第二章 第八話「男子って単純」
いきなりキレ散らかす金髪の男。
勇人も天に馴れ馴れしく、いきなり殴りかかってきた男に怒りが交差する。
二人とも臨戦態勢-いつ殴り合いが始まってもおかしくない状況だ。
周りの人で止めるものは誰一人としておらず、天を除いてまるで見世物を見るかのように騒ぎ立てている。
天は両手を前で握り心配そうにこちらを見ていた。
その渦中の中心⋯⋯俺と男の距離は構えたままじりじりと詰まる。
だが男は何かに我慢出来なかったのか、きつく結ばれた瞳が緩んだかと思えばたちまち噴き出した。
「お前!人を殴ったことあんのかよ!?」
「あぁ!?あ⋯⋯あるよ!(脳内で)」
俺はついつい売り言葉に買い言葉で虚勢を張る。
人との闘いだなんて、この世界に来てフウカとやったのみで、なんならそれが初めてだった。
それ以外は頭で想像する無双シーンのみ。それも武器ありで、だ。
拳での殴り合いだなんてやったことが無い。それこそ頭の中で想像して闘ったくらいだ。
だが目の前の男はいつもの事のように構えて隙がない。
俺のハッタリが通じていないのがその証拠。慣れっこって事だ。
多分だけど、こいつも俺より強い部類の人だ。
「男なら女の為に拳で語れや」
男の全くの謎理論に俺の頭はハテナが浮かんでくる。
だがこいつとの因縁ならもうさっき作られた。
天に勝手に近付いて、俺ですらあんな距離なら緊張して話す言葉が上擦ってしまうというのに⋯⋯若干羨ましい。いや違う違う。
こいつが勝手に因縁をつけてきたのだ。やられたからやり返すだけ。決してそれ以上の想いはない。
それにいきなり人の顔面を殴るなんて、どんな教育受けてきたんだよ。
それによ-。
「お前俺を舐めすぎなんだよ」
より一層強く睨む俺に男は目を見開いて嬉しそうに口角を上げる。そのせいで隠れていた獣のような牙が見えた。
「言ってくれるじゃねぇか!」
それを合図に男は地面を蹴り上げて俺へと迫る。
地面を爆ぜさせる程の踏み込みは、あっという間に俺との間合いをゼロにし眼前に現れる。
「ははっ、ガラ空きぃ-ッ!」
先手は男の方からだった。
まるで獣の如く突き放たれた拳は顔面目掛けて飛んでくる。
俺は前に見た徒手格闘を見よう見まねで行いパーリング。男の手を弾いて防ぐ。
「-ッ!」
しかしそれは頬を薄く掠り切り裂いて行く。まるで猫に引っ掻かれたかのような痛みが走る。次に腹に衝撃-目を剥き痛みに思わず下を見やると、男から放たれた膝蹴りが完璧に腹にめり込んでいた。
「ぐふっ-!」
繋がるような攻撃に耐えかねて、身体から空気が絞り出され思考が止まりかける。
それでも俺は無我夢中に奴への最速で叩き込める手としてパーリングした腕を曲げて肘鉄を男の顔面へと叩き込む。
男は読んでいなかったようで、目を丸くさせたまま俺の肘がモロに入り鼻血を噴き出して数歩たたらを踏む。
俺の方も痛い。でも何とかやれた。気付いたらやれた。
どうやら俺の脳内シミュレーションでの戦闘と、普段からの筋トレが生みだしたようだ。
「どうだ⋯⋯」
息も絶え絶えに痛みにぼやけた視界を無理やり呼吸を繰り返して戻す。
グリムと戦った時に比べればこのくらい屁でもねぇ。
しかしそれは向こうも同じようで、冷静に曲がった鼻を元の位置に戻して鼻血を出し切るとこちらを見据える。
その目は全く死んでおらず、戦闘続行の意がこちらに伝わってくる。
「やるじゃねぇか。肘鉄だなんて、普段から格闘してないと普通では飛んで来ねぇ。思ったよりやる」
-畜生。こっちはギリギリだってのによ。
残念ながら向こうはまだ平然と立ってニタリと笑う余裕すら見せる。
ただのチャラいだけの男じゃ無かったみたいだ。
「やるじゃん-⋯⋯」
思えば俺の方も男にニタリと笑い返していた。
そして先程とは違い二人とも申し合わせたように互いに迫り拳を繰り出し合う。
やはり慣れている向こうの方が上か、攻撃を貰うのは俺の方が多い。
それでも避けたり捌くので精一杯だった俺も、少しずつ反撃を開始-幾つかの攻撃が奴の攻撃をすり抜けて入ることが増えた。
気付けばもうどちらも互いに拳を打ち出し合うのみで戦略などはとうに無い。
あるのは目の前のこいつを倒す-そこに女も享受も、はたまた今までの努力など関係ない。
どちらがずっと長く立っていられるのかの勝負-それ以外の気持ちなんてどちらも持ち得ていなかった。
気付けば誰一人として声を発することなくその様子を固唾を飲んで惹き込まれていた。
目の前ではどちらも異常なほど拳を繰り出して打ち合いっていた。
どちらもニタリと笑った顔のまま殴り続ける。どちらももうノーガードで相手に全部の攻撃は入るし相手の攻撃も全部入っている。
互いに殴りあってどれ程経ったのか、片方が「ぐふっ」と根を上げて仰け反る。悔しいが俺だ。
男の方が一枚上手だったようで、追撃を仕掛けようと拳を放つ-が男もギリギリだったのか、俺が仰け反ったせいで拳は外れてそのまま俺の方へと倒れる。
そうして俺は背中から倒れ、上からは男が俺に重なるように前屈みで地面に倒れた。
「ゆ、勇人ッ!」
天はようやく解かれたように駆け寄る。
しかし上に重なった男が先に起き上がり、ぱっぱと土や埃を払う。
俺もようやく息が出来ると必死に呼吸を繰り返し、上からこちらを見下ろす男を目が合う。
俺は男にもしかするとシンパシーを感じたのかもしれない。
ニッと笑う男から次に繰り出されたのは-いや、差し出されたのは手。
俺はその手を掴み起き上がると、もう意を汲み取っていた。
いや違うな。互いにそう思っていたのだろう-俺たちは抱き合った。
「-はぁ?」
声を漏らしたのは天だった。
「お前!やるじゃん!俺の親友だッ!」
「お前の方こそなッ!」
それ以上言葉にならない歓喜を上げて互いに離れないようキツく強く抱き合う俺たち。
それに飛び交うのは周囲にいた人々から賞賛の嵐。
「すげぇなお前たち!」
「ライドと互角だなんてやるなぁ!」
「いやぁー良いもん見せて貰ったぜ!」
巻き起こる拍手と喝采の中、渦中の中心にてただ一人置いてけぼりを喰らっているのは天。
最初は目をまん丸としていたが、はぁ、と大きく呆れたようにため息をもらした。
「男子って単純」
天は「心配して損したー」と言葉を放つと、つかつかと何処かへ歩いて行ってしまった。




