51 凶刃と呼ばれた男 その3
まったく返す言葉もない。
俺はしがない剣使いの小隊長。
一方のユーリ様は、領主の御息女にして今をときめくサフィール様だ。
俺の半分ほどの年齢の少女にこれほどバカにされれば、もっと怒りが沸いて来ておかしくないのだが、それもなかった。
俺自身が一番分かっていたからだ。
「何も応えがないのであれば、此方からもう一つ聞かせてもらおう。其方はオリオンに勝てるか?」
「剣であれば」
俺の即答にユーリ様は領かれた。
「正直なのは美徳じゃ。では槍は?」
「まず無理でしょう」
オリオンは俺の悪友だが槍も剣もそつなくこなす男で、今では第一小隊を預かる正真正銘の出世頭だ。
剣にしか能のない、第五小隊長がやっとの俺とは格が違う。
「其方は槍が苦手らしいから、ここから先は険しい道になるであろうな」
「恥ずかしながら、仰られる通りです」
俺はこの少女と初めて言葉を交わしたあの日の、回廊で考えていたことをふと思い出した。
衛兵は、戦いに臨んでまず馬に乗って槍を振るい、その後剣戟へと移る。
つまり剣より槍のうまい方が、戦功を立てやすい。
だから俺は小隊長辺りで打ち止めだろう、と。
「しかし剣が巧みであれば槍も防げる。つまり防御に長けた生き残り上手と言うこともできるが、どうじゃ?」
「―――左様なお考え方もあるのですか」
凶刃のマルセルなどとおだて上げられていても、限界を感じつつあった俺は、自然とこの少女に引き込まれていた。
「その剣を此方のために使ってみる気はないか? 此方の周りで人が命を落とすのはもうたくさんなのじゃ」
「それは―――」
ユーリ様の口振りでは、人が周囲で死んでいることになる。
そのような戦いや事件が起こったとすれば、衛兵隊の小隊長である俺の耳に当然入るが、そのような記憶はない。
俺は何故か競技会以上の緊張を感じながら、この会話を止めることができずにいた。
「其方は身の程も知っておるし、無茶もしなさそうじゃ。今一度考えてくれるか?」
「―――それはサフィール様、それともユーリ様、いずれの護衛にございますか?」
「其方の好きな方で良かろう。さすれば面白いものも見せてやるし、新たな名前も与えてやろう」
「名前―――にございますか?」
莞爾と笑いながらユーリ様の出された条件に、俺は思わず眉をひそめた。
「其方はいつまで凶刃マルセルで居る気じゃ? そんな名はさっさと捨てるがよいのじゃ」
「さすがにそれは―――」
「悩みもしない衛兵でいられればそれでも良かろう。しかし其方は違うのであろう? 此方は最初に尋ねたはずじゃ、誰が望んでマルセルでおるのかと」
「・・・・・はい」
「其方はろくな返事を聞かせなかった。だから此方が其方を望んでやるのじゃ。しかしそれは凶刃である必要はない、サフィールの協力者としてのマルセルじゃ」
「―――サフィール様が、この私をお望みになられると?」
「そうじゃ」
俺はとっくに分かっていたのかもしれない。
この少女が、ユーリ様ではない何者かだと―――。
「凶刃であることを望まれ、そこに己の存在意義を求めた挙句に見失いかけている、どうしようもない私に、新たな名前と存在をお与えくださると?」
「此方はサフィールじゃ。其方が望む形でも存在しておる。マルセルよ、一体何を望むのじゃ?」
「私は―――他の誰でもない私自身であること・・・・・・でございます」
「ならば此方のところへ来るが良い。簡単なことじゃ」
この前に俺が何も答えられなかったと言うことは、分かってはいたが俺自身が無かったと言うこと。
そしてこのお方と話を止められないと言うことは、俺自身が俺であると求め認められたいと言うこと。
そしてこのお方はそれを簡単なことだと仰られた。
俺は何か憑き物が取れたような気がした。
「―――何故、ただの衛兵に過ぎないこの身にそこまでしてくださるのでしょうか?」
「其方を回廊で初めて見た時に、此方に必要な者であると知った。それだけじゃ」
俺は真っ直ぐに見つめて来る蒼い瞳に吸い込まれそうな錯覚を再び襲われた。
「・・・・・・私は、サフィール様に必要とされていたのですか?」
「ずっとかように言っておったつもりじゃが?」
「―――全然そのようには、まったく聞こえておりませんでした」
散々心の傷口へ塩を塗りたくってくれたうえ、あっけらかんと言い切られるサフィール様に俺は思わず腰が抜けそうなほどだった。
「であれば、マルセルよ、此方には其方の力が必要じゃ。助けてくれるか?」
「―――主の仰せのままに」
こうして俺は小隊長どころか衛兵自体を辞めて、サフィール様のご希望で執事として護衛の任に就くことになった。
最初に執事としてお会いした時には、言葉遣いも元通りになったサフィール様は、まったくの初対面かのように振舞われたので、俺もそれに合わせてユーリお嬢様として接することにした。
あれから二年、とうとうその時がやって来た。
久しぶりにユーリお嬢様ではないサフィール様が、俺の前に出てこられてお伝えになった。
「先日、いささか気になる者を町で見つけたのじゃが、競技会へ出させたい。パン屋の、け、ケントと申す者じゃ」
「―――それは仰られていた剣の使い手でありますか?」
「その辺りを確かめるために、其方は審判として出るが良い。衛兵隊のオリオン中隊長へ頼めばその程度は造作も無かろう?」
「―――はい、何も問題ございません」
だが実際のところ、ケントの実力は競技会では全く分からなかった。
馬上槍試合ではほとんど試合放棄のような振舞いをしたかと思えば、剣試合では凶刃と恐れられたこの俺を観客の暴挙からわざわざ庇って、記憶喪失になってしまったのだ。
その後、武器庫で俺の抜き打ちをあっさり止めたり、不調だったユーリお嬢様のためにサフィールロッドを直したり、不思議なことを色々とやらかしてくれた。
とてつもなく興味深い男だ。
今日は一体どんな面白い姿を見せてくれるのか。
俺は本当に楽しみにしている、ケント!
拙作をいつもお読み下さいまして本当にありがとうございます。
本話にて3部構成の第2部まで終了しました。
次回から佳境の第3部へと突入します。
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最終話までどうぞよろしくお願い致します。




