第二章 第四十四話「反撃の狼煙」
竜の力は圧倒的だった。
飛翔し通った場所にはソニックブームを起こして捉えきれない。
ガードに専念したフウカは倒れ、残る二人で立ち向かう。
ライドは勇人に巨人の大剣を探しに行かせる。
その間ライドは一人で対応する事となった。
「行ったな⋯⋯へへっ」
俺はユウトを後目に目の前の奴から視線を外さない。
「さて、どうやり過ごそうか」
俺は震える口を無理やり口角を上げて笑ってみせた。
顔からは大量の発汗、顔から汗が滴り落ちる。
暑いからではない。目の前に存在する竜に怯えているのだ。
チラりと期待を乗せた眼差しで港街の方を見やる。
終わっててくれれば-なんて淡い期待は、戦火の如く燃え広がる中、激しく火花散らすのが視界に映り絶望する。
そこでようやく辺りに響く金属音が耳に入る。
集中していて聞こえていなかったのだろう、それはグラディウス同士の闘いに決着が着いていないことを表していた。
これは増援は期待できないな。
ライドのキリッと切り結ばれた瞳が緩む。
どうやら腹を括るしかないみたいだ。
竜は今にもこちらに降りてきて攻撃してきそうだ。
ただ奴だって分かってる。
俺が取るに足らない相手だと言うことは。
一度上空を通過すればいい。
それは海すら割ってしまう勢いで地上にソニックブームさながらの暴風を生み出して街を破壊できる。
奴にとって、こちらに攻撃すらする必要がないのだ。
散歩。それだけで事足りる。
だからこそ今も上空で悠々と舞っているのだろう。
そして今もなお上空を弧を描くように旋回しているのは、機会を伺っているんじゃない。
俺と言う男がどう足掻いてくれるのかを楽しみにしているのだ。
「さっすが魔族が手を掛けた魔物は違うねぇ」
正直に言えば有難い。
おかげでこっちは時間稼ぎができちまうわけなんだから。
「あーぁ。ぜんっぜん倒せる気がしない」
気付けば心の中の恐怖が臨界点を突破して、思わず笑みがこぼれた。
あぁ、怖い人とかと会う時に笑っちまうあれか。
自己防衛機能の一つなんだろう。
あの人と会う時もいつもそうだったな。
「来ないと解ってても、怖いなぁ」
そうは言っても稼いでくれている時間だ。
奴が帰ってくる時間まで-⋯⋯。
「なんで俺がそんな事しなくちゃいけないんだ?」
そうだよ。なんで俺が?
「⋯⋯へへッ」
余裕なんて無いはずなのに、いつも通りの舐め腐った感情が、俺の口角を吊り上げてニヒルな笑みを浮かばせる。
「わざわざ待つなんてばっかばかしい」
俺は手にしていた武器で辺りの光を乱反射-竜の顔面目掛けてお見舞いする。
ダメージは当然無い。
ただこっちにムカついてくれればそれでいい。
すると竜は優雅に空を弧を描いて飛んでいたのを止めて、その場で翼をはためかせて静止している。
おそらく俺の方を見ているのだろう-喰らえっ!
俺はそこに躊躇なく乱反射させて、何度も竜の目に光をぶつける。
その場で止まってくれるなんてありがてぇ。おかげで当てやすいぜ。
そして竜はムカついたのだろう。
凄まじい咆哮をあげてこちら目掛けて突っ込んでくる。
それは街全体を揺るがすほどに強烈で、身体の臓腑から本能的に悲鳴が上がる。
「ムカついてくれたみたいじゃん♪」
余裕なんてない。
俺は何も無い空間に飛び乗る-すると、そこには何かの物質があったみたいで、それが俺の意思を汲み取り海へと這いずってくれる。
「間に合ってくれよ-ッ!」
竜はもう目と鼻の先。だが俺だって海までもうそこだ!
そして俺は海に足が浸かるところまで来た!
「おらァ!来いよッ!」
振り返れば、竜は一切迷うこと無くライドを真上から潰さんと迫っていた。
これでいい。
ちまちま時間稼ぎなんて俺には向いてない。
一発で蹴り付けさせてやるよ!
迫る竜。俺は乗っている何かを二回ほど叩くと意志を汲み取りギリギリで身を捩ってみせた。
だが竜は早い。完璧な回避とはいかずに背中をバッサリと裂かれてしまった。
「ぐぅッ-ッ!」
だが狙い通りだった。
さっきまで俺の居た所を狙い飛んできた竜は海に突っ込んでいき派手に海水をぶちまけて、辺りの海をほんの数秒だが干上がらせてしまう。
俺は痛みに歯を食いしばりながらも海を見やる。
すると干上がった先、キラリと光る何かを発見する。
それはジェットソード-ユウトの姿だった。
「なっ-なんだぁ!!?」
海から露出したユウトは驚きのあまり背後に目をやる。
そこには突っ込んできた竜が海水すら吹っ飛ばしてその地面にめり込んでいた。
「狙われたぁッ!?ライドは!?」
慌てふためく様子が遠くからでも見て取れた。
悪いなユウト。当然の反応だよな。
「これで見つけやすくなっただろ!」
大きな声で叫ぶと、ユウトは「は?」とした表情をみせた。やっぱりあいつおもしれぇな。
俺もちょっとやりすぎたかと思って笑っちまった。
「よく分かんねぇけど、今しかないな!」
だがユウトはこの状況を察して海が戻ってこないうちに奥へと探しに行く。
ユウトってそういった機転と言うか、判断能力は元からのものなのか否か。
いずれにしても俺を超えて来そうで危ないな。
まぁ、いい。しばらくは様子見だ。
俺の脅威になりうるかどうか-。
そんな事を頭で巡らせていると、竜はバッと海底から顔を上げてこちらを睨みつける。
あれだけ派手に突っ込んでおいて、岩肌にもぶつかったというのに無傷とは。さすがゾッとした。
だが俺の目的は果たされた。
「あとは任せる-」
竜は再び咆哮を上げて海を叩く。奴の紫色の目には明確な苛立ち、殺意が篭っていた。
「あぁ⋯⋯」
やっぱり早く戻ってきてくれないかなぁ。
⋯⋯くそっ、せっかくライドが海に風穴空けてくれたと言うのに。
勇人はジェットソードで探索するが、それらしき物は見当たらない。
それどころか、竜が岩礁に当たったせいで海中に無数の岩が飛び散り、スピードを上げての走行は身体を切り刻んでしまう危険な状態だ。
だとしても⋯⋯。
勇人の口からギリリと空気が漏れる。
急がなくてはならない。
さっき見たくタイミング良く呼吸出来る訳じゃない。
息が続くのにも限りはあり、時間の問題だ。
幾ら身体に裂傷を作ったとしても、命をとして戦っているライドの為にも早く見つけなければッ!
だがこの速度の中、簡単には見つからない。
それらしきものすら見つからないのだ。
焦りに息が早く無くなっていく。
一度上がる?だめだ、もう余裕なんてない。
ライドの声は少し震えていた。あちらももう手一杯なのだ。
⋯⋯ダメだ。もう息が持たない。
さすがに戻ろうと振り返るも、もう海は元に戻って海面は遙か上。そこまで戻る時間なんてなかった。
諦めるな-ッ!
俺は必死に海上目指してジェットソードを使う。
凄まじい推進力で海を駆け上がる。
それでも足りなかった。
息が少なくなった俺の視界はボヤけ、もはやこの海が冷たいのかすら分からなくなる。
⋯⋯⋯⋯ダメだ⋯⋯く、そっ⋯⋯。
俺の身体はゆうに限界を超えていた。
力は抜けて⋯⋯ついにはジェットソードを手放してしまった。
手から離れると、ジェットソードは簡単に元の柄へと戻り、早々に主人を置いて海へと沈んでいく。
⋯⋯あぁ。こんなことなら、水泳もっと頑張るべきだったな。
薄れゆく意識の中、後悔を思い抱いてゆっくりと沈んでゆく。
真っ黒な海⋯⋯。
もう何も見えやしない。まるで希望がないと表しているようだった。
身体は海へと蕩けて一つとなっていく。やがて海の一部となるのだろう。
真っ黒な海の中へと溶け込んでゆく-⋯⋯
-。
ふと、目の前に何か光るものが見えた。
ボヤけてそれは形が見えない。
確かめようにも身体はとうに動かない。
けれども生への渇望からか、俺の身体は脊髄反射のようにそれへと手を伸ばした-。
「流石にきつい、なぁ⋯⋯」
ライドはついに貼り付けた笑みが崩れて目の前の絶望に降伏する。
幾度となくその身体に刃を向けたのだろうか。
だが竜の鱗は想像以上に固く、傷は付いても命には程遠い。
少し反撃と言わんばかりに飛んできた引っ掻く攻撃。あわやというところで回避するも、起こった風圧で壁に叩きつけられてこのザマだ。
もはや身体を持ち上げることすら悲鳴を上げて痛む。
竜はそんなライドを弄ぶように海上を舞っていた。
やはり最初から勝ち目なんてなかったんだ。
「ま、俺にしてはよくやった方かな」
退屈だったのだろう。
竜は旋回を止めて一思いにこちらの息の根を止めにかかる。
-ボォンッ!
刹那、こちらに迫る竜の正面に何かが海を割って現れた。
「なんだぁ!?」
海から上がる水飛沫は飛び上がっている。
つまり下から何かが突き上がって出てきたのだ。
その海を裂いて出てきたものが、持ち上げて纏った海水が落ちて姿を現す-。
その見上げる上空に存在に、ライドは目を丸くさせて、そして少し綻んだ。
海上に姿を表したのは大きな刀身。
それはゆうに百メートルはあろう大きさで、竜を軽く凌駕していた。
そしてその上空にまで突き出た剣の柄頭の部分にそいつは立っていた。
「-またせたなっ!」
勇人の姿に-。




