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魔女の願望編 15

そして話は冒頭に戻る。


カチャリとノブを回す音がなり、ドアが開く音がする。


恐らく魔女が歩く音。

べキャリという音を立てながら俺が隠れているドラム缶の真横にあるドラム缶がひしゃげた。

「っーーー!」

声を殺す、恐怖で頭がどうにかなりそうだ。

次は俺の番になってもおかしくない。

シスター服を着た誰かが、俺を殺すために追いかけているーーー。


思い返す、どこかーーーザッと流れていく、今日パブを出てからデニスに助けられ、チェルシーに助けられ、シスターフランシスに出会い、笛を吹き逃げ出した。

決定的に間違えたーーーその記憶の中に混じる噂を流布した記憶、魔女達と話した記憶、ぶつかった老人、

部分があるとするならーー街中のシスター、屋敷での記憶、魔女の家での一件。

どこだーー修道院に侵入、取調室でのやり取り、魔女の家ーーーー。

思いだせ、ーーーーー思いだせ。



ーーーこの数日の事を思い返した。

そもそもこの事件に、魔女に絡んだ事自体が結局間違いだったのだろう。

魔女と出会ってさえいなければ、俺は(頭痛)何も知らずに生きていけた。

知り合った人間達を殺されることも(19年前の記憶が砂嵐の様に通り過ぎる)無かった。

ーーそして、19年前のことも思い返して。

俺の人生は魔女に狂わさ(孤児院にいた子供達の顔)れ続ける。

結局恨みを原動力に生きてきたコレまでの(殺して)人生に(ワラう)意味は(魔女ノカオ)無かった。


否。

ーー断じて違う、諦めるな、何とかしろ、どう足掻いても生き残れ。

ただ死を享受するな、自分の今までを否定するな。


ーーーイングリッド、ケビン、ニコラス。

記録すら残らない、孤児院の子供達。

ーーーエリーゼ、オリビア、プレストン。

無惨に魔女に殺された、孤児院の子供達。

ーーーフランシスカ、アイザック。

輝かしい未来を奪われた、孤児院の子供達。

ーーーサム、クロエ、リン、フェイス。

目が覚めた頃には死んでいた、孤児院の子供達。

ーーーアン、イザベラ、スティーヴーー。

あの頃の思い出、子供達の顔が鮮明に浮かぶ。

何故か1人だけ生き残らされ、何故か1人だけ生き残った。

フツフツ、と。

黒い感情が溢れてくる。

あの晩、魔女の家に行った夜。

俺の朧げになりつつある記憶が確かであったことは確立された。

だからこそ、あの時、少女であるネルに対して手を出しかけたことも当然と言えば当然だったのかもしれない。

俺の目の前で見せた魔法ーー異能は間違いなく魔女のものだったのだろう。


今ならあの声が言っていた意味も分かる。

人と同じく考え行動し、人と同じ見た目の魔女に手をかけるなんて。

ましてや、年端も行かぬ少女を殺そうだなんて、今までの人生が根本から否定される行動を取りそうになっても我慢ができたのは理性があったからだ。

あの声はタガを外そうとしていた。

俺の内からの声。


『臆病者』

ーーあの声は、壁にぶつけられて死んだアンの声。

『例え(魔女)だと(し)ても?』

ネルに手をかけそうになった時に聞こえてきた声は、首を捩じ切られて死んだスティーヴの声。

19年前のあの晩に、生き残った俺に語りかけるように。

アイツらはいつも俺の心の中に居た。

ずっと聞こえていた『怨嗟』の声。

仇を取ってくれと叫ぶ声。


『殺せ、殺して、殺してくれ、お願いだ、頼むよーーーシス兄ちゃん。』

ーーそんな言葉を聞いたことは無い筈なのに。


『やっと、耳を傾けてくれたんだね、シス。』

皆の声が聞こえる。

『憐れな僕(私)達を、覚えていてくれて、有り難う。』

悲痛な顔で此方を見てくる様が脳裏に浮かぶ。

『私は突き刺し』

ああ。

『僕も突き刺し』

ああ。

『私は食べられちゃった。』

覚えてる。

『僕は首が無くなった。』

見てた。

『僕はーー私はーー俺はーー』

覚えてる、皆、皆ーーー。


『私は、腕と足と頭を捻られて、その後紐で吊るされちゃった体中捻られて』

頭の耳から上が捻れて潰れて、腕と脚も絞られた雑巾の様になっているリンが此方を見る。

『ねぇ、こんなになっちゃったんだよ、皆ーーー。

 何でシス君は死ななかったの?』

ーー分からない。

『どうして、魔女の名前もきちんと思い出せないの?』

ーーーそれは、昔の記憶だから、否定された記憶だからーー。

『ねぇ、何で今まで忘れてたの?』

違う、ブレストン忘れてた訳じゃーー

『じゃぁ何で?』

何で?何で?何で?何で?何で?何で?

違うんだ。

どうして?何が違うの?やっぱり忘れてたんだ?

止めてくれ。

やめる?何をやめるの?

ーーー許してくれ。

許す?僕達は許してるよ?私達は許してるよ?でもどうしてシス君は、シス兄ちゃんは、シスさんは忘れてたの?


『僕、知ってるよ、人間の所為なんだ、全部全部。』

人間のーー?

『シス兄ちゃんは、叔母と叔父と医者に嘘を付かれたんだ。

 ーーウゥン、違う、この街の人間全員に嘘をつかれたんだ。』

ーー確かにそうだ。

『そうなんだ。じゃぁ仕方ないか。』

ーーそうなんだ、自分の記憶も怪しかったんだ。


『じゃぁ、人間を殺そう。』


ーーーえ?

『僕達のことを忘れさせた、人間に復讐しよう。』

ーー何を言ってるんだ?どうしてそうなるんだ?

『悪いのは、全部、人間なんだよ。』

ーーーーーー。

「お前は、誰、だ?」

脳裏に浮かんでいる、1人の少年。

他の子供達は俺の記憶通りに、死んだままの姿で周りにいる。

その1人だけ、傷一つない姿で此方を見ている。

『…僕は君の味方だよ、シス・セーロス。』

にこりと、少年が笑う。

誰のものとでも思える、少年のような少女の様な声で。

記憶を浚うが、この少年に覚えはない。

『…残念、じゃぁね。』


その言葉と共にバタンッという音が聞こえて意識が弾けた。

目を開くと、鉄の匂いと真っ暗な闇。

ーー白昼夢?

いや、夢は自分の見たことのある物しか出てこないと聞く。

記憶の乱流の中で自分の見覚えのあるものが選び出されるらしい。

それならば、あれは一体。

いや、待て、今の状況はそもそもーー。


色々と思い出してきた、俺は今、魔女に追われていた。

メイド長だったリコは死に、俺をこの部屋に入れてくれたエンリケも死んだのだろう。

今は此方の援軍か魔女を待つための時間稼ぎをしているところだった。

魔女がこの部屋に来てもすぐにバレない様にと、空のドラム缶の中に隠れることにした。

隣のドラム缶が潰れた音を聞いたのまでは覚えている。

しかし、このままではいつくるか分からない援軍を待っている間に殺される。

既に2人死んだ。

ーー遺憾だが、此処から、この場所から逃げる方が得策なのかもしれない。


ーーー耳をそば立てるが、特に何かが聞こえてくるわけでもない。

足音も、ホッケーマスクをつけているなら聞こえて来るはずの息遣いも。

ーー何も聞こえてこない。

そっとドラム缶の上蓋を外し、部屋の中を覗く。

ーー人影は無い。

そっと、外に出る。

音のしていた右側を見ると、見事に俺の隣のドラム缶が潰されていた。

プレス機で潰したかのように、それはもう綺麗に縦からーー?


ふと目の左端、壁の隅に何かが映る。

白と、ピンクと、あーーッ!?

脳が見るのを拒否する、撒き散らしそうになるのをグッと飲み込む。

一瞬、見えたのは赤くなった白い球体とピンクのプルプルとした損壊した何か。

なんて、悪趣味なーーーー!

服の切れ端と合わせて、それがエンリケだった事を想像するのはたやすーーー?


キィ。

カラカラカラカラカラカラ。

ガコンッ、…ッカタカタ、ガコンッ、…チッカタカタ、ガコンッ。

ヌチッ。カタカタ。

白く靄がかった足場に、響いた音。

見たくない。


ーーー見なければ良かった。

「おっぁ、ぉぉオオオオオオオオァアッ!?」

其処には、子供の無邪気さと、大人の邪悪さを、合わせた狂気の塊、が、車輪を回して、俺に身を、寄せて、きてーーーいた。


シスターフランシスーーだったもの。

首が、子供用の手押し車の動物部分に刺さり、上下しながら此方にやってくる。

持ち手の部分に巻かれた腸が揺れる。

焦点の合わない目、動く度に開いた口から出ている舌が頼りなく揺れる。

上に跳ねる、下に落ちる、上に跳ねる、下に落ちる。

その度に、寧ろ、頭が下に、動物を模した木材に埋まる。

俺の足にあたり、俺の靴にシスターフランシスが口をつけた。

「ーーーゥぃッ!?」

腰が抜けそうになる、が何とか押し止まっーーー。


「みぃつけた。」


声のした方を見た瞬間に背筋が凍った。

隙間から、歪んだ双眸が此方を捉えている。

目がスッと引っ込み、鉄の扉が悲鳴を上げる。

メギメギメギと十数秒の時間をかけて、蝶番も何もかもを無視されて扉が縦に潰される。

そして、唐突に重力を思い出したかのように落下した。


俺は吐き気を抑えながら、入ってきた女を睨みつける。

「テメェはーーー」

黒い修道服、青い目、金の髪。

それはクラウディアと呼ばれていた修道女だった。

「テメェ?」

ーーー嫌な音が聞こえた。

ぐちゃりと、なんとも言えない音が。

そして、ベキベキベキと砕ける音。

次いで俺の足先が痺れた気がーーー。


ーーーー気付けば喉の奥から声が出ていた。

痛い、痛い、痛い、痛いなんてもんじゃない。

足先から音に遅れてきたのは激痛としかいえない痛みだった。

口から垂れる涎を止める術すらないほどに痛い。

「言葉遣いには気をつけて下さいね。」

畜生、俺の左足の指が靴と混ざっているーーー!

骨が俺が履いてきた白い靴下と黒の革靴を突き破り、赤く染まっているのが見える。


一瞥しただけでこいつは俺の足を潰した、こいつがーー。

「ーークラ…ウディア…。」

「…その声と、その髪型と身長ーー嗚呼、探してたんですよロスさん。

 しかし、察しが悪そうな顔だったのに覚えていてくれたんですね。

 後その顔、無様ですね、でもお似合いですよ。」

こいつがーーークラリスか?

足の指先を意味がないのは分かりながらも蹲り抑え、歯を食いしばる。

「…もう鳴くのをやめたんですか?まぁ、好都合ですが。」

痛みで頭の中を掻き回されながらも、なんとか相手の話す言葉を聞き取る。

好都合?何が好都合だ、この状況は奴にとって何に都合がいい。

「この趣向はお気に召しましたか?」

「ひどくッ…悪趣味なァ…趣向だな…おい!」

フッと鼻で笑われる。

「貴方達人間ほどじゃ無いですけど、ね。」

その言葉と共に手押し車とシスターフランシスだった物が圧壊していく。

パキンッという薄い骨が割れる音と共に、立方体の中に血液と肉が溢れ出す。

バキバキバキと木材が粉砕され、肉と一塊になりそのまま地面にぶちまけられてーーー俺は耐えきれずに胃袋の中身を吐き出した。


「ーー吐き終わりましたか?ロスさん。今度はコッチの質問の答えも吐き出してもらいたいんですけど良いですよね?」

喉を焼く胃酸、ゲロまみれになったガスマスクを俺は外す。

ーーふと疑問に思う、こんな事をしても意味はない。

そもそも足先だけ潰してすぐに俺を殺さなかった理由はなんだ?

「何人で来たんですか?そもそも貴方何者なんです?」

頭に、痛み。

地面に目を向けていた俺の髪をいつの間にか近付いてきたクラリスが引っ張っていた。

自然と尻が上がる。


ーーー成る程、尋問の為か。

「答えて下さい、それとも今すぐ死にたいんですか?」

息がかかるほどの近くでそう凄まれる。

「ハッ…それを聞いてどうするってんだ?どうせ俺を殺すんだろ。」

痛みを堪えてその目を見据える。

青い瞳の奥にどこか怨の一文字が燃えている様なその目。

「ーーええ、そうですよ。

 でも一思いに殺すか、ジワジワと嬲り殺しにするかくらいは決めさせてあげられますね。」

そう言いながら髪の毛を手放され俺は再度尻を地面に打ちつけた。

「お優しいこって…。」

唾を吐きかけたい気分だが、我慢する。

俺も情報と時間が欲しい

「まずあなたは何者ですか?軍人ではないですよね。

 今までの人たちと違って抵抗すらしないし、みっともない声をあげている時点で別物でしょう?

 後、ロスって名前も偽名ですよね?」

ーーバレている。

名前に関してはカマ掛けかもしれないが。

「…人にものを尋ねるときは先に自分の紹介からだろ?」

「お決まりの台詞ですね…時間を稼ぐのは勝手ですけど、貴方のお友達はここに来れるんですか?」

おい、待ーーー。


ーーー意識が、目の前が真っ白になる。

気付くと喉は勝手に悲鳴を絞り出していた。

激痛が奔る、この女、傷口を遠慮なく蹴り飛ばしやがった!

「ッグ、魔女なんだからッ…それくらい…わ、分かるんじゃねぇのか!?」

当然、魔女から聞いた話は覚えているが、適当な事を言って時間を稼ぐしかない。

そもそも助けに来るのかもわからない訳だが。

「…物語の適当に書かれた魔女と私は違います。

 現代の貴方達人間が、どう言う風に魔女のことを伝えているのかは知らないですけど。」

そう言いながら俺の傷口を爪先で蹴り躙る、痛みで目の前がチカチカする。

「あ゛っ゛…ップ…ど、どういう…い゛み…ギッ…だ?」

「…仕方ないですね、同じ目をした人間の誼(よしみ)です。

 少しだけ話してあげますね。」

魔女が蹴る足を止め腰を落とし、目線を合わせ語り出した。


「私達はそれぞれ異能を持っています、例えば私なら、どんなものでも潰すことが出来るという感じです。

 まぁ、貴方は現在進行形で身をもって体感しているわけですけど。」

こいつも異能という単語を使う。

ーー魔法と言われるのを毛嫌い、というわけではないが何か魔女は嫌な思い出でもあるのか?

「でもそれだけ…童話の中の魔女の様に黒猫や蜘蛛や鴉を使役して、意味のわからない素材で訳のわからない液体を作り出したり、箒に乗って空を飛んだり、人をガマガエルに変えたりする魔法が使える訳じゃありません。」

言いながら再び立ち上がり足を上げ俺の左足の傷口に狙いをーーー。


ーーー痛みが来ない。

情けないことに俺は目を瞑って衝撃に備えていたが、響いたのは床を踏み鳴らす音だった。

恐る恐る目を開けると、俺の足の数センチ横にローファーが見える。

「だ、か、ら、貴方の口から情報を引き出さないといけないんです。貴方は何者?」

「…シス、セーロス」

「職業は?」

「警察…だ。」

それを聞いた瞬間クラリスは笑い出した。

一頻り笑った後に、此方を見下しながら

「あー、おかしいですねぇ、

 貴方みたいな間抜けにでも警察って勤まるんですね。」

と続けた。

「で、一緒に来た人間の数は何人ですか?」

一緒に来た奴は正直いない。

デニスには助けられ、チェルシーに導かれ、エンリケは殺された。

シスターフランシスもマリエルとアリエラも全員その場で会った存在だ。

「ーーーもう…居ない、お前が…殺した奴以外は。」

答えた瞬間、顔に衝撃。

「嘘はよくないですね、少なくとも後1人はいるでしょう?

 嘘をつくにしてももう少しマシな嘘をついた方がいいですよ?」

嗚呼、頬を叩かれたのか、痛いのは痛いが足先ほどではない。

「嘘じゃない、後は俺一人だ、だからーーー見逃してくれないか?」

此方を哀れに見る瞳、小馬鹿にした青い瞳が此方を見てくる。

反吐が出る言葉だ、だが時間を稼ぐためには仕方ない。

「…正気?」

「俺は別に...真面目な人間じゃぁない、ここでっ見たことは無かったことにするし、お前のことはっ...誰にも話さない、それになんだったらここから引っ越して二度と関わらない様に、しても構わない...だから命だけは助けてくれ...!」


ーーこんな台詞がスラスラ出る自分自身が嫌になる。

嘘だろうが何だろうが、エンリケにもリコに申し訳ない気分になる。

だが、この状況を逆転させるには、アイツの到着を待つしかない。

「ーーー無様ですね、言ったじゃ無いですか、殺すのは決めてるって。

 それに嘘もついてますよね。

 ーーでも、貴方面白い。」

俺の目をクラリスが見透かすように覗き込む。

「さっきチラッと言っちゃいましたけど、目を見れば分かるんですよ。

 無駄だと分かっていても諦めない執念に燃える瞳。

 復讐を誓っている暗い情念が籠った瞳。

 貴方、私を魔女だと知ってここにお友達と一緒に誘い込んだんですよね?

 そして、並々ならない恨みも持っていると見ました。」

目を離し立ち上がるとクラリスは俺を見下した。

「貴方、魔女に何かされてますよね、親しい人を殺されたりとかしてません?」

ーーそんなに俺は分かりやすいのだろうか。

「…仮に貴方がたった六…三人で来たのだとしても貴方に、貴方達に入れ知恵をした奴がいますよね。」

こいつが聞き出したいのは自身の不利になる存在ーーアイツの、シガレットのことか。


「ーーーだったら、なんだ。」

「そうですね…殺すことには変わりないですけど、私の質問に答えてくれたら死ぬ前に貴方の質問に何でも一つだけ答えて上げます。

 知っていれば貴方の恨んでいる相手の名前とかどうです?」

それを知れるのなら願ったり叶ったりではある。

魔女からは万が一の場合は自分の情報を伝えていいと聞いている。

だが、知った所で生きて帰ることができないのならーーー。

「まぁ、私の質問の内容は、当然その入れ知恵をしたやつの名前な訳なわけなんですけどね?」

一瞬言い澱む。

伝えていいとは言われた、だが、本当に伝えてしまってもいいのだろうかと逡巡する。

「外部森林の煙草屋の店主だ、確か名前はーーー」

仮に俺が死んだとしても、あの魔女ならなんとかするだろう。

俺が出した結論は俺が知っている情報を一部だけ伝える、だった。

「へぇ、シガレット、でしたか?ゴミ袋盗んだのバレてたんですかね。

 他称で魔女って呼ばれてたし、頭のいかれた魔女のコスプレもしてたし、あんな所に住んでるから何も考えずに問答無用で警察が捕まえると思ったんですけど。

 ーーでも変ですね、私はあの女を見たことないんですが。」

耳が痛い、実際上司の言うことを無視してそう言うふうに行動はしていたからだ。

にしても、見たことがないってのはどう言うことだ?

変装はしていたからあの場では分からなかったかもしれないが、コイツは元の魔女の姿も知っている筈ーー。


「で、私が捜査の撹乱のために置いたタバコで貴方が釣れたって訳ですね?ラッキーでした。」

「…ラッキー?」

考えをまとめる前に新しい情報が入ってくる。

結果、捜査撹乱の為にタバコを置いていたのならーー隠れて犯行していた買ったのなら、見つかるのは不幸なことではないのか?

何故ラッキーなどと言えるのか、俺には理解できない。

「はい、実はーーもう気付いているかもしれませんが、私は貴方と同じで恨みを晴らすために動いているんですよ!」

とても良い、太陽の様な明るい笑顔でクラリスが笑う。

「…個人的な恨みってことか…俺もお前の恨んでいる相手に何か関わりがあるってのか?」


一瞬キョトンとした顔をして魔女が笑った。

無邪気に、目尻を下げて、それはそれはおかしそうに。


「相手?相手ですって?私が恨みを晴らす相手はこの世界の人間ですよ。

 特定の個人じゃない、全ての人間が私の恨みの対象です。だって、貴方達が裏切らなければエクシオは死ななくて済んだはずなんだもの!」


ーー嗚呼、今わかった。

一瞬で、この魔女の素も含めて。

この魔女は壊れているんだ、よくは解らないがエクシオと呼ばれた誰かが何かしらの理由で死んだから。

恨みを晴らす対象が人間全部になっているのは、煙草の魔女の言っていた種族というか、そういうものの違いでその全てに敵対心を抱いているせいなのかもしれない。

言ってみれば、不誠実な行動をとったチェーン店のバーガー屋の一人の店員を見て、他の店舗にも二度と行きたくないと思うような心理。

それの極論、バーガー屋の店員を見た結果、外食は悪、レストランを一掃しよう、なんだったら卸売業者も滅ぼそうと考えている様なものだ。

それがーーこの魔女の本質なのだろう。


「…まぁ、死に行く貴方に話しても仕方ないから、私の話はもういいですよね。さ、じゃぁ死ぬ前に一つだけ質問に答えてあげますから、どうぞ。」

ーーー何を聞くべきなのだろうか。

一瞬思い悩んだが先に頭に思い浮かんだのは煙草のことだった。

最後だというのなら死ぬ前にどうしても吸いたくなる。

…伝えるだけならタダだ、どうせ殺されるなら言うだけ言ってみてもいいだろう。

「待ってくれ、その前に一つやりたいことがある。」

「ただでさえ譲歩してるんですけどね?まぁ、聞くだけ聞きましょう。」

「最後に一服だけ着きたい、タバコ屋の話をしてたら吸いたくなったんだ。」

「それくらいなら構わないですよ」

懐に手を潜らせるとシガレットケースを取り出す。

そして最後の一本を取り出し、口に咥えポケットを探りライターを取り出し蓋を開けた。

「…どうしたんですか?」

怪訝そうな顔で此方をクラリスが見る。

「ライターが…つかない。」

こいつから逃げている最中に跳ねた水のせいで発火用の綿に水が染み込んだのか?

魔女から貰ったライターの蓋を一度閉じ二回目を開け、2回回してみる。

3回目にして一瞬火花が散ったが火がつかない。

クラリスの笑い声が聞こえる。

どこぞの魔女と同じ人を馬鹿にする笑い方ーー鼻腔を突く匂いーーー……。

「残念でしたねぇ、私は嫌煙家ですからライターなんて持ってないですよ。」

「ーーーわかった…じゃぁ質問だ。」

「ええ、どうぞ」

靄が広がって来た部屋の中でクラリスは余裕ぶった顔をしている。

ーーーこの後の質問で歪むことになるとも知らずに。


「19年前、この街のローク孤児院ってところでたった一人の子供を除いて皆殺しにされた事件があった、中は散々な状況だった、壁に飛び散った大量の血痕、鉄の塊に串刺しになった死体、極め付けは手を繋いで笑顔で死んでいる職員と子供達、壁に血と臓物で書かれた警告文とシナゴーグの文字

 間違いなく魔女の仕業だ、やったのはーー誰だ。」

一瞬、魔女の顔が陰る、そして俯いて小声で何かを呟いたのを俺は煙を吐きながらも聞き逃さなかった。


「…メアリー?」

しまったという顔をしていたが、もう遅い。

「…答えると言ったからにはキチンと答えますよ。私は貴方達人間と違いますから。

 誓って言っておきますが、私がここに初めて来たのは6年前、だから貴方の言ってる事件は知りません。」

「でも、あの女は言っていました、『19年前に初めた全ての復讐の始まりの場所』がここだと。

 だから恐らくで悪いですけど、それをやったのはメアリー、メアリー・サングェですね。」


ノイズが脳内に奔る。

『ーーーここーーーきたんだったらーーかしらない、メアリー?』

女の声と、金髪の少女。

白い肌を真っ赤な血に染めてーー嗤う少女の顔。

ーーー思い出した、メアリーと呼ばれていたーー魔女を。


やはり、俺の記憶は間違いではなかった。

何かしらの理由で、俺以外の人間の記憶からあの夜の事件が消されている。

タバコの灰を地面に落とし、もう一度咥え直す。


「…ちょっと待ってください、それいつの間に…?」

そう言われ指を刺されたのは俺の口元だった。

ーーーああ、きっと今の俺はそれはそれは意地悪そうな顔で笑っているのだろう。

煙草を口元から離し、立てていた膝の上に手を乗せる。

魔女の目がその軌跡を追うのを俺は見ていた。


「…あ?今頃気づいたのかよ、クラウディアーーーいや、ク(・)ラ(・)リ(・)ス(・)・ク(・)ラ(・)ン(・)。」


手元の火のついた煙草そして、突然出された自分の本名。

一瞬で頭の中で様々な情報が交錯しショートしているのだろう。

目が虚ろうーーー今だ!

立ち上がりと同時に顔に向かってタバコを投げつけ、思い切りクラリスを突き飛ばし、俺は走り出す。

足に激痛が走るが気にしている場合ではない。

エンマクとやらを叩きつけてーーー不発!?

威力が足りなかったのか、不良品かーー。

だが、振り向く必要はない、銃を抜き、背後を見ずに発砲、そのまま奴の背後の扉にーーー。


「ーーーッ!!」

背中に熱のこもった視線を受けると同時に、俺の頭の上と前方に修道院で感じたのと同じ感覚が襲った。

巨大な見えない板で押さえつけられるような感覚。


だが、今度感じたのは逃れられない死のイメージではなくーーー。

内臓と脳味噌がシェイクされる様な感覚と共に俺は部屋の外、工場内の出荷用のトラックが入ってくる倉庫のシャッター前にいた。


目の前に、擦り切れた黒い外套、白銀の髪と白の肌、黒の帽子と帽子の先に灯る青白い炎、そしてーー紅の双眸(そうぼう)。

シャッターの上に併設された大量の小窓から差し込む青白い月光と靄が籠る工場の中、その光を背に魔女がそのギザ歯を見せて俺に笑いかけた。


「…待たせたのう、シス君。」


憎たらしく見えていた笑顔も、今の状況だと何処か頼もしい。

「ああーー待ちくたびれたよ。」

だが、それでも、やはり俺の口から出たのは憎まれ口だった。


後書きではお久しぶりです。

冬草です。


ちょっと今回はシス君目線、3部分前にはエンリケ視線だった為に少し説明不足な気がしたので補足しておきます。


Q. エクシオって何者?

A. エクシオは本名をエクシオ・クランと言います。

  クラリスと一緒に住んでいた女の子です。

  特大級の災害がオルガナで起きた際に災害に巻き込まれています。


Q. どうして、クラリスの中でロスはエクシオの話を知らないことになってるの?

A. 年齢が41歳未満に見えている為聞く意味がないと思っています。

  実際、シス君はエクシオの話を聞いていないので話すだけ時間の無駄でしたが、エクシオの名前を出したらポロッと日記帳の話をしていたかもしれません。




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