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魔女の願望編 14


当日、午前9:30。


朝から(相変わらず訳の分からないくらいの)豪勢な食事の終わった俺は、魔女に急遽声をかけられた。

何時もの様に、俺の部屋に入ってくるドレス姿の魔女を迎え入れ、椅子に座らせる。

「今度はなんだ?何かーー」

「伝え忘れたことでもあるのか?と問われれば、まぁ間違いないとだけ言っておくとしようかの?」

ーー相変わらず機先を制するのが好きな奴だ。

「で、何なんだ?」

「…その前に、おるんじゃろうメイド長。」

そう言いながら、魔女がカーテンの方を見る。

いや、其処には誰もーー。


「ーー御慧眼感服致します。」

スッとカーテンから姿が浮き彫りになりリコが現れた。

ーー俺は何か見逃していたか?

「客人の事に耳を攲だてるのはどうなんじゃ?」

「ーーーその様なつもりは御座いません、シス様の身辺警護の為に居ただけでございますので。」

昨日言ってた俺のことを守っているのはリコだったのか。

「成る程、ならひとつ頼んでも問題はないかのう?」

「ええ、何なりと。」

「30分後にエンリケと一緒に、ワシの部屋に来てくれ。」

「ーー承知致しました、それでは30分後お邪魔させていただきます。」

そう言いながら恭しく頭を下げた後、リコは部屋から出て行った。


「さて、と。

 改めてシス君に伝えておくことがあるんじゃが。」

改めて、ねぇ。

「この後エンリケにも一部伝えるつもりなんじゃが、昨日見せた通り、魔女に肉体面の攻撃はほとんど意味がない。

 ーーであれば、どうするのか。」

確かに、俺にできることも精々は逮捕術と射撃。

それも、拳銃と散弾銃程度のものだ。

昨日を鑑みるに、俺の銃程度では足止めにもならない、それでもこいつが何かを言ってくるということはーー。

「何かあるのか、秘策が。」

「上手くハマれば、虚をつくことができる方法ならのう。」

サラリとそう言ってのける。

なら何故、昨日の夜に言わなかったのかーーーいや、最初に言っていたな伝え忘れていた、と。


「さて、シス君。

 虚をつく、とは言ったが虚をつくとは何なのかわかっておるかのう?」

ーーバカにしてんのかこいつは。

「油断をしている所につけ込む…国語の勉強をしに来たわけじゃねぇんだぞ?」

「カカ、すまんすまん、では何をすれば虚をつける?」

「ああ?それは…」

時と場合と状況による。

今回魔女が質問しているのは、何をすれば相手の魔女の虚をつけるのか、ということだろう。

「ーー相手の情報が出揃っていないとなんとも言いかねるな。」

その言葉を聞き満足したかのように魔女は首を縦に振った。

「そう、その通りじゃ。では、ワシらは情報を持っているか、否か?」

情報ーーー。


「クラリス・クランーー。」

修道院で見かけたあの手帳。

そしてあの名前。

「そうじゃ、今回の件がクラリスに関わっている内容じゃと我々は知っておる。

 じゃが、先日も言った通りワシの知ったクラリスの顔はあの場所に無かった。」

そうだ、コイツはそう言っていた。

ーーだが単に買い出しか何かに出ていたからということはあり得ないだろうか。

いくつでも予想は立てられる、別にあの修道院の名簿を見て全員の名前と顔を確認したわけでは無い。

「今回の囮作戦、成功すれば間違いなくやってくるのはクラリスかそれに関係のある者。

 じゃが、あの場にいない存在であるというのなら、本名を隠して存在しているということじゃ。」

俺の考えを話す前に話された。

理屈は分かる、だがそれでも聞かねばならないだろう。

「全員の顔を見た訳じゃ無いだろう?」

「当然そうじゃな、じゃが、調べてはおいた。」

調べ…?

「ほれ、これが小僧に持ってこさせた孤児院の連中の名簿じゃ」

いつものように、どこからともなく取り出される紙。

其処には孤児院の名簿らしきものが乗っている。

確かに、フランシス・ロックハートという物凄く厳つい名前で、聞き覚えのある名前が目に入る。

目の前にあの巨躯が浮かんでくる。

アリエラ、フィスカ、クラウディア、ケニー、マリエル。

数十名がどうやら居るらしい。

見れども見れどもクラリスという名前の人間は見当たらない。

「なればこそ、例えば相手が本人だったとして、自身の名前を知られてないと言うアドバンテージがあると思っていた所に、急に本名を伝えられたらどうなると思う?

 それも、間違えた名前を伝えられた後なら。」

「ーー混乱する。」

間違いなく混乱するだろう。

なぜ知っているのか、どこで知ったのか。

この前と逆ではあるが、いきなりロスと呼ばれた時と同じ程度には。

「意識が混乱すれば、突き飛ばすでも、何かを投げるでもなんでも構わん。

 そのまま逃げ出せば良い。」


「ーーーなるほどな。」

理には叶っている。

「逃げて別のところに隠れる、逃げ切ってここに戻って来るーーどうとでもできるが一回限りじゃからな。」

確かに虚をつけるのは一回限りだろう。

その後は誰でも警戒する。

「ああ、それとな、もし捕まってワシの事を聞かれたら、お主の知ってる限りで内容は全て話してくれて構わん。

 そうすることで稼げる時間もあるじゃろう。」

「…それをすることでお前に不利に働かないのか?」

コイツのことを相手が知っていない可能性があるのなら、情報を出すことによって不利になることもあるだろう。

今、虚をつくと言う話をしていたのに、何故自分のことを危険に晒すことをよしとするのだろうか。

「心配してくれとるんじゃのう、シス君は。

 じゃが、前も言ったがキチンと奥の手はある。安心せい。」

聞きたかったのはそう言うことではないがーー。

まぁいい、話をはぐらかされるのはいつもの事だ。


「で、なんで急にこんな話を?」

「まぁ、もしもの時のためじゃよ、何も無いとは言い切れんからのう。

 ワシが下痢で動けないとか、あるかもしれんじゃろ?」

ーーコイツが下痢をしてるところなんざ想像することはできない。

腐った牛乳でも飲めばもしかしたら腹を下すかもしれないが、此処で飯を食っている限りはまずないだろう。

俺の数倍の量を食っても平然としているのだから。


「で、この後、エンリケとリコにも同じことを話すのか?」「まさか、同じ話じゃと虚はつけんからのう、別の話を伝えておくわい。」

カラカラと笑いながら魔女が言う。

何も考えていないわけでは、当然なかったらしい。

「ーーまぁ、それだけじゃ、30分も要らんかったのう。」

そう言いながら、魔女が席を立つ。

「明日が本番の予定じゃからな、お互い頑張るしかないのう」

「ああ、そうだな。」

明日、もしかしたら死ぬかもしれない。

そう考えるとゾッとする。


「ーー心配せんで良いわい。必ずシス君は生かして帰してやるからのう。

 それじゃぁ、検討を祈っておるよ。」

やはり顔に出ていたらしい、扉が閉まる直前、そんな声を魔女はかけてきた。

ーーその声を聞きながら扉が閉まる音を聞き届けるまで、俺は掌を振った。



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