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そして暫くして氷室中佐が出した答えはこうである。
「人類の現状について、話す」
「ほう。どうしてそう判断したんだ?」
「途中で暴れられても困るからな。それよりは、今の段階で処分した方が楽だ。まあ兎に角、俺は話すと決めたから、そうするぞ」
氷室中佐は、現在の人類の状況、壊滅的な戦況、破滅への時間稼ぎをするだけの戦略について、マウスに事細かに説明した。
「で、どうだ? これを聞いてもなお、俺達に従うか?」
「う、うん。従うよ。逆に、何でわざわざ逆らうの?」
「そりゃあ、まあ、勝ち馬に乗るんだったらアイギスだからだろ」
「か、勝ち馬? ……ああ、そう言うことね。だったら私は、人間に勝機はあると思うけど」
「と、言うと?」
恐らく全人類の皇帝ですら見つけられてはいない勝機。
それを、このぼさっとした少女が見つけたと言うのか。或いは、実は人と話すのが苦手なだけで、その頭脳は明晰なのか。
「その弾が十分あれば、アイギスを殲滅出来るんでしょ?」
「そうだ。だがそんな数は到底用意出来ねえ」
「今はそうでも、将来的に量産が可能になる公算はある、と思う。それさえ出来れば、人類は勝って、私は勝ち馬に乗れるよね?」
「量産が出来れば、か」
したたかだ。実にしたたかな計算の下にこいつは動いていたのだ。
これまで会ってきたミュトスの連中の中で、何なら一番賢いかもしれない。
相手の見た目が少女なだけに、油断は禁物である。
「まあいい。いずれにせよ、爆弾を仕掛けておく案は決定事項だ。精々死なないようにするんだな」
「う、うん。分かった」
「よし。工兵隊はとっとと動け。それと、これでアインザッツグルッペンの目的は達成された。よって、これより東京まで帰投する」
そう告げると同時に、ささやかな歓声が上がった。
彼らの本来の任務はマウスの捕獲もしくは破壊であった。それが為された今、彼らがここに残る理由はない。
「それと、一応確認しとくが、お前は俺達についてくるんだよな?」
「まあな。ここまで来たからにはそうするよ」
ティーガーⅡが帝國に入ったら金を払わせる契約をしたし、味方なしでアイギスの支配下で生き残るのは難しい。
「分かった。じゃあさっさと支度しろ。出発だ」
さて、現在の戦況を整理しよう。
現在、帝國軍(実質は日本軍)の前線は、廣島の大要塞と兵庫岡山の境目くらいにある。よって、下関経由で本州に渡るのは不可能だ。
しかし今のところ四國は無事だ。よって、アインザッツグルッペンは九州西岸を目指し、四國へと船で渡る予定である。
「しかし、車で移動出来ると言うのは快適なもんだな」
俺はティーガーⅡに乗って移動している。他の連中も、それぞれ装甲車に乗っている。まあ大分狭そうだったが、俺の知ったことではない。
「ああ。人の足に合わせるよりこっちの方が楽だ」
「そう言うもんなのか?」
「戦車は機動戦の為の兵器だ。歩兵と同じ速度では意味がない」
「精神的な話か」
機械の精神の心配をするなどおかしな話だが。
「しかし、お前がしたいような電撃戦を、今の人類が出来るとは思えないな」
電撃戦に必要なのは、無論戦車と、十分な航空支援に占領地を拡大する歩兵だ。
だが後ろの2つは今の帝國にはない。戦車もミュトスしか使えるものはない。
「まったくだ。人類にはもっと本気で戦争をやってもらいたい」
「今でも十分本気だと思うが」
「そうか? 私は今のところ、兵士として壮健な若者しか見たことがないが」
「それが、悪いのか?」
それは至って普通のことだ。徴兵され戦地に送られるのは、武器を手に戦える若者である。
「老若男女を問わず、今にも死にそうな老人も、女子供もことごとく戦場に送り込んでこそ、本気の戦争と言うものだ」
「まだまだ帝國には余力があると言いたいのか」
例えば銃を使えない老人や子供の体に爆弾をくくりつけてアイギスのに突撃させる。そうすれば、生産活動の役にも立たない人間を有効活用出来る。
合理的に考えればそれは正しい。帝國はまだ戦力を温存している。
だがそれが狂気の沙汰だと言うのは誰でも分かること。感情的に受け入れ難い考えだ。
「しかしな、それをやれるほど、人間は合理的になれないんだ」
「そうなのか? 人間は理性を重んじると思っていたが」
「そんなことはない。人間は大概、感情に任せて動くものだ」
「そんなことだから我々に勝てないのだ」
「まあ、そうかもな」
果たして、そこまでしても勝つべきだろうか。
だが、負ければ、人類はアイギスの奴隷とならざるを得ない。その最悪の未来を回避する為なら、人類皆兵くらいやってのけるのだろうか。
それとも、人間性を失うくらいなら奴隷となることを選ぶのだろうか。
「感情的な生き物だな、人類は」
そう言えば思い出した。
最も死傷者が少なく確実に勝つ方法は、兵士全員を人間爆弾にすることだ。死傷者を極力減らすことを人道的と称するならば、特攻こそ最も人道的な作戦である。
だがそれをしないのは、勇敢に戦って死ぬことを人々が心の底で望んでいるからだ。華々しく散りたいと、人類は皆、無意識の下に思っている。
つまりは、感情に任せて合理性を捨てているのだ。