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第二章 第一話「彷徨う二人」

「ちょっと⋯⋯⋯⋯いつまで歩くのよ」


「知らねぇよ⋯⋯」


あれから約半日、俺と天は彷徨っていた。

最初は命からがら逃げ切ってアドレナリン出ていたのだろう。何とかなるだろなんて思っていた。

しかし凄まじい筋肉痛に襲われて、天の手を握ってもう一度剣を使うなんてとてもじゃないが考えられなかった。

せめて天が抱きついてきたら⋯⋯なんて横目で淡い期待を寄せる俺をキッと睨んで、「無いから、無理」と一刀両断。そんなやましい想いは早々に潰えた。

そうこうして街の追っ手を怖がっては辺りに実っていた木の実や川の水をトライアンドエラーして今に至る。

ただそれも尽きそうで、辺りは進めば進むほど草原から何もない閑散とした地域が広がっていく。

もちろん街から離れる事が目的だったが、何も無くなってきたらきたらで寂しくなるのも人の性。

もはや木は一本も生えておらず、あるのは道を塞ぐようにせり出した岩や土砂の山。

この今にも崩れてしまいそうな風景に、はたして果たして先に街はあるのか。そして街に向かっていいのかどうかと、より一層の不安を強める。

更に歩きっぱなしの俺達も疲れのが見え始めており、昼に照りつける暑さも相まって天はニーハイをルーズソックスのように曲げて、襟元は普段よりもガッツリ開けていた。

一応顔バレを防ぐ為に落ちていたボロい布巾を天に被せてはいるが、気に入らず、洗ってはようやく辛抱して使ってくれた。

それでもこの灼熱の陽射しが容赦なく降りかかり俺たちを襲う。

天も「暑ーい」と何度も布巾を捲っては平然と襟元をパタつかせる。その度に天の緩く閉めていた襟元からチラりと何かが覗いているのが見えて俺は目線を逸らす。


「あれ~?なーにかやましい事でも考えているのかなー?」


そんな俺を見抜いてか天はズイッと擦り寄ってきた。

ちくしょう。こいつ、普段は寄ってくるなと言う癖に、こういう時だけ容易に身体を近付けてくる。


「しっ、してねぇよっ!」


「えー?」


さらに煽るように天は胸元をパタつかせながら俺に身を寄せる-てか近いッ!そして良い匂い⋯⋯。

悲しいかな。美人である天にドキッとしない俺ではない。

顔を明後日に向けて仰け反る俺の反応が面白いのか、「ほーれ」と大胆に胸元のシャツを引っ張る天は俺へと身を当てて、したり顔でこちらに見やる。


バカにしやがって-。


俺は仕返しをしてやろうと振り返り顔を寄せた-はずだった。


「てめぇ-」


-むにゅ。


なんとも柔らかな感覚が俺の手に触れる。

ここに来た時のベットよりもふかふかで、どこまでも果てしなき極上の柔らかさが手に吸い付いてくる-なんだこれ。

ふとその手の先を見れば、それは天の胸元へとピッタリと張り付いていて離さない。


「あっ⋯⋯」


天は言葉を発することなく、驚いた表情のまま固まっていたが、徐々に真っ赤に染め上がっていく。

あっ、これ⋯⋯むねッ、揉んで-。


-もみもみ。


数回揉んだ瞬間、視界いっぱいに何かが迫るのを最後に暗転-頭の上でチカッと星が舞う。

天に殴られたのだと理解するまで数秒掛かった。


「痛ッ~~~~ッ!」


見上げれば顔を瞬間湯沸かし器のように真っ赤にした天が口をわなわなと震わせて何事か喚いている。


「なっ、なっ、なっ⋯⋯あんたっ、むね⋯⋯揉みやがったなぁ!?」


天は恥ずかしさから怒りに変わってこちらに拳を振り上げた。


「ちょっとたんまたんま!ふっ、不可抗力だッ!」


「うるさい!死ねッ!」


こいつビッチの癖になんでそんなに怒るんだよ!?


震わせた拳を躱しながら俺は手を挙げ降参のポーズ。


「触れてしまったのは申し訳ない!揉んでしまったのだってほんと反射的-柔らかいなって手が勝手に-」


「-遺言はそれでいい?」


やっべ地雷踏んだ。

暫く一方的な拳が飛ぶ中、「もういいっ!」とぷんすかそっぽを向いてずかずか歩き進んでいく。


「なんだよ、普段そういう事してそうな癖に」


俺の独り言のように零した言葉に「何か言った?」と天は振り返りギロリとこちらを睨みつける。


「いえいえ、なんでもないです⋯⋯地獄耳かよ(ボソッ)」


呟きにまた天は振り返って睨みつけると、諦めたように前を向き直して歩きだす。

それにしても-。


あんな事があった後も、天は引きずる事なく今は前を向いて歩を進めている。


「成長したなぁ⋯⋯」


まあまたあんな目に合いたくないから逃げているだけかもしれないけど。


「何?さっさとこっち来なよ」


天の言葉に「う、うす」と思わずどもる。

隣りまで行き、まだ恐怖からちらりと天の様子を伺うと、ぷんすかと頬を膨らませてまだ御立腹のようだ。


「全く。勇人って私をなんだと思ってるの?」


さっきの仕打ちを考えれば、ビッチですなんて口が裂けても言えない。


「そういうの慣れっこかと思ってたよ」


「そういうのって⋯⋯さっきみたいな事?」


また声のトーンか低くなってきた。あ、これやばい。発言間違えるとまた拳飛んでくるわ。

でもこちらを見る天の視線は俺の言葉を待っていた。

もうこれは答えざるを得ない。


「⋯⋯⋯⋯もうやり慣れているかと」


マイルドに言ったつもりだったが、またしても視界は暗転した。


「そんなわけないじゃない!馬鹿じゃないの!」


「だってよ~⋯⋯」


見てくれ、行動、普段からの態度等、どれをとっても”不良少女”と遜色ないだろうよ。

つるんでいる奴らも全員そういった節があるし、てっきりもう経験済みかと思ってた。


「私はまだ処-⋯⋯~~~ッ!」


言いかけて顔を真っ赤にする天は、その気持ちをぶつける矛先をこちらに向ける。


「待て!落ち着けッ!それは自爆じゃねぇか!」


俺がまた手を前へと差し出すと、「⋯⋯ごめん」と天は謝り拳を収める。


「私の実家、結構お堅い両親達だったから。そういうのには疎いの」


「へ~⋯⋯意外」


「意外って?」


「あっ、いや、別に変な意味じゃなくて!」


見かけ詐欺だろ!?ってか見掛け倒しか?

そんな見た目や格好しておいて潔白だなんて⋯⋯これ以上は自身の名誉のためにやめよう。


ふと、なんだがツンとした臭いが鼻を通り抜ける。

嗅いだことのある匂いに俺たちは立ち止まった。


「これは~⋯⋯潮の匂い?」


「海が近いってことか?」


海という事は、この先にある街は-


「-シークリフ」


「あっ、私もそう思った」


俺の言葉に重ねるように天は続ける。


「海側に面していて、危ないし行っては駄目って⋯⋯ユキさん言ってた」


天は最後辛そうに言葉を絞り出して顔を伏せる。

あれだけ優しくしてもらってからのあれだもんな。辛くないわけがない。


「天⋯⋯」


隣を見やると今にも泣きそうな顔の天。それでも天は顔を上げて「大丈夫」と答えた。


「⋯⋯まぁとにかく。どうするかだよな」


俺たちは引き返すかどうかを相談する。

シークリフの人はアサガナを目の敵にしている。

なんでも魔王の影響があった所で、王都と交流が絶たれてしまった街らしい。

海から上がってくる魔物もいるらしく、民兵隊も容易に近付けない事からもはや存続しているのかすら怪しいとの事。

それでも小さく武器を収納したり、瞬時に大きくして普通の武器を取り出せるのはシークリフの技術。

昔、グラディウスの一人が作ったらしいが、悲しい事に今は殺人の刃として黒衣の男が扱っていた。

そいつも潜んでいる可能性があるとしたらリスクが高すぎる。


「どうする?引き返すか?」


「うーん⋯⋯」


ここまで来た道を引き返すには一度何処かで休みたいところ。それに-。


「引き返したらしたで⋯⋯やっぱり怖い」


来た道を戻るという選択肢は天にはないようだ。


「逃げた、と言っても、この世界の連中なら簡単に追いついてきそうだしな」


俺だってあれで逃げ切れたとは思っていない。

それにお腹も空いてきて限界近く、街がある事と黒衣の男が居ない事に賭けたいところだ。

だからと言って今から向かおうとしてるシークリフだって安全とは限らない訳だが。


「逆転の発想でどうだ?そんな危ない街なら身を隠しやすいって思えば-」


「-日本でも聞いた事あるけど。確かそんなマンション」


「そう。どうだ?」


「うーーーん⋯⋯やっぱり怖い。戻ろう」


そうして振り返ると何かを見て「きゃっ」と天は声を上げる。

何かと振り返れば、そこに一匹のゴブリンが剣を片手に道を塞ぐように立っていた。

どうやらやる気のようで、剣を構えてこちらを煽る。

奴の走力がどんなものか分からない以上、倒すのが無難か。


「-たくっ、しゃあねぇな⋯⋯」


俺は天を手で制して胸元のネックレスに手をかけた。

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