第四十三話「ちっぽけな力でも」
魔物の存在に気付いた街の人々は、未だかつてない恐怖にどうする事も出来ずに慌てふためく。
勇人は天の事を思い、一目散に宿へと向かった。
「-!?」
二階堂は地響きのような物音に布団から跳ね起きると、窓に顔をへばりつかせて辺りの状況を把握しようと必死に目を配らせる。
街の人達は慌てたように外に飛び出して、私と同じように状況を把握出来ずに何事かと騒いでいる。
-何が起こってるの!?
「-グォォォオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
-ッ!?
私は怪獣のようなその声に驚いて思わず尻もちをついてしまった。
どうしてここに!?どうしてッ!?
私の身体は本能的に恐怖に小刻みに震えだして膝を何度も打ち合わせる。
-間違いない。
-間違いようのない。
脳裏にこびり付いたそれを私は忘れはしない。
あの時に嫌というほど聞いた自分達を破壊する悪魔の声を-。
「ヒィッ⋯⋯」
尻もちをついたまま私は引き攣ったような声を漏らす。その声はすぐに乾いた笑い声に変わって部屋に響く。
-怖い。
情けないことに震えだした身体のせいで私は尻もちをついたまま立ち上がることが出来ない。
何とか力を入れようとしてもそれを恐怖に屈した身体が許してくれない。
本能的に勝てない、無理だと。もう足掻くなと教えてくれているようで情けなく瞳から涙がこぼれる。
するとガタンッとどこかの扉が思いっきり開け放たれた音が聴こえたと同時に「行ってくるッ!」と声が聞こえた。
その数秒もしないうちに私の部屋の扉がガチャガチャと鳴り響く。
「ミカちゃん起きてるッ!?」
女性の声-ユキさんが慌ただしく扉のドアノブを激しく回して「開けてっ!」と何度も叫ぶ。
だが未だ恐怖に硬直している私は立ち上がれない。
声を出そうと必死に口を動かすも発する事ができず、蚊の鳴くような声を出すので精一杯だ。
それを察してかどうか分からないけどユキさんはドアノブをガチャガチャするのを止めて、体当たりをぶつけるように扉からドンッと何度も激しく音を鳴らす。
何度目かの体当たりで扉が軋みボロボロと崩れる音が聞こえたかと思えば、次の体当たりで扉の錠が壊れて外れて開け放たれる。
「はぁはぁ⋯⋯大丈夫?ミカちゃん」
肩で息を切らしながら疲れた様子のユキさんは自分に構うことなくこちらに手を伸ばして「立てる?」と優しく手を引っ張って立ち上がらせてくれる。
私はまだ一人では立てず、情けなくもユキさんに持たれかかった状態となる。
「ごめんさない。腰が抜けちゃって⋯⋯」
私は自嘲するように笑うと膝もつられて同じように笑った。まるで子鹿のように震える脚はトラウマを思い出しては竦みあがりまた地面に吸い込まれるように伏す。
「おっと⋯⋯」
転びそうになる私をユキさんは支えながら「大丈夫、大丈夫」と何度も背中をポンポンと叩く。
それが安心からか自然と身を委ねてしまう。
「大丈夫⋯⋯大丈夫、だからね」
ユキさんは私を深く、包み込むように抱きかかえる。そのフワッと羽毛に包まれるような心地よさに幾ばくか余裕が出来た。
いつの間にか荒くなっていた呼吸が少しずつ落ち着いていく。
「ありがとう、ユキさん」
私はようやく感謝の意を返すようにユキさんを抱きしめ返す事ができた。
そこで私はユキさんの身体の変化に気付いた。
-震えている。
自分の事でいっぱいいっぱいだった私は気付かなかったが、ユキさんも小刻みに身体を震わせて、恐怖に駆られながらも私に悟られまいと押し殺していたのだ。
「大丈夫⋯⋯大丈夫だからね⋯⋯」
よく聞けばユキさんの声音も何処か不安げに揺れている。それでも私を頭を撫でるユキさんの手は優しく、不安をこちらに感じ取らせまいと尽くしている。
「ありがとう、ユキさん」
私はそんなユキさんの頭に手を置き撫で返す。それに驚いたのか身体をビクッと震わせるが、何度もユキさんの頭を撫でる事で次第に張っていた緊張を解していき、「うぅ⋯⋯」と今にも泣きそうな声を漏らす。
ユキさんだって今にも泣き叫びそうな恐怖の中、必死に私を落ち着かせようとしてくれた。
-今度は私がユキさんを宥める番だ。
「とりあえず安全なところに行こう」
私とユキさんは互いに抱え合うようにして部屋を出る。
さっきからグリムの咆哮が大きくなっている気がする。段々と近付いて来ているに違いない。
かと言って下手に動いて見つかったりしたら最悪だ。
嫌なビジョンが浮かんで停止しそうになる思考を頭を振る要領で振り払って前を向いて足を踏みだす。
第一優先として身を隠せる場所に移動-。でもこの街の事とかよく分からない。
何処に向かえばいいか分からず進む先を躊躇う私にユキさんは肩を叩いてこちらに合図を送る。
「バーカウンターの所⋯⋯下に食料庫があるからそこに隠れましょう」
行く場所が決まればと、私とユキさんは恐怖に硬直しながらも互いに励まし合うように引っ張り合ってそこを目指す。
半ば引き摺るようにして歩く私達はバーカウンターまでの距離が遠く感じる。
外ではグリムの雄叫びと破砕音、そして街の人達の悲鳴が何度も聴こえて私達はその度に身体をビクつかせて全身から冷や汗を流す。
それでも足を止めずに前へと踏みだす私達は確実にその地下室へと距離を縮めていく。
もう少し、もう少し-。
その際見たくない物でも視界に入れば見てしまう。
廊下の窓から映る景色はグリムによって壊された建物や物の残骸がや瓦礫が飛び散って辺りに降り注いでいた。それは容易に元あった物を破壊していき更なる残骸と化して再び他を襲い、この場所も例外では無い。
砕け散った破片が礫となって戻り木の宿に襲来-無惨にも穿いて私達に迫る。
何とか身を捩るも不幸にもユキさんの足首を掠めて痛めてしまう。
立ち上がろうとしても痛みに顔を歪めて伏すユキさん。
「ごめん⋯⋯ミカちゃんだけでも、逃げて」
申し訳なさそうに言うユキさんからは生気が抜けていた。もう生きることを諦めているような目。
-なんなの⋯⋯それ。
「えっ⋯⋯ミカちゃんッ!?」
私はユキさんの前で身を屈めて強引に背負う。
「んっ⋯⋯くぅ⋯⋯ッ」
恐怖に膝がガクガクと笑って今にも崩れてしまいそうだ。だけど前をキッと睨んではその足を勇み出す。
「ごめんっ、聞こえなかった」
私は恐怖や不安で下がる口角を無理やり上げてニッと笑ってみせる。
数秒ユキさんはぽかんとした顔をしていたが、「ありがとう⋯⋯」と涙ぐんでまた一緒に進む。
廊下を抜けて曲がるともう数メートルも無い所に地下室への入り口。
「もう少し、だから⋯⋯ッ」
あともう数歩、もう目の前-。
刹那、凄まじい破壊音と共に宿全体が揺れたかと思うと何かが崩れて地面が割れる。
「えっ-」
その原因は私達の前を擦過-調理場を粉々に粉砕して駆け抜けていく。
上がる土煙に爆発のようなそれは簡単に私達の身体を宙に浮かせて紙屑の如くふっ飛ばしてしまう。
何度か転がって壁に激突-ようやく止まった時には三半規管がイカれて世界は揺れ、背中には強烈な痛みが襲って呼吸が上手くできない。
一体なにが起こったって言うの?
殆ど効かない視界の中、パニックと背中の激痛で過呼吸になりながらも何かを探すように目は動いた。
すると目先数メートルの所にユキさんはいた。
ただうつ伏せで倒れたまま微動だにしていない。
「ユキさッ-」
慌てて駆け寄ろうとする私はピタッと足を止めた。
いや、足だけじゃない-再び身体が硬直した。
それに伴い自然と呼吸も浅くなり最小限にまで抑えていく。まるで身体が本能でここには居ないと周りから気配を消すように。
「グルルルルルルッ⋯⋯」
その声は耳元から聴こえて、私は全身から一気に汗が噴き出して恐怖に思わず息を呑んだ。




