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9-3 御前会合(前)

珍しく前後編に分かれております

「大・正・解! うんうん、レンカは解っているじゃない。元村娘なのか疑っちゃうくらいよー。リーザの入れ知恵……じゃなくて教育が良かったのかな?」

「教育、よ。私がただ安楽椅子で人界を観察しているだけではないわ」

「そうです! ご主人様はちょっと隠し事もする場合もあるけど大変優秀な方です。令嬢としての気品、覚悟、優雅さ、魔術に関する理解力、ずば抜けた才能、堅実な交友関係なども素晴らしいです!」


 この場にいる面々で最も暢気なルーノディアナがレンカをほめ、レンカがリーザベルをほめる。

 つまりリーザベルは冥界にいるまま人界を遠く見通せるだけの能力を有しているだけではなく、自ら幾度も人界に降り立ったということだ。レンカが覚えた魔術は一度でも到達した場所なら見通せる程度だったが、格が違う。


「お嬢様は寛大ですからねー。たびたび魔女の集会にもこっそりと……」

「……」


 シトニの発言でこの空間が凍った気がした。まずい。


「シトニ、それはいささかリーザベル卿に失礼では? あなたはいつも感想を必要以上に表現しすぎです」

「これは失礼いたしました、サキナ先輩。そしてお嬢様、どうか寛大な処置を」


 シトニがリーザベルに向かって深く謝罪する。いつもの明るい表情が鳴りを潜め、メイドとして真摯にこのような態度を示す姿を目にするのは初めてだった。


「許すわシトニ。それにしてもサキナは相変わらず生真面目ね。シトニへの教育もしっかりとしていて嬉しいわ」

「勿論です。私めの全ては、この世界に住む者、ひいてはルーノディアナ姫様へのものですから」


 そう断言する侍女は潔い。侍女ないしはメイドとしての実力はどうやらサキナの方が上のようだ。


「じゃあサキナの言う姫様って」

「えぇそう、ルーノのことよ」

「ルーノ様が姫君だなんて知らなかった……」

「我が主人たるルーノディアナ様は現皇女にあらせられます。そしてリーザベル卿は姫様と唯一対等な唯一無二の存在です。レンカさまは知らなかったのですか?」

「それとなく気付いていたけど、自分から確認する勇気がなかった。ご主人様と一緒にいることが多かったり、イレーユ様がご主人様への敬意の払いっぷりを見てたので、単なる朋友とも違うっぽいしもしかしたらと思ったんですけど」


 リーザベルが懇意にしている友人の仕立て屋の品と遜色のない高品質な服装をしているとか。

 あの東部の名門令嬢たるナルキアス=イレーユですら上手に出ないだとか。

 ――それらに気づかないふりをしていた。明かされていない勝手に他者の身分について詮索するのは憚られた。ルーノディアナは自身の身の上についてほとんど語らないできたので、彼女が明かしてくれるのを待った。


「私のことなんてそこまで深く考えなくていいわ。それより、目の前のエディフィスに入りましょ―?」


 そうだったわねと返し颯爽と体を浮かせながら慣れた様子でエディフィスへ入城していくリーザベルにレンカとシトニが遅れて付いていく。最後にルーノディアナにサキナが粛々と追従していった。

 堅牢な門扉をくぐった先はというと――


「「「姫様、リーザベル卿、レンカさま、ようこそエディフィスへお越しくださいましてありがとうございます!」」」

 

 一糸乱れぬ侍女達の列から一斉に発せられた挨拶。レンカはこの光景に見覚えがあった……ヴェルクローデン家本邸に入った時のちょっとした思い出だ。

 続いて、今まで足を踏み入れた邸宅の中でも一際高い天井がレンカの目に飛び込んできた。エントランスホールでこの細々とした壁や絨毯に施された装飾から調度品の高級さが窺えた。

 ルーノディアナは軽やかに、リーザベルは翼による飛行で優雅に上階へと移動していく。

 レンカはあまりにも多い部屋や分かれ道に惑わされないよう、先導からはぐれないよう付いていくので精一杯だった。

 先導が止まったのはとある両開きの扉の前。

 とんでもない、おびただしい量の魔力がその向こうから漂ってくる。人間はおろか、魔女のままだったらそのまま勢いに圧されて気絶しかねないほど。 

 

「姫様、リーザベル卿、レンカさま、シトニ、どうぞこちらへ」

「サキナさんはここでいいんですか?」

「私めはただの侍女です。シトニはリーザベル卿の眷属でもあるので入室の資格があります」


 そう言われてしまえばそうするしかない。ノックをし、入室する。

 先客が何人か着席しており、レンカの見知った顔もあった。


「おや、姫君とリーザベル卿、そしてレンカではないか」

「小生もいますよ」

「べレイクス卿、どうもお世話になっています! ゼブタイト卿! 宴、お疲れ様でした。本日もどうかよろしくお願いします」


 ……? この場には三域大魔公(さんいきだいまこう)たる大悪魔が三人もう揃っている? 招集されたということは――


「私じゃないわよー。お父様がリーザ達を呼んだの」

「そうでしたか。てっきりルーノ様がお呼びしたのかと……ルーノ様のお父様?」


 ルーノディアナに促されるまま着席したレンカだったが、冷静にこの状況を考え直す。

 (……姫様であるルーノ様のお父様からのお呼び出し? 貴族の上が姫で……姫って貴族令嬢全般に対する呼称じゃなかったっけ? それにサキナの言っていた、ルーノ様とご主人様が対等ってどういうこと?)  


<成程ね。私達は人界を支配した際、貴族より上の存在を意図的に作らなかった。知らないレンカが困惑しても仕方ないわ>

<ご主人様! 大悪魔の皆様がそうしたのは何か理由があるんですか?>

<理由は簡単。支配層として貴族階級を与えたけれど、人間共の頂点に値する存在がいないからよ。頂点を決めたらそうしたで増長して余計な争いが起きるもの。そのための措置ってこと>


 耳打ちより効率的で手っ取り早いのだろう。リーザベルが魔力念話でおおよそ説明してくれた。人間は争わずにいられない生物だ。特に何もないというのにすぐ誰かを支配したがる。

  

「御機嫌よう、レンカ。その顔を見れば分かりましてよ、リーザベル卿の眷属に相応しいだけのことはありましたわね」

「イレーユ様。もしかして会合に……」

「それでは、此度司会を仰せつかったナルキアス=イレーユです。三域大魔公の皆様におかれましてはお集まりいただき深く感謝申し上げます」


 イレーユは着席せず、そのまま口上を述べる。  


「続いて、我らが絶対君主たる冥魔帝がおいでです」


 その単語は度々リーザベルが口にしていた。主上とも言い表していた記憶がある。

 豊かな金の長髪。頭部には赤黒い一対の角とその妨げにならない男性用のティアラ。底光りする知性を湛えた緋色の双眸。

 痩身であることさえ一見して察せられなかったほど高品質の衣を何枚も重ねている。


「あぁ。ご苦労だナルキアス=イレーユ嬢。三域大魔公、そしてその眷属達よ。余の呼びかけに応じ嬉しく思う」


 悠然と、主上は現れ上座に着座していた。

 息を呑むことしか出来なかった。あの圧倒的な魔力は、かの主上がこのエディフィスに長年居城することで建物にまで染みつき発せられているものだったのだ。

  

「さてリーザベル卿、余に送ったあの報告書の内容は事実か?」

「全て事実ですわ、主上。教団およびその聖女が詐欺行為を働いていたことも、ね」

「そなたには余を名で呼べといつも言っておろう。我が娘のことは愛称で呼ぶというのに」

「それは主上が……」

「かの約定の事か? そなたに頼んだ甲斐があったというものだ」

「ではヴァルセアス卿とお呼びするわ」


 リーザベルは主上―ヴァルセアス卿―に怖気づいていない。敬意を払い、丁寧に話しているだけ。

 約定とは一体何のことを指しているのか、当事者ではないレンカはその単語に過剰反応(質問)しないよう自制するしかできなかった。


「……此度の件でリーザベル卿はわざわざ人界に赴き、眷属を召喚し教団の幹部を処分しバスティカ邸でかの聖女の大罪を暴き処刑した。これは立派に職務を全うする姿だ――何せ人間(かちく)共は柵で囲い、縛り付けて餌を与えぬと好き勝手遊んでしまうではないか? 故に我が友とも呼べるそなたら三域大魔公に人界を託した。そうであろう?」

「同意させて貰おう」

「……そうだったわね」

「そうでしたね」

「……べレイクス卿、そなたはもう少し人界に関心を持つといい。蔑むのは自由だが、放置は感心せぬ。何せこちらから手を加えねば増えるか自滅するかの二者択一だぞ、奴等は。適度に繁殖させ、適度に排斥せよ。余から伝える事項は以上だ」

「善処します」


べレイクス卿が渋々と主上ヴァルセアス卿に承諾する。

 ――それは人界に生きとし生ける凡ての人間達の生殺与奪の自由そのものが、人間自身に微塵もない証拠であった。


「そうそう、ここにはリーザベル卿の眷属が二人もいるのだったな。名をレンカ、そしてコーセ・シトニと言ったか?」

「は、お嬢様のメイドである私の名を覚えて下さり誠に恐縮です、主上」

「は、はい。私がレンカと申します。ご主人様……リーザベル卿の眷属となりました」


 いくらこの場にいることを許されているとはいえ、こっちにまで話を振られるなんで聞いてません! とレンカは叫びたい気持ちでいっぱいではち切れそう。しかし実行してしまった際にはわが身だけではなく、主人たるリーザベルにまで危険が及ぶ可能性さえあった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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