をスプーンに一杯入れて、インスタントコーヒーも一杯入れる。

ケトルのお湯を注ぐと、濃い湯気が襲ってくる。

顔をそらすと、ほのかに真っすぐなコーヒーの匂いがした。

チンとトースターが鳴る。

ガラス越しに見えるトーストは、パリパリとした焼き目が茶色の枝のように伸びている。

取っ手を引き下ろす。

ほのかな熱と軽い乾燥が、香ばしさを連れてさわやかに鼻孔をくすぐる。

水きりかごに立ててあった大きい皿を手に取る。

皿を片手に熱さが残るパンをひっかくように皿に乗せた。

冷蔵庫を素早く開けて、定位置にあるイチゴジャムを手早く取り出す。

そして、足でドアを蹴飛ばして閉じる。


ベッドの横の小さいテーブル。

テーブルの半分を占める皿には、パンがのっている。

空いたスペースの奥にジャムの瓶、手前にマグカップを置く。

ジャムの蓋を開けると半分ほどになったジャムにスプーンが刺さっている。

スプーンにたっぷりとジャムを取りトーストに塗る。

ガリガリしないよう気を付ける。

固めの塗りやすい四辺から攻めて最後に真ん中でジャムの山を作る。

いい出来だと一人満足した。

役目を果たしたスプーンは、ジャムの瓶に戻す。

引越してから買ったジャムは、もう半分ほどになった。


まずはコーヒーを一口いただく。

ほどよい苦みは体に朝だと告げてくれる。

その後に少し冷めたパンをかじる。

すこしスカスカした、パリパリの食感。

あとから甘酸っぱいジャムが追いかけてくる。

ここにあったかいコーヒーを含むと、甘さが少しの抵抗をして苦みが舌を占領する。

ゆっくりと部屋の光を感じながら噛みしめる。

時計を見るとまだ30分ほど余裕がある。

甘さと苦みの攻防をパンの四方から楽しんで、最後にジャムの山にたどりつく。

最後の一口は、甘みが口を満たす。

申し訳なさげなパンはふわふわと薄く熱を持っている。

しっかりと甘みを楽しんで食べる。

口にかすかに残った甘さをコーヒーで流す。

苦みが食事の終了を告げた。


手についたパンの粉を軽く皿の上にはたいて落とす。

台所に持っていき、手を洗うついでに軽く皿を洗い食器を所定の位置で乾かす。

手を軽く拭きながら、時計を見る。

いつも通り早めに家を出よう。

ハンガーに掛けてあった少し皺が入ったスーツに着替える。

洗濯ものは洗濯籠に投げ入れた。

愛着がわき始めた革靴を履いて、ドアノブを軽く握ってドアを開けた。

寒さを少し感じる。

コートを買わないといけないなと億劫になりながら、会社へ向かった。



ビルのワンフロアにあるシステム開発会社。

面接にきたときは、きらびやかに見えた世界。


カードキーをかざしてドアを開けると、幾分か澄んだ空気が迎えてくれる。

年中閉めたままのブラインドは、今の部長よりもながくそのままで会社を見守っているらしい。

朝の会社は人が少なく、心が落ち着く時間。

自分の古びたデスクまで挨拶しながら歩く。


新しいパソコンの電源を入れて、きょうもいつも通りメールを確認する。

まだ人事や内部の事務のメールが届くばかりで、そとのお客様とのやり取りはない。

挨拶をしながら先輩が出社してきた。

「おう、おはよう!」

「お、おはようございます。」

先輩の顔を見て挨拶をする。

先輩は、ちゃきちゃきと鞄をデスクの横に置くと、コートを脱ぎながら部屋の入口横のコート掛けに向かう。

戻ってくる先輩の大胸筋が、今日も主張しながら風を切り近づいてくる。

大学生時代にラグビーで鍛えた名残らしいが、それでも歩けば人が道を譲る。

椅子を引き静かに座る先輩はそのまま作業を始めた。


「朝日、そろそろ朝会にしようか」

先輩が画面を見ながら、話しかけてくる。

「はい、お願いします。」

「よし、やろうか」

「どうぞ、よろしくお願いします。」

印刷しておいた、進捗管理の紙を手渡す。

「おう」

一言だけ言って片手で受け取る先輩。

「まずは俺から、俺が担当している詳細設計は予定通り進んでいる。問題ない。朝日はどうだ。」

「わたしは、問題なくできていると思います。」

「わからないことがあったら聞けよ。じゃあ、きょうもよろしくな。」

「はい、よろしくお願いします。」

いつも通りの短い朝会。


そのあとは、担当している分の設計を再開する。

電話がかかってきたら対応をする形だ。

幸いに午前中はあまり電話がかかってこない。

午後からは電話が多くかかってくる時間がある。

勝手に魔の時間と呼んでいる午後からの二時間だ。

固定電話は、私の目の前に一台、もう一つは先輩の前に一台、ほぼ定位置となっている。

机の角が集まった中央の二か所に置かれた回転する謎の機械。

そこに固定電話が乗せてある。

私を取り囲むように左右に一台ずつ。

電話が鳴るたびに責め立てられるようで生きた心地がしない。

電話が鳴らないよう祈りながら、午前の仕事が本格的に始まる。


朝から珍しく電話が鳴る。

同時に二台の固定電話が甲高い音を出し、チカチカと赤くランプが光る。

フロアに居る人の視線が私に集まってくるのを感じる。

受話器を持つ前から体がひんやりとしてきた。

受話器を気合を入れて持ち上げる。

耳にあてた受話器が冷たくて、私を拒絶しているようだった。


電話を持つ手に力が入る。

いつも通りの電話対応。

電話を持ちしっかりと答える。

いつも通りの伝言ゲームだ、会社名と名前と要件を聞く。

会社名と名前を復唱して右手で書きなぐる。

話を理解しながら要件をメモしようとする。

耳から入る音が言葉に聞こえなくなり、まずいと思いペンを止める。

伝えておきますと言って受話器を下す。

安堵して要件をメモしようとペンを走らせる。

するとまた電話が鳴る。

先輩の怒った顔が浮いてきて、思わず電話を取ってしまう。


ーー受話器を下して手元を見る。

ミミズのような字で書いた名前と会社名2つずつ。

要件は覚えている2件目だけ、1件目は書いていないし覚えていない。

やってしまった。

指先の血の気が引いて、少し冷えを感じる。

1件目の要件は綺麗に抜けている。

このまま思考停止しても、またそれで怒られてしまう。

最低限、綺麗にメモを書き直す。

恐る恐るメモをもって先輩に声をかけた。

「先輩、申し訳ないです。またやってしまいました。」

頭を下げる。

「お前、またか何度言ったら分かるんだ!要件を聞いてメモを取るぐらい簡単だろう。」

「はい、申し訳ないです。」

メモに目を落とす。

「はあ、これはどうにかするから、他の作業は頑張れ」

入社当初は先輩の顔は怒りだけだった。

最近は、怒り半分、呆れ半分になった。


昼になるとまばらに席を立ち始める。

先輩は今日も奥さんに作ってもらった愛妻弁当を机の上に乗せていた。

「先輩、ご飯に行ってきます。」

「おう、わかった」

この時間は会社を離れるしばしの憩い時間。

そそくさと席を立って、会社近くのコンビニで野菜サラダとおにぎり一個を買う。

日当たりのよいベンチを探して座る。

ついてきたおしぼりで手を拭くだけでも、少し気が緩む。

やさいをかじりながら、そよ風にふかれ心身ともに疲れを癒やす。

会社に戻るのは憂鬱だ。


カードキーをかざして会社のドアを開ける。

もあっとした何とも言えない匂いが充満している。

ちょっとモヤっとした気持ちのまま、昼の業務が始まる。

魔の時間が来てしまった。

順当に電話が鳴った。

手に汗を握る。

取らない選択はないので、意識を飛ばすように電話を取る。

体が勝手に動く、頭は考える仕事を放棄した。

 いつも通りの電話対応をしている。

 会社名と名前と要件を聞く。

 会社名と名前を復唱して右手で書く。

 要件を理解する。

 話が終わり取引先が電話を切る。

 そのまま電話を手に持って、メモを取る。

驚いて思考が戻る。

手元を見ると、震えていない線でしっかりとメモが取れていた。


その間に、電話が鳴るが、先輩が何も言わずに電話を取ってくれる。

メモを取り終わり、電話を置くとすぐに電話がくる。

他の考えを抱く間もなく、続けて電話をとる。

自然とペンが止まるまでは電話を置かなかった。


魔の時間が終わる。

慌ただしさもおさまり、いつもなら説教が始まる。

怒られないかびくびくしていたが、先輩からは何も言われなかった。

かといって優しくなったわけではなく。

作成した資料にはいつも通り厳しく指摘をされた。


それからは、受話器を持ったままメモを取っている。

あまりにゆったりしていると、先輩からの視線を感じる。

やりすぎはいけないと反省した。

メモの間違いはたまにある。

だけど指先が冷えるようなことは少なくなった。

なんとなくだけど、先輩は私を嫌って怒っているわけではないのかもしれない。


定時を過ぎると先輩の落ち着きがなくなり、いそいそとし始める。

「朝日、何もないなら早く帰れ」

「はい、すみません。お先に失礼します。」

そう言って追い出されるように挨拶をしながら一番に退社する。


しばらく歩いて外から見るとまだフロアの明かりはついている。

帰り道のオレンジ色の空に明るいうちから三日月が出ていた。

三日月のある空に龍が飛んでいる気がする。

また今週末はあの本屋に行ってみよう。

「りゅうとすごもり」に近い作品として、絵本『りゅうとちびっこ』も作っています。

やさしい龍とちびっこのお話です。

よろしければ、活動報告の案内もご覧ください。

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