第二十三話「生きたい」
自分の努力してきた事が足りなかったと知った勇人は自室にて小さく涙を流してそのまま眠りにつくのだった。
ふと芳ばしい香りが鼻腔をくすぐり目を開ける。
いつの間に寝てしまっていたのか視界は暗く夜になったのだと知る。
効かない目で時計の辺りに目をやり暫くすると、時計が今夜の七時前を示しているのが分かる。
コツッ、コツッ、と廊下を誰かが歩いてくる足音が聴こえる。
私は身構えるように近くの布団を身体に寄せて被る。
正直誰にも会いたくない。来ないで。
その願いとは裏腹に足音の主は自分のいる103号室の前で止まるとコンコンと扉を叩く。
「起きてる?」
声の主は部屋の鍵を渡してくれた女性だった。
だけど返事はしない。
上手く声を出せるか分からないから。
暫く押し黙っていると察したのか「料理、ここに置いておくね」と言ってコツコツと足音が遠ざかっていく。
そういえば七時に夕飯の時間なんて言っていた。あの時はとにかくその場から逃げたくてしかたなかった。
別にお腹なんて空いていない。
そう自分に言いかけて、ぐぅ〜⋯と情けなく腹を虫が鳴いた。
幸か不幸か生きている限りはどんな時でも腹は減ってくるものだ。
数分考えた後、被っていた布団を払いのけてベットから降りる。
ギィ⋯と最小限まで抑えて扉を開くとすぐ目の前に料理の乗ったお盆が置かれていた。
料理に目を向けるとびっくり、見た事のある物ばかりだった。
てっきり得体の知れないものが出るのかとばかり考えていた二階堂はそれを持ってすぐに扉を閉める。
暗い部屋の中、夜目の効いた目でドレッサーに料理を運ぶとドレッサーの鏡の縁に付属していた明かりをつけるとポウッと暖かなオレンジ色が照らす。
落ち着いたその明かりは二階堂の心のざわめきを落ち着かせるような効果があり自然と深呼吸する。
再び料理に目を通すとそれは何かの肉の入ったビーフシチュー?と丸いパン、そしてグラスには水が入っていた。
「美味しそう⋯⋯」
ふと自分の口からこぼれた言葉に驚いておもわず口元を覆う。美味しそう⋯なんて、今の自分がそう言ったの?
それに呼応するように再びの腹の虫が応える。どうやら自分の身体はこれを口にしたいと訴えかけている。
二階堂は徐ろにスプーンを手に取るとビーフシチュー見たいな物を掬って持ち上げる。
しっとりとしたそれは分離されても尚スプーンの上で芳ばしい香りを放ち明かりも相まって煌めき輝いて見える。
ゴロッとしたお肉も小さめにカットされており、明らかに自分の為にしてくれたのだと分かる。
-じゅる、と舌に涎が溜まっていくのを感じる。
もう食べたくないなんて思うことは出来なかった。
二階堂はごくりと生唾を呑み込んで、意を決してそれを口元に運ぶ。
「-ッ!?」
口元に触れた瞬間、意志とは関係なくそれを口元に含んでいた。
それにより口いっぱいに広がる肉の旨味は留まることを知らず、二階堂の身体全体に行き渡っていく。
牛肉と言うよりも羊肉といった感じで柔らかくジューシー、かといって独特の臭みはない。
自然と二階堂の口は何度も咀嚼して飲み込んでいた。
喉を通り抜ける時でさえそれは感動を起こして腹へと収まる。
シチューと肉との調和により素敵なそのひと皿はこの世界にきて初めて二階堂の口角を上げた。
「美味しい⋯⋯」
次はにんじんのような野菜を掬って口へと運ぶ。
「美味しい-ッ!」
もう口へと運ぶ手を止めることは出来なかった。
「美味しい、美味しいよお」
一つ、生暖かいものが頬を伝いぽろっと机に落ちる。
気付けば視界がぐにゃりと歪んで一つ、また一つと涙をこぼす。
二階堂はぽろぽろとこぼれる涙を拭うこともせず無我夢中で食事を行う。
私はまだ生きたいと必死に叫ぶように口に掻き込んだ。
しかしそれが良くなかったのか「んッ!」と喉に詰まる違和感。勢いよく食べたせいだ。
ゴホゴホと咳きこみながらグラスを手に取り一気に水を飲み干す。
ふと自分の正面にある鏡の中の自分と目が合う。
鏡の中の自分は相変わらず紫紺の色をしているが、口元を汚して涙ぐんでとぐちゃぐちゃだ。
「どんな顔よ、まったく」
フッと普段顔に自信のあった私は不細工となった自分を見て笑えてきた。
二階堂は涙を拭ってまた食事を続けた。
今度は味わうようにゆっくりと-いただきますと手を合わせて。




