第二章 プロローグ「協議」
街アサガナから逃げ出した主人公とヒロイン。
それから数日経った王都では襲ったグリム、そして魔の者についての会議が開かれようとしていた。
-王都にて。
カツカツと廊下を打ち鳴らす足音が城内に響く。
半分は急いで、もう半分はわざと。
自分の存在を周囲に知らしめるように鳴らせば、近くにいた神官の装いの人が気づいて振り返る。
その老翁は長い白髪を後ろに束ねて目はややつり目、顔には濃い皺が刻まれていた。
一見怖そうな顔つきだがこちらを見やると朗らかに笑った。
「長旅ご苦労さまです。炎の-」
だがそれを皆まで言うなと手で制する。
あの方達が現れた以上、そして王に失望させてしまった我らの名前をあまり口にされたくない。
「もう集まっているのか?」
「えぇ。⋯⋯サンライズ様」
老翁はわざとらしく咳払いをして言い直す。
「坊っちゃま、とはもう呼んでくれないのか?」
「貴方様にもうその様な失礼な言い方など」
老翁は軽く首を振って、「ささ、皆が貴方様をお持ちしておりますよ」と目の前の重厚な扉へ促す。
私は促されるままに扉の前に来て立ち止まる。
「ふぅ⋯⋯」
私は大きくため息をもらして、いつの間にか上がっていた心拍数を元に戻すように深呼吸を繰り返す。
-ここからが正念場だ。
私は残花の如く小さく存在する不安を消し去るように腰に携えた剣のグリップ握り、まるで竜が両翼を広げたように伸びるガードを指でなぞる。
-落ち着く。
ここ数十年、こいつ一本で戦ってきた私は、最早こいつに生かされてきたと言っても過言ではない。
王から賜りし王の剣-通称”ジェットソード”。
今から約十二年前、予言による魔王の復活に備えて結成された王の懐刀-グラディウス。
選ばれた者は一騎当千を謳われた精鋭五人。私もその一人として王⋯⋯いや、父上に選ばれたのだ。
私は其れが誇らしく思い、民の為、王の為と戦ってきた。
私はそれを鞘から引き抜くと、空高く掲げる。
真っ赤な竜の尻尾がピンと伸びたようなプラチナの刀身は、城内を照らす照明になぞらえて輝きを放つ。
「⋯⋯さすがは王の剣。数十年扱っても尚、それ程の輝きを放つとは」
ボソリと零す老翁の言葉に私は否定の言葉を重ねる。
「今はもう⋯⋯くすんでいる」
儚くも小さく呟いた私の言葉に老翁も何も言葉を返さない。
-私にはもう鈍光にしか見えないのだ。
その輝きですら今の自分には眩しいと感じて思わず顔を伏せる。
それ程までに憔悴し切っていた事に自分のことながら驚きを隠せない。
「サンライズ様⋯⋯」
気付けば片膝を付いて大量の汗をかいていた私に老翁は自身の服をあてがってくれていた。
「ありがとう、すまない」
「貴方様がそれ程までに御自身を責められていらっしゃるとは⋯⋯」
やはりあの事件が、十年ほど経った今でも重々しく記憶に残っているのだろう。
「本来であればあの場で奴等の首を刎ねるべきだったのだ。全ては私の責任だ」
「いいえ坊っちゃま!それは貴方様だけの業では御座いませぬ!私めも近くにいながら見抜けなかったのですから。それに奴等の悪知恵は巧妙⋯⋯長けている分野だったのです。こう言ってはなんですが仕方のない事だったとしか」
熱が入ったのか老翁は私を”坊っちゃま”と昔呼んでいた名で呼ぶ。
「⋯⋯何度もすまない。ありがとう」
私が笑顔を返すと「坊っちゃま⋯⋯」と老翁は少し顔を和らげる。
私はキッと目の前の重厚な扉に反射して映る自分を睨みつける。
それは頭に浮かんだ奴等への怨恨ではなく、自身の贖罪を今一度魂に刻みつける為に。
恐ろしいことに、片膝を着いて映る自身はまだ剣を天へと掲げられたままだった。
「今はまだ戦え-という意味なんじゃないでしょうか」
老翁はそう解釈すると、私はそれを肯定するように笑みを零す。
本当は自分を嘲笑っただけなのだが。
皮肉にも、照明に照らされて輝きを放っている剣は、老翁の言葉を肯定するようにより一層輝きを放った気がした。
私はスっと立ち上がり鞘へと剣を納める。
私の目的は魔物の根絶-今回もそれ絡みで来たのだ。
「街アサガナを襲ったのはグリムの大群だったな」
「はい。さらに民兵隊が言うには魔の者の存在も見受けられたと」
「魔の者か⋯⋯それならば私が出ていくよりも”勇者様”を向かわせる方が良かったのではないか?」
「いえいえ。カーク様はあの地からお戻りになられませんし、レドモンド様に至っては永遠に不浄の地にて”ルキアス”を追っております。⋯⋯そしてネレウス様は未だ眠りから覚めず⋯⋯」
なるほど。なら動けるのは私しかいないと言う所か。
「⋯⋯そうか」
「先ほど来られたばかりです。宜しければ一度顔を見ておかれますか?お集まりいただいた方々は私めが何とか致しましょう」
私の心中を察してか老翁はそう促す。本当によく私のことを見ている。
「いや、いい。後で⋯⋯今はまだ会う気になれん」
「ネレウス様は、魔力を全て使い切る最後の最後まで貴方様の心配をされておりました。ネレウス様もきっと喜ぶと思いますよ」
「それでも⋯⋯⋯⋯まだ会えぬのだ」
問題はあちらではなくこちらの方だ。
私のせいで父上を失ってしまったのだから。
私はそっと扉に手を触れて決意を固めた目で前を睨む。
今度こそ-私がこの国を守るのだ、と。
そしてその時にやっと勇者-弟ネレウスへと顔向けが出来るのだと。
「⋯⋯行くよ。ありがとう。じぃ」
「坊っちゃま⋯⋯」
そのじぃの言葉を最後に、私は扉を勢いよく扉を開けて言葉を放つ。
「遅くなってすまない。ではこれより、街アサガナに攻め入ったグリムの件について協議を始めるッ!」




