7-4 立案と更なる提案
いつもより若干本文が長めです
もう長くならないはずです
<ベレイクス卿、複写した報告書は読んでくれたかしら?>
<あぁ、君からの命令でゼグに書かせたという人界の報告書か。潜入調査させて使い魔の扱いにも随分と手慣れたものだな。狩人だけの奴だとは思っていたが、諜報活動の役目も果たせるとは意外だ>
<あれの性能については後回し。今私が知りたいのは報告書を読んだ貴方の意見よ>
<……人間の連中は身分に関係なく腐敗しきったな。もし君の立場に私が立っていたならば支配領土ごと即座に、建物一つ残さず吹き飛ばしていただろう。だが、君は我慢してそうしないでいる。我慢と言えば≪不満のある者がするもの≫と初等学院に入学する前に言っていたのは君だったな。方針としてはレンカの友人を含めて救う、か>
<無論、教団も瓦解させるわ。間違いなく、教祖の聖女さえ処理してしまえばそれまでよ>
<同意見だ。今回の件はそれで容易に片付くから、君は今まで通り業務に当たるといい。序での幹部層や下っ端はどうする心算だ。狩人に任せるか?>
<幹部ならほぼ人間の貴族だし、少しだけ遊んであげましょう。返答次第では転化させて生かす。下っ端は狩人を動かす腹積りよ。そして都市ごと吹き飛ばす>
<……ソレスディアの教育が良かったのか判りかねるがよくぞそこまで育ち切ったものだ。君は早熟だとは思っていたが、まだまだ技術を磨いている。元師匠として、同僚としても非常に頼もしい。好きなだけ都市を木っ端微塵にしてしまうといい。草木の生えぬ荒地に変えるのも悪くないだろう?>
<それも私にしてみれば盤上の駒を焼く程度の出来事でしかなさそうね。良いわ、好きにやる。マノンも村人も転化させて救う>
<好きにやる、だと? だがしかし、今回の件には関らんぞ。君一人の支配領土だからな>
…
……
………
そういえば今、話題が尽きかけているなと思った。そろそろ本題も聞き出したいが、こう気が引ける。
「あの、皆さん。そういえば、今回ルーノ様は来られないんですか?」
「……」
「……本日も紅茶がいいな」
「そうだな。うめぇ……おいしいなぁ」
ならば質問とかしてみようと画策したのだが……やってしまった。この反応は非常によろしくない。空気そのものが減っていくような気さえするほどまでに。
よほど質問が悪かったのか、誰からもそれらしい反応が返ってこない。今この客室で聞こえるのはリオクがクッキーをかじっている音だけ。茶器の音もしない。
レンカは曇り一つなく磨かれている綺麗な窓ガラスを見た後、俯く。それが無駄な足掻きだと分かっているというのに、だ。少しばかりお茶会で一緒して、愛称で呼ぶことを許されただけなのに。
「貴女の心配は無用よレンカ。堂々と発言して頂戴。単にルーノは家のことで今時期的に顔を出せないってだけ」
「確かに、今の彼女は恐らく忙しいからな。私などでは魔力念話で話す暇もなくなるだろうさ」
「ま、そうだろーなー」
ようやく発せらた言葉はどちらからも同様のものだった。
(……別に怒りを買ったわけではないっぽいね。ご主人様はどうなんだろう)
視線をリーザベルに移す。一番顔を合わせているからとはいえ、何か話してくださいと面と向かって伝える勇気がなかった。
「そ、そうですか。で、ではイレーユ様とかどうなんですか? でも今回のお茶会には不参加みたいなんで忙しそう?」
「イレーユもそれなりに忙しいわ。こう話している私達も例外なく忙しくなるでしょうね」
「あぁ、そういやこのもう時期かー。俺めっちゃ忙しいのキライだぜ」
「そう言って、去年一番当日にはしゃいでいたのはリオクじゃないか。気分が上がるって」
「比較的酒に弱いくせにワインだビールだなんだって飲み干していたリオクが一番騒いでいたわね」
「そうだったかぁ? 言われてみりゃそんな気もするぜ。つかよ、忙しいのは使用人とか市民というか――」
「記憶が飛んでいるわね、リオク。これだと本当に飲酒していけないのはイレーユではなくてリオクの方だわ」
主人が話題を上手く切り換えてくれた。
かなり若めの部類に入るような成人男性が、イレーユほどではないにしろ酒に弱いリオクがはしゃぐ? この中では友人知人からそう評価されても仕方のないリオクだが、多忙になるってどういう意味なのだろう?
「レンカに知らせてなかったわね。半年後に、冥界の収穫祭があるのよ。帝都でもそれはそれは賑やかで騒々しいわ。屋台も出るし」
「ははぁ、これからの予定にお祭りがあるんですね! それで皆さんが今から忙しくなると」
気象操作の魔術でいつでも収穫できるような農業してるんのではなかったかの疑問点はこの際どうでもいいとして、それはそれで別として準備で忙しなくなるのか。
何より気になる単語が耳に届いた。帝都がそれだ。
ヴェルクローデン家本邸がある西方の第一都市がそれはもう賑やかなのだから、中心であるだろう帝都はどれだけの建物がひしめいているのだろうと期待が膨らむ。
「収穫祭の話は、私が貴方達をここまで呼んだ用件が終わってから改めて話し合うとして――今回の概要については説明しておいたでしょう?」
「……はい、もちろんそのことですよね」
とっさに反応したものの、レンカは間違いなく収穫祭の話題で浮かれていた。今からでも収穫祭当日までに、はしゃいでしまわないようにする練習が必要ではないだろうか。
「シトニ、その辺の椅子に座っていいからこちらに来て頂戴。別のメイドも呼んで。貴女にもこの話を通しておきたいのよ」
「お嬢様! はいこちらに失礼しますね」
名を呼ばれたシトニは給仕を中断し、本邸で勤めている別のメイドを呼んだ。
「この度に本邸をご来訪いただきありがとうございます。シトニに変わって全うしますのでよろしくお願いします、お客様方。本日はどうか時間の許す限りお過ごしください」
入室してきたのはそう丁寧な挨拶を述べた後、見事なカーテシーを決めたメイドだった。
「こちら本邸付きのメイドでキュユー・アニェスよ」
「よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく頼む」
「よろしくなー」
シトニが親しみやすいメイドなら、こちらのアニェスはよりきっちりとした感覚を持つメイドだ。どちらがより勤続年数が長いかはこの際置いておく。
「さて、レンカの住んでいた村が教団によって丸ごと滅亡の危機にあると。リーザベル嬢の話では使い魔を放ち、レンカの友人であるところの少女に接触した」
「そうだったな。聖清教団? って組織がかなり危険なんだってな。何でも民から莫大なお金を巻き上げてるとか」
「そうよ。喜捨の心得っていうものを曲解しているわ」
「喜捨の心得? 何だよそれ。普通に知らんなぁ。アルヴィベリト、説明してくれないか?」
「商家を由来とする家の子息なら知っておいて損はないと思うが……。本来なら持ち金の中から、そういう団体の維持の為に自ら寄付する行為であった。教団の為に進んで財産を擲つものだな。問題は、貴族の富になっている事実を現地の民には知られていないといったところか」
「そう。民は教団と貴族がズブズブだと知らされていない。実際の教団がやっている寄付金は二重課税よ。使い魔からの報告によれば、無駄に豪華な教団の本部内に貴族が沢山いた。放置していると私の統治能力が疑われる上にレンカの友人も危うい」
「ただでさえ人間の民は生活厳しい中でも領主へ納税しているっていうのに、寄付金までもが貴族達の懐に入っていたぁ? しかも民はほぼほぼ知らないぃ? 全く、可笑しな話だぜ。人間のやる事なす事は本当に予測不可って父が言ってたけどマジな話だったんだなぁ……」
アルヴィベリトはリオクへ説明しつつ感想に耳を傾けているものの、話が進むにつれ悄然としている。茶器に手を伸ばしては紅茶を何杯も飲んでいる。彼なりに実態を飲み込んでいるのだろう。
レンカはアルヴィベリトの人間への評価が気になっていた。
少しは期待していたのだろうが、実際はこの通り。
「使い魔からの報告はまだ残っているわ。教団の頂点は聖者とされているけれど、実は聖女だったのよ。誰一人として聖女とは呼ばなかった辺り徹底しているわね」
「何、聖者の正体が聖女だったのか……? 妙に性別を偽るものだな。もしその教団が立派なら隠すべき事柄ではないと思うけど」
「そこに関しては教祖の性別が女だと都合が悪いのでしょうとしか。 清ければ誰であっても構わない方針としか。そして作戦を考えたから聞いて」
「ご主人様、作戦と言うのは何ですか?」
「私とべレイクス卿の共通見解によれば、その聖女さえ処分してしまえば教団は瓦解する。残党狩りは狩人の仕事だからそれでいいわ。そして聖女をこの冥界で数日生かそうと思うわ」
「聖女を生捕り……? かのべレイクス卿がそんな、人間を入れることを許可するとは思えないが。況してや今回の元凶ではないか」
「私の支配領域だから意見を出しても手出しはしないそうよ。聖女の態度、あの小賢しい生物の中でも一際目立つ人間らしいし手厚く持て成すわ。無論レンカの友人ら村人の救出も欠かせない。冥界にいるだけでは話が進まない。私は人界で村人に成り済ますから幹部で遊ぶ。シトニは私が眷属召喚するから」
「はい、メイドにして眷属らしいところお嬢様方に見せますよ!」
「シトニにはそのつもりで待機してもらうわ。さてレンカ」
「はい。ご主人様、私のやるべきこととは何ですか?」
シトニもそうだし、ここで出番か。どのような策があるというのか非常に楽しみだ。
「貴女の友人たるマノンを転化するだけよ」
「マノンを、転化?」
「貴女は自分の意思で私達と同族になってここにいるじゃない。なら今度は貴女が友人のマノンを転化させ悪魔にして、冥界に住んでもらえばいいじゃない――だから、これは貴女がやるべきことなのよ。我が眷属にして弟子のレンカ」
「そ、それは……」
リーザベルが断言するように堂々と、そして長い髪を優雅に揺らし宣言する。
教団に村ごと狙われている以上、マノンは人界で生活出来なくなった。それは理解できる。救出しようというこの勢いにも乗りたい。
――しかし、その先の単語が続かない。
リーザベル達と一緒にいてこうして話したりするのは楽しいのに。
今更反対したい訳ではない。ただ、本当に主人の言う通りそれをしていいのかは疑問が湧いては出てくる。
人間としての生活をしているマノンに、人間をやめてって言える自信がない。
自分の顔が今どうなっているのか窓ガラスや鏡を見なくても分かる。
「戸籍や居住地は私がまとめて用意するし転化の魔術は一時的な譲渡が自由に可能だからそこは心配無用。なら後はレンカが人界に行って転化の魔術でマノンを同胞にするだけ。簡単なお仕事でしょう?」
「私が、やるんですか?」
「序でに村人全員も諸共ね。使い魔に潜入調査させる以前、既に使い魔とマノンは接触している。もう、時間がないのよ。転化してしまえば空腹にもならず、睡眠も必要ない上に必要以上に老いない体は最高でしょう? 私の弟子にして教えていいのよ」
「で、でもご主人様、マノンは魔術なんて使えません!」
「別に魔術程度の事なら……。転化させれば魂の構成物質が変わって魔力が扱えるようになるから誰でも使えるようになるわ。レンカのように弟子となって貰わなくとも構わない。ただ、冥界で生活を全うすればいいわ」
……それはそうだ。村人のままでいて、貴族からの重税に聖清教団からの半強制的な寄付金の徴収をされるくらいなら。
あの村でマノンの裁縫をほめてくれた人間は少ない。こうして話してくれる主人に、その環境から脱出できる手段が取れるとするなら。
「そうだとしてもマノンの出来ることは、裁縫が特技で、町まで行って売ったりしていました……」
「あら、いいじゃない。裁縫が出来るならこの冥界でも重宝される技術だわ。レンカ、持ってきた?」
「……それが、家に置いてきました。また家に帰るつもりはないという自戒を込めて、その……」
「後で人界に行ってもらうから、それで取りに行けばいいじゃない。それを見たいわ。案内して」
「リーザベル卿の説得は畳みかけるようだなぁ……」
遠くでリオクの声がする。そもそも時間がないということはつまり、もう数日でこの作戦の期限が切れるのか。
マノンはどうなる。レンカの両親も。
「聖女が村を狙っているなら、せめて村人だけでも救おうって話」
「成程。そこでリーザベル嬢の出番ということか。これは貴女の特殊魔術でしか成しえない。あぁ、私に出来る事が少なすぎる」
ふむふむと完全に理解している様子で頷くのは紅茶のお替わりをアニェスに給仕してもらっているアルヴィベリトだ。リオクは半分ほど理解している雰囲気が伝わる。
「どうやらこの策にレンカは乗り気ではないようね。ずっとマノンには人間のまま生きていて欲しい? 人間は死んだらそこで終わり。教団の教義にあるような、天に昇るなんてこともあり得ない」
……なんだ、あのまま人間として生きていたら消える結末だったのか。いや、この場合は魔女になって別の悪魔と契約し、獣になって冥界に送られるだけか。
それなら、隠し事なしで話すか。
「私は、自分がもう人間じゃない今の生活に満足しています。それは、ご主人様達がいてくれるから。私と同じになってと告げる勇気は私にない。でも、マノンと一緒にいたい気持ちも持ってる。教団が潰れても貴族のせいで狙われ続けるなら――ご主人様から譲渡して貰ったこの力で、マノンを私と同じにします。他にも役目があるなら可能な限りします。なのでどうかせめて転化したマノンを冷遇しないでくれるとその、嬉しいから……。シトニの焼いてくれるお菓子とかご飯とか一緒に食べたいし」
「決まりね。と、いう訳で。レンカに転化の魔術使用権限ぽいっと」
「あっはい……ぽいっと? えっ?」
かつて自己に施された魔術の片鱗を受け取る形になったレンカは耳を疑った。リーザベルはぽいっとなんて擬音を会話で使うような話し方ではないはずだが。
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