5 第五試合
この部屋からでは良く分からないが、時折歓声らしき波のような音が聞こえる。
ひときわ大きなものの後に、第三試合、続いて第四試合の出場者の呼び出しがあった。
次は俺の番だ。
緊張をしていないと言えば嘘になる。
持ち慣れた剣も無く、身に着けたこともない甲冑や鎖帷子にも息が詰まりそうだ。
元の世界の俺でも、さすがにこの重さは堪えただろう。
幸いこちらの世界の俺は、かなり馬力があるようだが油断はできない。
できれば早々に負けを決め込み、昨日のように温かく受け入れてもらいたいところだ。
「次、第五試合の人、入場口へ行ってください」
女の子の案内に、俺はゆっくり立ち上がる。
すると思った通り、ガンつけ野郎も立ち上がった。
ついに出番がやって来た。
部屋を出たところで待っていた別の男性が、俺と試合相手の野郎を先導して連れて歩き出した。
「おい、代理のくせにナメた真似をしてくれたじゃねえか」
並んで歩く男が肩をわざと当ててきた。
やっぱり気に障っていたようだ。
「だが相手がお前に代わって、俺はラッキーだったぜ」
それなら余計なガンをと飛ばさずに、嬉しそうな顔をしろよ。
勿論わざわざそんな挑発じみたことを口にすることもしない。
そもそも会話は禁止になっているし、俺には答える気がない。
さっさと負けて、気を良くして帰ってもらうつもりだ。
だがそんな俺の親切心も知らず、相手はイライラを募らせている。
「ちっ、無視か。まあいい、覚えておけ」
あなたが、どこの誰だか知らないから覚えようもありません。
そしてガン飛ばし野郎が更に何かを言おうとしたところに先導役が振り返ったので、男は俺から離れて入場口の左側に立った。
俺は必然的に右側だ。
目の前で繰り広げられている第四試合は観客も沸いていたし、それなりの接戦だったのだろう、と思う・・・・・・。
正直、先程までの俺は、昨日と比べればとても落ち着いていた。
場所も同じ、武器も同じ、勝手が分かる状況は本当に安心する。
しかし今は手の平に嫌な汗をかき始めている。
こいつら・・・・・・へタクソだ。
もし相手のガン飛ばしが同じレベルだと、この不慣れな装備でも負けるのが難しいぞ。
昨日の槍でも感じたが、こいつらは駆け引きが一切ない。
力押しに次ぐ力押し、そして疲れて自滅。
何もかも一刀両断にできるほどなら、力押しでもいい。
だけど田舎町のイベント試合で、そんな大それた選手がいるはずもない。
俺が知らないだけかもしれないが、少なくとも今のところはいない。
そしてある痛恨事に気づいた。
勝ち上がりか一回きりか、聞くの忘れた!
俺はこの時点で迷いが出ていた。
負けて痛い思いをするくらいなら、もちろん勝ちたい。
一応は競技選手なのだから当然だ。
一回戦で終わりと分かっていれば、勝つ選択もありだろう。
しかし連戦になると、へタクソが使う刃挽きの剣と何度も戦うことになる。
予測不能な危険があるからこそ、さっさと負けるべきだろうか。
「次、第五試合の選手、前へ」
態度を決める前に審判の呼び出しが掛かり、俺は闘技場へ再び足を踏み入れた。
「その線のところに立って、お互い礼!」
「構え!」
「始めっ!」
俺にも慣れた掛け声で試合は始まった。
ガン飛ばし野郎は踏み込みこそ早かった。
俺も少し驚かされるほどだ。
しかしそれだけだった。
次が同じ速さで続かない。
そりゃ思いっきり右足を前にして、右から左に振り下ろしてたら次の動作は限られるよね。
重い甲冑で後ろ足も伸びきってるし。
ただ俺も同じように体は重く、慣れない剣なのでイメージしている通りには動けていない。
・・・・・・なるほど良く分かった。
この無様な反応は、俺もヘタクソの一人だ。
うん、バカにしてゴメン。
恥ずかしながら認識を改めた俺は、予定通り負けることに専念する。
暫く相手の動きを見たところで、相手の剣の伸び方も攻撃範囲も凡そ把握できた。
そこに剣の鍔と小手のギリギリを持って行き、ケガをしないように打たれて大げさに剣を落とす。
これで決まりだ。
俺は負けるチャンスを狙い、相手の攻撃パターンを頭へ入れる。
たいていはニ、三回で攻撃の手が休まり、また呼吸を整えて仕掛けてくる。
やられるなら威力の少ない三回目だ。
一、二、三、今だ!
俺は相手の攻撃を見計らい、受ける振りをして剣を握る右手を前に出した。
ガキーンっ!!
剣と鍔がぶつかる音が大きく響く。
あ、しまった。まともに受けちまった。
原因は考えるまでもない。俺じゃない俺の握力が思っているより強かったのだ。
・・・・・・パン屋恐るべし。
それまで逃げ回っていた俺が、まともに受けたことで会場にちょっとしたどよめきと歓声も起きる。
どれだけ期待されていないんだ、俺は。
少し悲しくなってきた。
だがその思いは相手も同じようで、驚きのあまり固まってしまっている。
「おい!」
「お、おぉ」
しようがないので声を掛けてから、鍔ごと相手の剣をゆっくり持ち上げて離し、距離を取る。
ガン飛ばし野郎が、うっかり自分の剣を落とすと厄介だからな。
だが本当に負け方が見つからない。
もし俺の握力を皆が知っているなら、あっさり剣を落とすのもマズイ気がしてきた。
昨日は槍を捨てても剣で戦う姿勢を見せたから不問だったようだが、今日は丸腰になってわざと負けるのが見え見えだ。
考えあぐねた俺は、その場で動きが止まってしまう。
「ど、どうした、お、怖気づいたか!」
息切れをした声で言われても何も感じないんだけど、俺が返事をしないことを肯定と捉えたらしく、ガン飛ばし野郎は益々余計な体力を使って大声をあげてくる。
「い、今なら、こ、降参をすれば、ケ、ケガもしない、ぞっ!」
・・・・・・できるものなら是非そうしたいよ、ホント。
結局、俺はこの試合をギリギリで何とか勝てた態を装うことにした。
一回戦で終わればそれでよし、次にまた試合があっても、そこで負ける。
だって次の試合相手の方がきっと強いだろうし、負けても不自然さはないはず。
一、二、三、変わり映えのしない、いや速度だけは更に遅くなってしまっているガン飛ばし野郎の攻撃を避けて、相手の剣の上に俺の剣をかぶせて抑えつつ、とても力の抜けた攻撃を入れた。
ぱきん。
あ、しまった、少し軽すぎたか?
それでも審判は、俺の方へ旗を上げて勝ちを示した。
「し、勝者、三、三十二番っ!」
・・・・・・驚きで声が裏返っているのは気のせいじゃないよな。
それも仕方ない。
どうやらガン飛ばし野郎が、うっかりしりもちを着いて、剣を手放してしまったのだ。
会場はそれまでにないほどの大歓声ではない、阿鼻叫喚のるつぼと化した。
理由は分かる。
いや、分かりたくはないが、俺の勝ちはまったくありえなかったのだろう。
試合の中で一時的に優勢となるくらいは余裕で声援を送れたのだろうが、本当に勝ってしまうとこの騒ぎだ。
とうとう闘技場に怒り狂った客から色々な物が投げ込まれ始めた。
なんだかプロレスの乱闘騒ぎような大相撲の座布団投げみたいな様相だ。
他人事のように言ってるが、原因は俺だ。




