あなたの龍
「実は今年から新社会人で働いているのですが、失敗ばかりで覚えも悪くて困っているんです。」
会社での出来事を語りだす。
「電話に出るときに焦ってしまい、名前や要件を忘れてしまうんです。」
「一度の電話なら大丈夫なのですが、立て続けにくると前の電話の内容が飛んでいってしまうんですよ」
手の指先が少しひんやりとしてくる。
「不思議なくらいにきれいさっぱりと」
「メモを取ろうとしていると 『電話はワンコールで出ろ!』と怒られちゃいます」
「他にも資料の印刷をお願いされても 数を間違えて印刷してしまうんです」
嫌な自分を塗りつぶすために、口から次々と出る言葉に押しつぶされそうになる。
沈黙を埋めるように店主がお茶が入った湯飲みを差し出す。
「少し熱めにつくったので、ゆっくり召し上がってください。」
カウンターに置かれた湯飲みは、ほのかに光るように甘い匂いをまとっているように見えた。
蓋を取ると甘い匂いが広がり、匂いの奥に深い緑の葉っぱが浮かんでくる。
「ありがとうございます。いただきます。」
店主はすこし目を細めて口角があがる。どうやら、微笑んでるようだ。
「どうぞ。」
湯飲みの温かさを感じながら、手に取り口に運ぶ。
あたたかい湯気が甘さを引き連れて一段と濃く香りを感じた。
口に含んだお茶はすこしの甘みを感じる。
それよりも、温かい温度が口を緩ませる。
飲み込むと温かさがくだり、ぽかぽかとあたたかい。
「おいしい」
気づくと言葉が出ていた。
「お粗末様です」
店主は続けて言った。
「上司が言っていること全てが正しくない」
物静かなそぶりの店主に似合わない断言に思わず、「ふふふ」と笑ってしまう。
店主も少し口角を上げながら話す。
「人にはそれぞれあったやり方があるんです。」
店主と目が合う。私はすこし頷く。
「私が思うに、あなたには余白が必要です。」
余白?右上を見てはてと考える。
「例えば、一件目の電話を切る前に内容をメモしましょう。」
もやっとした気持ちに、思わず声が出る。
「それって、ずるじゃないですか」
しまったと思ったけど、店主はにこやかに言う。
「ずると感じるかもしれませんが、おまじないだと思ってやってみてください。」
ほっとしたと同時にすんなりと言葉が入ってくる。
「わかりました。やってみようと思います。」
不承不承と、とりあえず言葉を受け取る。
「納得されていませんね。」
珍しく顔に出ていたのか。店主の感がいいのか。体がびくりとする。
乾いた笑いでごまかそうとしていると、店主が次のことばを続ける。
「誰しも体に龍を飼っていることを知っていますか?」
やわらかな店主だとおもっていたが、異質な雰囲気に気づかずに開いていた扉が閉じていく。
「なにを言っているんだろうと思っていますね。」
人の心を読むのは得意らしい。身構える。
「いいでしょう、少しだけあなたの龍について教えましょう。」
頭は冷えているが、体は前を向いて話を聞いている。
「あなたの龍は、根っからの人見知りです。」
「そして、正面からことばを受けとめ、無理に人に合わせようとして失敗してしまいます。」
ん?それって「私自身のことだと思いましたか?」
心と店主の声が重なり怖くなる。
「どうぞお茶を飲まれてください。」
店主のすすめに、話から遠ざかりたいのか湯飲みを口に運ぶ。
まだ温かさを残した甘さが染み渡る。
一呼吸をおいて店主は言う。
「おそらくは上司の龍は、あなたと逆です。」
「初対面でも人に寄りかかる、空より地面がすきな龍です。」
「地面の近くを飛んでいて、声が届きやすく細かい判断が得意です。」
私はくやしいけど、その通りだと思う。
店主は私の顔を少しみて話を続ける。
「見た目は同じ龍でも飛び方はみんな違うのです。」
私の体はうなずく。
「とくにあなたの龍は、いつも飛んでいて高い所から物事を見ています。」
「だから、地面にある細かいことは見失いやすい。」
「その代わり、時間さえあれば全体の流れを掴んで判断するのがうまいです。」
「でも、それが発揮されるのは、あなたが余白を持って行動したときだけです。」
「つまり自分で考える余白をつくるということです。」
わかったような、わからないような感じがする。
「すぐに分からなくて良いんです。すぐに答えを出さないのは、あなたの龍の強みですから。」
「電話を切る前にメモすることから始めてください。」
言葉の余韻が、重く気持ちのしかかる。
カウンターを見つめた。
”パン”と乾いた音が鳴る。
顔を上げると、店主が手を叩いたようだ。
静かに手を合わせていた。
「あなたの龍は素晴らしいですが、慣れない環境ほど高く飛び上がり細かいことは見えなくなります。」
「苦手なだけですよ。安心させるため余白を作りましょう。」
「そうなんでしょうか?」
「そうです」
本の相談をするはずが、なぜか龍の話を聞いていた。
湯飲みの甘さは体に溶けて
めぐっていた黒い考えは消え去った
頭はさめて
体はぽかぽかしていた
今回の話に出てきた「龍」に近い作品として、絵本『りゅうとちびっこ』も作っています。
やさしい龍とちびっこのお話です。
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