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北風みたいな旅人の僕と太陽みたいな『なす』。

 《一日目》


 お互いにSNSの友達登録を済ませると、浜永さんは「じゃあ、あとでね」とあっさり帰っていった。

 どうして僕なんかの……? 交換する前に理由を訊ねてはみたものの笑顔ではぐらかされ、交換した後はさっさと帰り、結局分からないまま。

 つまり浜永さんは僕のIDを知りたいがために家を訪れ、薔子さんの名前をかたったことになる。これまで散々酷い目に遭いすぎて、僕に気があるわけではないという自覚はある。裏があるとしか思えないんだよなぁ……。

 だけど、浜永さんが家に来たおかげで、ミドリんちから帰る口実を作れたんだ。そこは浜永さんに感謝しておこう。

 浜永さんが帰ってすぐ二匹の下世話なハエがすりよってきたけれど、部屋の扉に鍵をかけてシャットアウトした。僕自身の整理がついていないのに、余計な雑音を入れてほしくない。

 ゆっくり考えようとベッドに寝転がっているうちに、疲れが溜まっていたのだろうか、僕は深い眠りに落ちていた……。



 空腹のために目が覚めて、スマホを見ると半日が経っていた。窓の外は墨で塗りつぶしたんじゃないかってくらい真っ暗になっている。

 ――誰か起こせよっ! 貴重な夏休みの一日を無駄にしたじゃないか! ――そうだ、僕が鍵を閉めたんだった……。たとえ起こしにきていたとしても、気づかない可能性の方が高そうだ。

 昼食を抜いているんだ、腹が減るのも当然だな。こんな時間に何か作るっていうのも面倒だし、カップラーメンでも食べよう。流石に買いだめしているはずだろ。

 食料を調達しにリビングへ行こうとしたそのとき、タイミング悪くスマホが鳴った。SNSの無料通話の方で、相手の名前は『なす』。誰だ……? こんな名前のやつと友達になった記憶はないのだが。見覚えのない相手からだし空腹だし、無視することにした。変な宗教の勧誘とかだったら嫌だからな。

 スマホをポケットに入れてリビングへ向かう。しばらくして切れたかと思ったら、また鳴りだした。しつこいやつだな。何度かけてこようと出るつもりはないぞ。お湯を沸かしている間も切れたり鳴ったりを繰り返していたけれど、いつの間にか鳴りやんでいた。

 あとは三分待つだけだと一息ついた瞬間、今度は通知が大量にきた。スマホが壊れたのかと思うくらい絶えず通知音が鳴り響いている。画面には『なす』からスタンプが送られてきたというもの。一秒経つごとに通知がみるみる増えていく。

 通知を切ってもよかったのだけれど、まだ二分はあるしバッテリーがもったいない。ブロックすればいい話なのだが暇つぶしにもなるかなと。『なす』の履歴を開き、こちらから無料通話をかける。

 僕に何の恨みがあるというのだ。ただのいたずらだったら泣かすほどの罵詈雑言を浴びせて、言い返してくる前にブロックしてやる。


「もしも――」


「おっそぉおおい!!」


 うるさいっ……! そんなに大きな声をださなくても聞こえるよ! って朝にも同じこと言ったぞ、僕。


「ねぇねぇねぇねぇねぇっ! なるぞのくんっ! 純佳すみかと別れてからどれくらいたったのかな?」


 『なす』は浜永さんのことだったのか。そういえば鷹嶺に『はまなす』って呼ばれていた気がする。それにしても何の用だろう?


「もしもーし。なるぞのくん、聞いてる? 電波が悪いのかな? おーい」


「聞こえてるけど……どうしたの? 家に忘れ物でもした?」


「忘れてるのはなるぞのくんだよっ!」


 もしかして浜永さん、怒ってる……? 僕、怒られるようなことしたっけ。忘れ物……? 浜永さんが帰った後はずっと家で寝ていたし、忘れ物しようがないと思うのだけれど。


「IDの交換してから半日はたったよね?」


「そうだけど。僕、何か忘れ物したかな?」


「〇《れい》点」


「え!?」


「マイナスをつけちゃいたいくらいだよ」


 何の話をしているんだ? 忘れ物が〇点って? ちゃんと説明してくれないと分からないよ。


「なるぞのくんの将来のためにも、これはお勉強しないとだね。ということで今日から一週間、一日に一回はメッセージを純佳におくること!」


 以上っ! と通話が切られた。

 僕の夏休みの予定、勝手に決められたぞ? わけが分からない。浜永さんにどんな権利があってそんな面倒なことを。絶対嫌だ。

 拒否する意志を伝えようとしたら、まるで僕の心を読んでいるのではという絶妙なタイミングで、脅迫としか思えないメッセージが送られてきた。


『これは強制だからね♡

 純佳には みーちゃん がいること忘れないでね☺☺』


 ハートと笑顔の絵文字がむしろ怖さを引きたてている。ピコンッと通知音が鳴って、キャラクターの『おやすみ』スタンプが表示された。

 僕で遊んで、いやイジメて楽しいのか? どれだけ暇を持てあましているんだって話だ。家に来たりニコニコマークを送ったりする時間があるのなら、夏休みの課題を一ページでも進めればいいだろうが。

 いいさ、どうせそういうやつは夏休みぎりぎりになって焦ったり、開きなおった未提出で先生に怒られるんだ。僕には分かる。同じ経験をしているからな。

 適当なスタンプでごまかしておけば一週間くらいすぐだろう。『了解!』のスタンプを送って今日のノルマは達成、と。

 アプリを閉じようとしたら、また新しいメッセージがきた。


『今日はゆるすけど

 純佳と会話ができてないとダメだよ?

 スタンプだけもダメダヨー(乂°∀°)』


 ――浜永さんってエスパーなのか?

 そして、このやりとりのせいでカップラーメンがのびて、食べながら浜永さんへの愚痴が止まらなかったのは言うまでもない。



 《二日目》


「おはよう。台風が近づいているみたいだね」


おはよう!(スタンプ)


『せっかくの夏休みなのにねー』


シクシク(スタンプ)


うん(スタンプ)



 《三日目》


「おはよう。台風この辺りには影響少ないみたいだね」


『おはよー笑』


ほっ……(スタンプ)


「昼食たべてくる」


『いってらっしゃ〜い!』


ばいば〜い(スタンプ)



 《四日目》


 これをあと四日続けるだけなら余裕だなと、ベッドで寝転がりながらTL警備をしているとスマホが震えた。『なす』からの無料通話だ。


「もしもし……」


「なるぞのくん、会話ってしってる?」


 浜永さんの声なのに、いつぞやの鷹嶺を思いだすマジギレトーンに背筋が寒くなる。


「会話は言葉のキャッチボールだってわかるよね?」


 薄々分かってはいたんだ。許してもらえるわけがないってさ。何も言われないからそのまま続けてみたけれど、やっぱり無理があったか……。


「純佳ががんばって話をひっぱろうとしても、なるぞのくんがおわりにしちゃうんだよね。なるぞのくんは純佳の投げるボールをゴミ箱に捨てちゃうんだもん。会話が続くわけないよー」


「ごめん……」


 確かに、僕は意識して会話を終わらせようとしていた。わざと素っ気なくして浜永さんが飽きてくれたらなんて考えてもいた。理由も分からないまま面倒なことをさせられて虫の居所が悪かったとはいえ、幼稚な態度で返してしまった僕にも非があると思う。


「でも、純佳も反省しないとだね。とつぜん説明もしないで変なことはじめちゃったもんね」


 分かってくれたのなら今日で終わりにしてくれてもいいよ。反省の言葉なんかよりその方が何倍もありがたいから。っていってもやめてくれるわけないよな。


「そこで純佳は考えました! のこりの四日間をちゃんとのりきれたら、ご褒美をあげるよっ」


 ご褒美? 浜永さんから?


「今回のことと、あと、今までのみーちゃんからの派手なスキンシップのおわびもいっしょにして、とっても豪華なご褒美を用意しまーす!」


 ちょっと待って!? 警察にお世話になるレベルの暴力の数々を『派手なスキンシップ』で済ますの!? 僕、何度も血を流したぞ。気絶したこともあるし。

 あれでスキンシップなら本気のケンカはどうなるのだろう……。あのアフリカゾウの親の顔も見てみたいな。まさか裏社会の人間だったりして……。冗談なのに笑えない。

 僕を脅す道具にしているということは鷹嶺の暴力性を知っているわけで、知っていてなおあれを異常だと思わないどころか『派手なスキンシップ』呼ばわりする浜永さんも絶対におかしい。まさか、類は友を呼ぶってやつなのか……? 鷹嶺一人だけでも命を落とす危険のある相手なのに、浜永さんもそうだとすれば僕に未来はないぞ。


「あれぇ? ご褒美、嬉しくないの? なるぞのくんが一番喜びそうなものを選んだんだけどなー」


 命の心配をする僕の気持ちなど知るよしもなく、浜永さんは勝手に盛り上がっていた。

 正直な話、全く嬉しくない。言葉の響きとは裏腹に悪い予感しかしていない。が、この予感は完全に見当違いなものとなった。


「のこりの四日間をがんばれたら、純佳からなるぞのくんへ『自由』をプレゼント! 夏休み中、純佳やみーちゃんはなるぞのくんに近づかないことを約束します。『みーちゃんが勝手に会いにいっちゃった』っていうのもないようにするからね。純佳からメッセージするってこともなし。どう? これなら嬉しい?」


 まじかよ……! 言葉通りのご褒美じゃないか。『夏休み中』の制限が気にはなるけれど、学校が始まれば顔を合わさざるを得ないから仕方ない。そこを除けば文句のつけようのない内容だ。

 つまり四日間我慢するだけで、少なくとも一ヶ月は僕の自由が約束される。誰にも邪魔をされることのない、平和で代わり映えしない夏休みを手に入れられる。念願の引きこもり生活を送ることができるというわけだ。


「分かった。それがご褒美なら、僕もまじめにお勉強ってやつに付き合うよ」


「うん、約束だからねっ」


 ばいば〜いと元気な声で通話が終了した。

 アプリを閉じようとしてふと思いとどまり、数文字の言葉を送った。



「昨日までごめん」


『いいよ、許してあげる』


合格(スタンプ)

こんにちは、白木 一です。

一ヶ月の間に二話も投稿するなんて……自分でも驚いています。

北風と太陽のようなタイトルをつけましたが、普通? だった主人公くんの心を溶かしたら、ダメ人間になってしまうのではないかと作者のくせに悩んでおります。


次話はかなり先になるかと思いますが(活動報告を読んでください……)、これからも脳内お花畑、恋愛脳の痛い気100%な(ここのところ恋愛要素薄いですが)作者と物語をよろしくお願いします。

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