5-3 狩人とのやり取り マノン視点
ゼグの再登場
現地員としても便利なキャラです
……わたしがその男の人と出会ってから、何日は経ったっけ? 2日だったかな。
昼間は絶対に森にいない。夜の時だけ、その人と会うのがいつしか習慣になっていた。
村の人たちはみんな、その人のことについて何も知らない。見かけることはあって挨拶しても、返さないことがほとんどだそうだ。
わたしだけ知るのも気が引けたけど、あまり悪い人ではないっぽい。町で買ってもらった本にあったちょい悪? っぽい雰囲気はあるけれど。
「わたし、マノンって名前なの。あなたの名前は?」
「へ? あー名前な、お前さんには名乗ってなかったっけな。俺の名はゼグ。ただそれだけ。家名もなんも持っちゃいないよ。俺はな、まー色々あってこの村を中心として仕事を任されてるってことだな」
例によって日付が変わる前の夜のお出かけで出くわし、互いに名を名乗り合う。それは出会う過程で基本中の基本なのに忘れていた。なんで自分の名前を名乗らなかったし相手の名前を聞こうともしなかったというと、短い付き合いになるかもしれないし、と思っていたからだ。
村にも町にもいないようなその人に興味を持ってしまったのだ。好き、という異性への感情はない。
そしてそのゼグと名乗った青年は別の町の出身だったそうで。
ゼグは狩人だけがお仕事だけではないとも言い出した。それはいったいどういうことなのだろう。
「うちのお嬢様からは他の命令も引き受けているんだよ。あー、偵察って分かるか?」
「えーと、自分の身が分からないよう隠してこっそりと忍び込むことだっけ?」
「お前さんは年齢の割に賢いな。その認識でいい。別にこの村や町についてだけじゃない。もう少し広い範囲、大都市についてでも偵察や情報収集を命令されてる」
へーっと自然に声が出た。詳しくはわからないけれどすごいお嬢様に雇われてるんだっけ。
でも大都市で情報収集を任されてるなんて、よほど信頼されてるんだろうなと言うと。
「信頼? まさか、ほとんどされてないと思う。辛うじて召使いの体面は保ってるがな。俺、お嬢様の怒りを買ってるからなぁ。それも一度で、とびきりの禁忌を侵しかねないほどのな。それ相応の罰は受けたけど、今こうして動けているだけマシだ」
「罰って、何日かご飯抜きとかそういうの?」
「メシ抜きかぁ、いかにも確かにそれっぽいな。と言っても俺はメシをそれほど食べなくても平気なんだ。完全になしってされるとちょい気分的にきついがな。納得はしていて、甘んじて受け入れた。俺側が全面的に悪かったしな」
ゼグが何をしたかについてはわたしから聞かないことにしておいた。お屋敷の窓を割ったとか、食料庫からパンを盗んだとかそういうことでもなさそうだし。
それよりも気になることがいっぱいある。お嬢様がどんなお人なのかとか、そんなお人が住むようなお屋敷ってどんなんだろうなとか。
「ねぇゼグ、お嬢様ってどんなお人なの?」
「とびっきりの別嬪だ。髪の毛も肌も、とにかく容姿も声も別格だな。性格は身内、というか懐に入れた相手には優しいところがある。家格も立ち居振る舞いもお嬢様として完璧だ。特別キレイなドレスをまとわず、上等な普段着ですら絵になる。但し、絶対に怒りだけは買わない方がいい。女だから怖いだとかそういう次元の話じゃねえ。迫力からしても格が違うし、どんな罰を食らうか分かったもんじゃない。だから、お嬢様の大切なものを横取り仕様だとか考えない方がいい。恩恵として与るのはそこまで悪くないが。俺に対する福利厚生もきちんとしてるしな」
「……そ、そうなんだー。そのお嬢様、気難しいんだ。あーでも、わたしが会うことはないかもね。なんてたってただの村人だし。ちなみに、お屋敷ってどんなところ?」
「お屋敷は兎に角広い本邸と、何らかの事情により本邸を一時離れた血族が個別に住まう別邸がいくつかある。都にも別邸扱いのお邸がある。天井も高いし食堂にしても広く造られてるーーお嬢様から連絡が入った」
「う、わかった。静かにするね」
ゼグは何にも語らず言わず、うなずいてくれた。
わたしだってむだにおしゃべりなんかして、気難しいというお嬢様の機嫌を損ねたくない。
ゼグは少しも口元を動かしていない。それでどうやって連絡が入ったってわかったのだろう。
手紙をやり取りしているような様子はない。
顔つきはわたしと話しているときとは違って、お仕事に集中しているときのそれだった。
わたしが分からない手段で連絡を取っている、のかな? だとすると、それは――
……レンカの家が習っていたような魔術とされるものだったり、して?
誰かが魔術なんて使った場面を見たことがないわたしがそうやって分析するのも何だか変だけど。
レンカかもしくは両親ならすぐにゼグが何をどうやって連絡を取っているのかわかるのかな?
――まさか、ね。
ゼグの方を見るとまだまだ連絡を取っているらしい。わたしのあやふやな予想がもし当たっていたなら、おそらくは魔術ってもので。
そうだったとしても、もちろん会話の音なんて感じ取れるわけもなくて。
謎の連絡手段について考えているうちに、どれだけの時間がたったんだろう。
時刻のわかる時計なんてものは家の中にある高価なものだから持ち出せないし……。
「マノン、ようやく終わったぜ。待たせてしまったなぁ。話はついたからお前さんにも話す。この村についてだ」
前半はわたしと話しているときの口調、最後の方は真面目(似合わないけど)な口調で耳がどうしても聴こうという気にさせられる。
「この村を始めとした一帯を支配領域としているお嬢様から連絡だ。怪しい教団が都に巣食っている。お嬢様なら教団ごとぶっ潰すことも簡単だが、そうはいかない。だからお嬢様のために何かしらの形で働いて尽くす気があるなら、お屋敷に召し抱えてやるってよ」
「え、怪しい教団? この村も都も、危ない?」
もし、わたしの裁縫の腕前をお嬢様が認めてくれるなら、それはいいことだと思えた。上手く行けばそのツテでレンカに会うための手段を用意してくれるかもしれないし……っていうのはいくら何でも都合のいい解釈かな。
ゼグの言う通り、召し抱えられたら怒りを買うよう……な不用意な言動をしなければいいだけの話。
「よっていくつかお前さんに呑んでもらう条件がいくつかある。この村からしばらく離れることと、人間じゃなくなってもらうっていう条件。さて、マノンにとってはどうだろうか?」
「――――……………わたしが、人間じゃなくなるってどういうことなの? 動物にはあまりなりたくないけど」
「マノンが気付いているかそうでないか分からないが、俺はかつて人間として生まれたが、自分から望んで契約し、そうではなくなった存在だ。かつて主人がいて、仕えていた頃は別の世界で過ごしていた。仕事だからこっちの世界にいるだけ。俺のときと比べれば苦しむことは何もない。獣になることもない。この条件に同意するなら、村人全員人間じゃなくなってもらうことになる。そうでもしなければ――」
この村はその教団によって、全て跡形もなく焼かれたりして潰されるという。
「人間じゃない存在になる必要があるとか、ゼグが人間だったとか契約でこの世界の存在じゃなくなったとか、他に世界があるって何なの? お願いだから話してよ」
「いいぜ、俺に学がないのは別として知っていることを話そう――」
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