第二章 第四十五話「巨人の大剣タイタン」
勇人が海に伝説の武器を探しに行くあいだ、ライドは竜の意識を集めて時間を稼ぐ。
だが竜は強い。
時間すら満足に稼げず竜が迫る中、突如海を割って勇人が現れる。
百メートルは超える大きな大剣と共に。
「って、おおっ!?高っ!ってか寒っ!」
俺-勇人は急な視界の変化と横殴りの風に思わず辺りを見渡すと、後ろに黒い竜がその場に羽ばたいて静止していた。
「どうなってんだ!?」
さっきまで海の中に居たはずなのに、一瞬で海の上どころか地上からはるか上空に居る。
「またせたなっ!」なんてかっこつけては見たものの、あまり理解していない。
息が続かず沈む身体、おおよそ消えかけていた意識の中で目の前にきらりと光る物がボヤせて映った。
もはや縋る勢いで触れればご覧の通りとなった。
「ユウトーーーッ!」
小さく聞こえるライドの声に振り返れば、安心したように表情を緩めてこちらに手を振っていた。
まるで奇跡でも見つけたように。
「巨人の大剣!見つけたんだな!」
彼はそういった気がする。
なんせ海風が強くてよく聞こえない。
ただ俺の手は下の何か金属の地面に触れていた。
いや、金属の地面なんかじゃない。
まるで大きめの丸型のステージのような-いや違う!
「まさかここっ、剣の上ッ!?」
あまりに大き過ぎてここからじゃ見えないが、ライドの言葉を信じてこれが剣だとすれば、ここは柄頭の上という事になる。
「いやどんだけでかいんだよ!!」
ここから見えるのは浜辺に手を振っているのがぎりぎり見えるライドとその奥で未だ激しく火花を散らす港街。
そして反対を向けば黒い竜がこちらを向いて留まっていた。
黒い竜は攻撃するでもなく、その紫色の瞳をぎょろぎょろと動かしてなにかを伺っている。
まさか俺に恐れている?
いいや違う。この武器だ。
黒い竜はこの武器を見て攻撃を躊躇っている。
「覚えているんだろうな」
自分を両断し生を絶った-この大きな巨人の剣を。
「どうして生きているのか、はたまた生き返らされたのか」
魔物は倒されると、地面に自身を構成していた魔素が吸い込まれるはず。
空気中の魔素により構成されて、また生まれたこいつは別個体じゃないのか?
「つまり”倒し切れてなかった”可能性がある」
だったら今度こそ、終わらしてやろう。
ちょうど竜はその場にいるだけ。今しかない。
「⋯⋯で、この武器どうやって扱うんだ?」
いま片膝立ちで、片手はこの武器に触れている状態。
柄頭に触れているだけで振れるわけもなく。
両手で掴もうとしても不可能。そもそも”掴む”って事自体ができない。
電柱何十本くらいの太さしてるんだよ、これ。
つまり、振れない。
巨人ならそれが可能なのかもしれないが、俺はただの人間だ。大きさが圧倒的に足りないのだ。
ハッとして見やると、黒い竜のさっきまでぎょろぎょろと忙しなく動いていた瞳は、こちらをぎろりと睨みつけていた。
-まずい。奴の目にもう怯えは見えない。
黒い竜は、こちらが攻撃出来ないと分かると両翼がゆっくりと隆起して動きだす。今にも攻撃してきてもおかしくない状態だ。
「くそっ、どうする!?」
この手を離してしまえばまた光る何かへと元に戻ってしまう。
かと言って現状振り下ろすどころか、手に持つ事すら不可能だ。
幾ら伝説の武器を再生出来たとしても扱えなければ意味が無い。
奴を両断出来なければただの巨大な鉄の塊なのだ。
「ユウトッー!」
迷っていると、背後からまたライドの叫ぶ声。
「⋯⋯たん⋯⋯どせーーーッ!」
だめだ、海風に混じってよく聞こえない。
「なんだよーーー!」
「一旦、もどせーーーッ!」
やはり海の上、強風が声を簡単にさらってしまう。
それでもたしかに聞こえたのだ。
一旦戻せ、と。
「一旦戻したところでなんにも-」
と言った所で俺は気が付く。
別にこの武器で振る必要は無いんじゃないか?
恐る恐る目を動かせば、少し下から獣の如くこちらを威嚇する黒い竜。
要はこのドラゴンを倒す事が出来ればいいわけだ。
少しずつ、ドラムのように心拍がせり上ってくる音が聴こえる。
恐怖でもない。
警鐘でもない。
「この武器-ドラゴンに落とせられればいいんじゃないか?」
-この心臓の高鳴りは、好奇心だ。
どうやらさっきまで焦りに視野が狭くなっていた。危ね。
「⋯⋯へっ」
この武器は振りまわす必要はない。
目の前のこいつに叩き落とすことが出来れば-俺の勝ち。
それに関しては、ドラゴンの上を取れたのは幸いだった。
「やってみるか」
それしか生存の道はない。奴を倒す方法は無い。
俺の声に呼応するようにバサッと大きな翼がはためく音。
満を持して、黒い竜は下から凄まじい轟音を立てた迫る!
今からやる事を想像してじんわりと手に汗が浮かぶのを感じる。
馬鹿野郎っ!
迷ってる場合じゃないっ!
ドラゴンがここに辿り着くのは一瞬だ!やれッ!
そして俺は-脱力するように武器から元の形へと剣を戻す。
すぐに襲ってくるのは強烈な浮遊感に身体は宙に浮き投げ出される。
引っ張られる強烈な重力に身を委ねて下を向けば、黒い竜が俺を食べんと大きな口を開いて迫る。
「うぉぉおおおおおおおおあおおおおッ!!」
-ここだッ!
俺は手にしたままの光る形の物をドラゴンに叩きつけるように解放する。
刹那、光る何かを解放-”巨人の大剣”がそこに現れる。
それは重力に引っ張られてぐわんと揺れて、振るわれる形となる。
もはや俺はしがみつくだけで精一杯だ。だせどそれでいい。
「これは躱せねぇだろ!」
高い位置からこれを落とせば、それは強力な一撃となってドラゴンへ喰らいつく。
黒い竜は突如として現れた巨人の大剣に驚いたように翼を止めて旋回しようと横に飛ばんとする。
奴の生前の記憶か、遺伝子に刻まれた何かかは分からない。
これを脅威として黒い竜は回避を試みたのだ。
だが何人たりとも眼前に迫る剣を躱す術はない。
”巨人の大剣”は無慈悲にもドラゴンの胸元から尻尾にかけて両断する。
それは完全に奴の命脈を絶ったのが分かった。
ドラゴンの紫色に光る瞳は色を失い、早々に形状崩壊を起こして空中に霧散しその巨躯は消失する。
「やった⋯⋯ぜ」
さすがに限界だ。
アドレナリンが出ていたのか身体は上手く力が入らない。
海を潜って体力を消費していたのか、意識が蕩けていく。
触れていた”巨人の大剣”は役目を終えたように小さくなって手に戻る。
ちらりと手に残るものを見ると、それは銀色に光るカミソリだった。
まさかヴィランダさんの武器が伝説の大剣?
「なんだ、それ⋯⋯」
まるで口が引くつくように乾いた笑いが漏れた。
それを最後に、限界を迎えた俺の意識は身体と同じく空中へと投げ出されて溶けていった。




