39 裏山にあるものは その2
「ここは?」
「少し前に掘ることを中止した採掘場へつながる坑道の入口よ。と言っても採算が合わないから止めただけで、探せばクズ石くらいは出るでしょうから、試すにはちょうどいいと思うの」
言いながらロッドを構えたお嬢様の左腕には、噴水の時に使ったサファイアの腕輪が眩しく光っている。
俺の視線に気づいたお嬢様は、嬉しそうにそれを見せて、
「私が自信を取り戻せるようになった、大切なお守りよ」
と笑っておられた。
「では入る前に腹ごしらえでもしましょう。中で食べるより絶対外の方が美味しいでしょうから」
マルセルさんの指示で、俺は持ってきたパンを背負った袋から取り出して並べた。
これで荷物が相当減るので、この判断はとてもありがたい。
「あらマルセル、ケントの店のパンは、きっと穴の中でも美味しいわよ?」
「それもそうですね。失礼しました、ケントさん」
お嬢様が、早速パンをハムハムしながら至極当然の如く仰ってくださった。
本当に嬉しいことをさらりとだ。
俺自身にも、そのくらい愛情あるお言葉を掛けて欲しいと望むのは、身の程知らずだろうか。
俺は少し顔を赤くして、頭を下げながらお礼を口にした。
「ありがとうございます、お嬢様。お褒め頂いたからと言う訳ではありませんが、そのロッドをもう少しきれいにしたいので、今度お貸しくださいますか?」
「・・・・・・」
「何か言ってくださいよ!!」
完全に疑いの目で見られている。
「ホントにホントにおかしなことしない!?」
「絶対にしませんっ! 信じられないのであれば、マルセルさんもミネバさんも立ち会ってくださいよ。ヴァン鍛冶工房で道具を借りて来て、お手伝いに鍛冶見習いのルーカスに来てもらうことにしましたので」
「・・・・・・ヴァン工房の人が来るの? それならちょっとは安心なのかしら、マルセル?」
「そうですね。ケントさんお一人でもあれほどの成果が出たのですから、鍛冶師が手伝ってくれれば更に良くなって、サファイアどころか金脈も見つけ出せるかもしれませんね」
「え!? 金脈!!? 本当に!?」
「はい、お嬢様のお力であれば、金脈さえあれば容易でしょう」
「だ、だったら、磨いてもらおうかしら?」
・・・・・・相変わらず適当なことを言ってるな、マルセルさん。
あるか、ないかが分からないから、意味のあるダウジングだろうに。
その言葉の意味を理解できていないお嬢様は、完全に目が金色だ。
ほんと乗せるのがうまいよな、この執事さん。
「でももう少ししたら忙しくなるから、それが落ち着いてからでもいいかしら?」
「何かあるのですか?」
「面倒な接待よ」
「接待?」
その説明自体が面倒そうなお嬢様に代わって、侍女様が説明をしてくれた。
「少し遠方からご領主様に来客があって、お嬢様もご同席をされる予定なのですよ」
「なるほど、でしたらその後にした方が良さそうですね」
ひょっとしたら、その場でサフィールロッドを見たいとか言い出す厄介な客の可能性も俺は考えた。
「どうせならこの探索も、ケントが磨いた後で良かったかもしれないわね」
何だか急にお嬢様がトーンダウンをしてしまったようだ。
俺がロッドを磨いた後の方が見つけられる可能性が高いと思って、今回の意義を見失いかけているのかもしれない。
「来てしまったものはよろしいではありませんか。ケントさんも新作パンを思いつかれたようですし、とても有意義なことだと思いますよ」
「そ、そうよね。既に収穫があったわけよね」
本物の栗の実入りがありましたよ、お嬢様。
そして必ず新作はご期待にお応えしますよ。
強く頷く俺を見て、少しやる気を出してくれたお嬢様にマルセルさんが笑顔で声を掛けた。
「はい。じゃあ気を取り直して行きましょう」
山道から坑道へと入るに当たり、マルセルさんが歩く順番を指示した。
灯りを先頭のマルセルさんと、最後尾の俺が持つので、その間にお嬢様とミネバさんの順だ。
単なる山を掘った穴なので、鍾乳洞のような石筍ができているわけでもなく蝙蝠もいない、薄暗く単調な道が続く。
お嬢様は、先程よりも更にゆっくりとロッドの反応を気にしながら歩き、時折立ち止まっては岩盤を見たりしている。
「どうですか、お嬢様?」
「たまに少しだけ感じるものがあるのだけど、正確な位置までは分からないわね」
「大きな鉱脈は掘り尽くしたと思われますから、無理もありません」
マルセルさんの、フォローとも労わりとも聞こえる口を塞ぐように、お嬢様がロッドを持つ手を差し出した。
「あれ?・・・・・・ちょっと持って」
「どうなされましたか?」
「何だか急にビンビン来たの!」
お嬢様がビンビンとは、は、破廉恥な!
実は女装子だったのか!?
となると俺は、女装子の腰を撫でていたことになる―――ごめんなさい、もう言いません。
「マルセル、灯り!」
「はい!! どうぞ!」
お嬢様はどんどん歩いて、どんどん奥へと進む。
そして二股になった右手を躊躇なく進み、更に奥へと入っていくと、一番太い坑道から逸れて、細い道にあった小さな入口を持つ穴を前に立ち止まった。
「ここだわ」
「私も詳しくは存じませんが、どうやら鉱夫達の休憩所のようですね」
中を照らしたマルセルさんの言葉どおり、壁際には膝の高さ位の段があって、そのまま壁にもたれれば座れそうだ。
中央には石の台らしきものがあり、机に見えなくもない。
お嬢様は、そのまま穴の奥の暗い壁際まで進み、ロッドの反応を満足げに確認していた。




