7 コネる
コネコネコネコネ、グリグリグリグリ。
コネコネコネコネ、グリグリグリグリ。
ふー、疲れた。
何をやっているかって?
そんなの決まっているでしょう。
俺はパン屋だよ?
作る物と言えば、パン!
競技会が終わって十日ばかり。
俺はパン屋の厨房に立っている。
記憶喪失と言うことになっているので、今のところは店に出るのは、せいぜい焼き上がったパンを並べるときくらいだ。
接客は母さんがやっている。
そして厨房にはもう一人男が居る。
「お前、本当に記憶をなくしているのか?」
俺の隣で、俺にそっくりな体型をした見知らぬ髭面が、感心しながら俺の手つきを見ている。
この男の名前はジノ。
俺の兄貴らしいから、見知らぬは失礼か。
「何となく体が覚えているんだよ、兄貴」
「そうかぁ―――確かに記憶はなくしているようだもんな。前は、俺のこと兄ちゃん兄ちゃんって呼んでかわいかったのになー。それが兄貴だなんてっ! あの頃のケントは何処へ行ってしまったんだーっ!」
けっ、知らねーよ。
ちびっこ女神にでも聞いてくれ。
この鬱陶しく多分ブラコンであろう兄貴は、本当に人が良い。
良すぎて石臼にも好かれて飛びつかれてしまい、きっと支えきれず足に落っことしたのだろう。
もちろん冗談だ。
今も右足の甲にグルグル包帯を巻いて、椅子に座って俺を心配そうに見ている。
やりづらい。
だが、まあ、仕方ない。
「ケント、本当に悪かったな」
「もういいよ、兄貴」
「いや、俺が競技会に出られてさえいれば、お前が―――」
「だからもう言うなって。ケガなんだし仕方ないだろう」
競技会は、俺の経験したとおり見世物的要素が高かったが、本来の目的はこの町の衛兵募集の選抜試験みたいなものらしい。
正しくは、競技会に出て好成績を収めたうえで衛兵隊に入ると選抜隊員として優遇され、その後の活躍次第では騎士への道が開けるのだ。
そんなものをなぜパン屋の兄貴が受けていたのかといったところまでは、何かに気を遣っているようで兄貴も母さんも詳しくは教えてくれない。
そこまで神経質にならなくてもと思うのだが、きっと俺がケント本人じゃないから、知らない事情が色々とあるのだろう。
「お前が馬上槍試合で、最初にワレスの一撃を喰らって落馬した時は、本当に息が止まりそうだったんだぞ!」
「ああ、心配かけてごめん」
競技会が終わるまで全然知らなかったが、俺ではないケントは、最初に一発貰って落馬をしていたらしいのだ。
受けた攻撃自体は掠っただけなのだが、馬が驚いて振り落としたらしい。
それからすぐに馬へ跨り直して、その後のニ回目の突撃の直前で俺に入れ替わったようだ。
「やっぱりお前にはパン屋が向いているよ」
「そうかな?」
「ああ。お前が作るようになってから、それも特に最近、パンが柔らかいってお客さんの評判がいいらしく、母さんが喜んでいたぞ」
「そうなんだ、良かった。記憶がないからこれでいいのか悪いのか、いつも考えて作ってるから、そのせいかな」
「ケントぉー」
ああ、こいつが足をケガしていてよかった。
間違いなく抱き着いてくる気満々だったぞ、あの表情は。
しかしこんな奴が競技会に出て、騎士見習いを目指す衛兵になろうなんて、ほんと大丈夫か?
体力はきっとあると思う、俺もかなりあるみたいだし。
―――その、まあ、いいか。
兄貴は兵舎で新たな弟を作る、俺はここで評判のパンを作る。
・・・・・・言っててシャレにならないな。
だが俺がパンをうまく作れるは本当だ。
俺ではないケントがいくらか体で覚えていると言うのもあるが、俺自身が幼馴染の美優の家の手伝いをさせられていたことのほうが大きいだろう。
美優の親父さんは、町でも有名なパン作りバカだった。
誰もが恐れる俺の親父を前にしても、笑いながら神主なんてやめて自分のところに来てパン屋になれって、いつも俺に言っていたくらいだ。
美優も親父さんの冗談に照れながら、美味しいパンができるからそれもいいか、なんて言ってたな。
だが俺はパン屋になるつもりはなかった、だって神主なんだもん。
そもそも俺がパン屋を手伝わされるほどコネコネグリグリが上手くなったのは、蕎麦屋を目指していたからだ。
正確には目指していたんじゃなくて、神社の中で蕎麦を売ろうとしていたのだ。
神社と言えば、国民行事である大晦日から新年の初詣が、最大の収入源であり大きなイベントだ。
そこに神主の俺が打った年越し蕎麦を出す。
そうしたら物珍しさに人も来てくれるだろうし、普通の食堂などよりありがたみを感じて間違いなく売れる。
俺の家の神社は、歴史は古いが人通りの多い場所にあるわけでもなく、観光名所でもない小さな町のお社だ。
とても珍しいご神宝もいくつかあるのだが、代々非公開にしていて、客寄せには使えない。
要は集客力不足をなんとかしたかったのだ。
俺がどうしてこんなことを考えるようになったかと言えば、原因は親父にある。
今でこそ親父が神社を継いではいるが、俺が小学生の頃は、そんな素振りを一切見せなかった。
そりゃそうだろう。
親父は、俺が生まれて中学に入るまで、ほとんど家で見かけることはなかった。
おっと勘違いしなでくれよ、俺の家は少し特殊ではあるけど複雑ではないから。
当時の親父は海上保安官、いわゆる海猿―――なんかじゃない、北極熊とも戦えそうな海ゴリラだった。
宮司だったじいちゃんが体調を崩したので戻って来たことになっているが、海ゴリラとガキの頃から仲のいい美優の親父さんによると、やることが無くなったから帰って来たらしい。
結局、体力を持て余す海ゴリラに、俺は散々ひどい目に遭わされて育った。
気がつけば神社の能舞台の隣へ掘立小屋を作り、海保時代にやっていた剣道を町の子供達へ教え始め、言うまでもなく俺は強制参加だった。
時には能舞台で、神社の御神刀を使った居合や演武を披露して、近所の悪ガキ共が尊敬やら羨望の眼差しで見ていたこともあった。
あれは今なら分かる、道場の客寄せパンダならぬ客引きゴリラだ。
つまり一応は神社の知名度アップを考えていたようなのだ。
その後、調子に乗ったゴリラは、祭りのたびに従妹の小百合の所属するご当地アイドルを能舞台で躍らせ、神社興行的には大成功を収める快挙を成し遂げる。
ただしその舞台のとある一回に、パンツの見えそうな衣装の小学生に混じって俺が真剣を使った剣舞をやらされたことは、どうせなら転生する時に忘れたかった黒歴史だ。
後から聞いた美優や剣道友達の感想が、きわどい衣装の女の子を、真剣を振り回して追いかけるヤバいヤツにしか見えない、だった。
高校で、剣道ではなくフェンシングを選んだのも、それらの反動があったかもしれない。
そして親父が帰って来た中学三年間で、往復五時間と言われている御神体の御山登山を、往復ニ時間そこそこでやれる体にもされてしまった。
本当に今考えてもえげつない、肉体改造の日々だった。
つい昔話が長くなったが、そういう訳で俺はこのケントの記憶があろうがなかろうが、そこそこのパンが作れる。
そして今日もひたすらコネっていたのだ、あるお客が来るまで。




