第二章 第二十二話「疑惑が晴れた⋯⋯のか?」
一つの所作で引っ掛かってきたのはサンライズさん。
元々の事も相まって、勇人は疑惑の目を持たれる。
細い目がさらに細められて金色に光った気がした。
どうして急にそんな事言い出したんだ。
まだ会って三十分にも満たない、それどころか会話を交わしたのも数回程度。
俺がそう思わせるような事をしてしまったのか。
冷静に分析しているようで、内心ドクンドクンと激しく心臓がドラムの如く打ち鳴らす。
勇人の思考を読み解くように、サンライズさんは目の辺りをトントンと指で叩く。
「君の目だよ。さっきの話を聞き終えた瞬間、僅かながらに目が泳ぎ、それでいて喉にも反応が現れた」
まるで直接脳をまさぐられる感覚-。
凄まじい洞察力。否定しようにも、それすら許されない重圧に息が詰まる。
「性質上、人を騙すのが得意な人とのやり取りが多くてね。真実を見抜けるように目が慣れていったんだ」
これが第一王子であり王の心眼。
これが王の懐刀と言われたグラディウスの強さ。
「なにもそこまで身構える必要はないよ」
サンライズさんは笑ってそう言った。
俺はいつの間にか息を荒くして腰が浮いていた。いつでも対応出来るように身体が反応していたのだ。
しかし、それは俺に向けた言葉ではなかった。
サンライズさんが両手で伏せる動きをすると、隣で剣に手を掛けるジェラさんと、驚いた事にもうサイドに回り込んでいたフウカが席に座り直す。
「彼、逃げるのかと思いまして」
そう淡々と応えるのは隣のジェラさん。
「私も⋯⋯ごめん」
フウカも申し訳なさそうな目が合うも、ハッとして俯いてしまった。
「なんなんですか⋯⋯本当に。もう行きますよ?」
この世界の連中は疑わしは罰するを体現してくる。
まだ断定出来ない天でも、本気で殺しにかかって来る可能性もある。
俺はこれ以上ボロを出さまいと、いきり立った勢いのままに背を向けて去ろうとする。
「待て」
しかし背後から重く伸し掛るような重圧が勇人を押し潰す。
付け加えて後方から突き刺さる視線は二つ。民兵隊である二人のものだ。
恐ろしくなり振り返れば、先ほどと同じく爽やかな笑顔を見せるサンライズさん。
だが目の奥は笑っておらず、真剣そのもの。
まさに何かを裁定を下さんとするその瞳は、俺を簡単に縛り付けてしまう。
「それは肯定⋯⋯と考えていいのかな?」
その一言は、民兵隊二人に武器を取らせるには十分な合図だった。
二人とも、やはり武器に手を掛けて静かに俺を狙う。
次の返答次第では、二人は間違いなく俺を斬りに掛かるだろう。
「どうしてそうなるんですか⋯⋯?」
精一杯言い返したつもりだが、俺の声は震えていた。
誰だってそうだ。恐ろしい相手に身体は正直なのだ。
なんせ勝てると思っている相手がこの場において一人としていない。
サンライズさんは両手を重ねて肘を机に付き話しだす。
「この件はね、申し訳ないが九分九厘ユウト君に非が無かったとしても許されない事案なんだ」
そう言ってサンライズさんは続ける。
「魔の者-それは人の命を奪う為に行動する、人をして人ならざるとのとして人を裏切った者の総称だ。残念だが、如何なる理由があろうと人を殺めていい理由にはならないんだよ」
なんだよそれ⋯⋯まるで天が人を殺したみたいな口ぶりじゃねぇか。
「なら天は何もしていない。人を殺してもいない!」
「だがドス黒い魔力だったそうじゃないか」
俺はそれに言い返すことが出来なかった。実際に魔力がないと言われた俺ですら禍々しく感じたのだから。
「いいかい?人は誰しも魔力を持ち合わせている。だから多少なりとは使用する魔力が濃かったりする者もいる。ただドス黒いとなれば別。それは魔力のみを有した魔物や魔の者でしか有り得ない」
-そう。俺はあの時の天を”魔王”とすら思えてしまうほどドス黒い魔力に塗れている姿を見た。
それも二度も見れば疑問から確信に変わっていた。
「君も隣で感じたのだろう?ドス黒い魔力に怯えて身体が震え上がり、何も出来なかった事も全部」
覚えている。
天の魔力を前に何も出来なかったちっぽけな自分の存在を。
「君はどう思っている?」
サンライズさんの言い放った言葉に答えられずに押し黙る。
だが俺は意を決して噤んでしまいたい重い口を開く。
「だけど⋯⋯⋯⋯天は違う」
それは誰がどう見ても信じるに値しない、弱々しくか細い中途半端な声。
「それでは納得できないな⋯⋯」
「そうじゃありません⋯⋯そうじゃないんです」
俺はその時初めてサンライズさんを強く睨み返した。
「まだ見てすらいない相手を、勝手に決めつけないでください」
俺の一言に、サンライズさんは目を見開いた。
「貴様ッ!副団長と見てる俺たちの前でよくもまぁそんなぬけぬけと-」
「-だったら、今、どうなんだ!?感じるのか!?」
「ぐっ⋯⋯そ、それは⋯⋯」
俺の一言にジェラは下唇を噛んで黙る。
「フウカだってそうだろ?ドス黒い魔力ってわかるなら、今だって感じるはずだろ?」
「確かに⋯⋯そうだ、けど⋯⋯」
フウカのキツく結ばれた目付きが柔らかくなっていくのを感じる。
「ふぅ⋯⋯嘘は言っていなさそうだ」
それを見ていたサンライズさんもそう言葉をこぼす。
当然、嘘は言っていない。それ以上の不利になる事は黙ってたっていいんだ。
「ま、俺たちのこと嗅ぎ回るのは良いんだけどさ⋯⋯」
俺はポケットから自分の飲み物代を机に叩きつける。
「ただ平凡に暮らしたいだけなんだ」
そう言い残して俺はその場を去っていく。
残った三人。うち一人のジェラは、イラつきを隠せずにいた。
「あの、良いんですか?」
フウカが振り返ると、「あぁ」と軽くこぼすサンライズ。
「彼の言うとおり、ドス黒い魔力はこの街に入っても感じられない」
ドス黒い魔力は、どれだけ隠したとしてもローブを被ろうともバレてしまう。それほど強力なものだ。
「かと言って君たちの事を疑ったりもしていない。彼等はまだ暫く街に居るだろう。それまでじっくりと見届ければいい」




