37 ピストル型グリップと砥石
「いくらサフィール様お付きの方とは言え、さすがに無理なのでお断りさせていただきます」
「ですよね」
気の張る危険な場所に部外者がうろついては、鍛冶師達の集中が妨げられたり、最悪は事故の元だ。
だが俺はもう少しだけ食い下がることにした。
「でしたら、使い終わって捨てる寸前の砥石を数種類ほどいただけませんか?」
「それも親方に聞いてみないと何ともですが、何に使われるつもりですか?」
「もちろん武器を磨くのにですよ」
俺の答えを聞いたルーカスさんは、自分が口にした愚問に気づき少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「すみません。お付きの方がそのようなことまでされるとは思っていなかったものですから」
「そうですよね。じゃあ次に来る時までで構わないので、親方さんに聞いておいていただけますか?」
「分かりました」
これから作る予定のグリップの型をわざわざ提供してくれる上に、サフィール様付きの身元がしっかりとした優良顧客だ。
むげに断ることもできないだろう。
いささか小賢しかった気もするが、見習い鍛冶師さんをこれ以上困らせるのはかわいそうだし、砥石が入手できれば上出来だろう。
そして一週間後、再び訪れた鍛冶工房ではすっかりカピカピになったパン型と、それにそっくりのこの世界で唯一のピストル型グリップ、そして親指ほどの大きさの黒や灰色の石が入れられた小さな皮の小袋を俺は一緒に手渡された。
パン型はやっぱり食べずに返してきたか。
出来立てなら美味しかったのにな。
「・・・・・・ケント様、そちらよりは出来上がったグリップを見てもらえませんか?」
「あ、すみません」
困ったようにルーカスさんが笑っているので、俺は慌ててカピカピパンからグリップへと持ち替えて、感触を確かめた。
今回わざわざ作らせたのは、こちらの世界で一般的に使われているサーブルに近い剣に適したグリップではない。
フェンシングの競技には、フルーレ、エペ、サーブルの三種目がある。
単純に言えば、攻撃を当てる場所や攻撃方法が違い、それに伴って剣の大きさ、形も違う。
一番小さいのがフルーレ、次がサーブル、そしてエペだ。
攻撃方法では、サーブルにだけは、叩きと斬りつけ攻撃がある。
それ以外は、三種目とも原則突くのみだ。
原則と言ったのは、実際見た目は叩いたり斬ったりしている場合もあるが、その過程の最後に突きが決まって、反則を取られなければ済むからだ。
攻撃を考えるとサーブルのような剣にこのピストル型グリップ選択はありえないし、実際、高校のサーブルの試合でも俺は見たことがない。
そもそもが、剣先を細かく動かすフルーレやエペ用のグリップを参考に作ったからだ。
握り込んだ指で細かい剣先操作は可能になるが、振り下ろす動作や体重を掛けた斬りなどは不向きになる。
だが俺はお嬢様の左側に立つスケさんとして、ひたすら守りを重視することにした。
このグリップの利点は剣の操作性に優れ、手も疲れにくいので持久戦へ持ち込めることだ。
その間に、マルセルさんなり他の衛兵が敵を倒してくれればいい。
結果的にお嬢様を守りきれば、俺は相手を傷つけずにも済む。
一石二鳥だ。
それまで弄んでいたパン型にそっくりの高い精度に俺は満足をしてグリップをルーカスさんへ返すと、剣へ装着しながらもう一つ手渡してくれた物への当然の質問をしてきた。
「親方が、捨てる石なので自由に持って行ってくれとのことでしたが、具体的にはどのように使われるおつもりですか?」
「お屋敷の武器庫にある古くて錆びた物を、何とかできないかと思ったのです」
「なるほど。そう言われると、この剣も結構な年代物ですね」
物は言いようだ。
さすがに持ち主を前にして、はっきりボロいとは言えないか。
「ですから気になったものだけでも、手入れをしてみようかと思いまして」
「そういうことでしたら、また何時でもお分けします。武器を大切に思ってくださる方は大歓迎ですから」
「是非お願いします。僕が研ごうとしているのは使われていない武器ですから、皆さんのお仕事を減らすことはないと思いますので、ご安心下さい」
「ははは、お手柔らかに」
ルーカスさんは冗談だと思ったようだが、俺が本気なら本当に減らして見せる。
それだけのものを、俺は海ゴリラから叩き込まれている。
蒼玉の姓は伊達じゃない、今はただのケントだけど。
「これで完成です。今回は良い勉強をさせていただきました。サフィール様にもよろしくお伝えください」
グリップの装着を終えて剣を差し出したルーカスさんの言葉に、俺は少し引っ掛かることがあったので、前に一度したお願いだったが形を変えて言ってみることにした。
「厚かましくて申し訳ないのですが、ルーカスさんが使わなくなった鎚や金鋏などもあれば貸してもらえませんか?」
「―――本気で鍛冶の真似事をするおつもりですか?」
「実はサフィール様の杖も少し手入れをしてみたいのです」
「えっ!? まさかケント様があの杖に触れることを許されているのですか!?」
真似事ではないし、サフィール様の付き人らしい用務なので尊重してもらえそうだと口にしてみたのだが、予想以上の反応に俺は直ぐに考えを改めた。
あのダウジングロッドは、俺の神社で言うところの御神宝に類すると考えていたのだが、もっと重かったようだ。
神託が信じられている世界での神具なので、ただの付き人風情では触れることさえ許されないと思われていたらしい。
「本当にありがたいことですが、サフィール様からご信頼を受けて、磨くなどのちょっとした手入れをしております。そうやっていつも触れさせて頂いてますが、長い年月を経て歪んでいるかもしれないと感じられる箇所は、どうしても直したくなったのです」
「であれば私たちがやりましょうか?」
できるものなら頼みたいが、本来のロッドの形を知らない鍛冶師では結局俺が見てやらないとダメだろうし、それなら余計な手間が増えるだけ面倒だ。
どうせ道具を借りられれば、俺の手できれいに直せる。
「それは願ってもないお申し出ですが、さすがにサフィール様へお聞きしないと即答はできません」
「―――つまりサフィール様の杖をケント様だからこそ任されていると?」
「一応付き人ですから」
「なるほど・・・・・・では僕の道具でよければお貸しします。その代りにサフィール様の杖を直される場には立ち会わせていただけませんか?」
突然のルーカスさんの申し出に俺は一瞬意を図りかねたが、道具が借りられるのはありがたいのと、本当に大したことはしないので見られても何も問題はないと考えて応じることにした。
「そのくらいお安い御用です」
「ではこれをどうぞ」
「お借りします」
「念のための確認ですが、使い方はもちろんお分かりですよね?」
腰のベルトごと外した道具一式を差し出したルーカスさんは、どこか心配そうな表情を浮かべている。
笑顔で受け取った俺の肩書への違和感がまだ拭い去れないようだが、そこは実際に見てもらえば済む話だ。
「もちろん大丈夫です。直すにはサフィール様から杖をお借りする必要がありますので、都合がつけば連絡します」
「お待ちしています。何かお手伝いできることがあれば遠慮なくおっしゃってください」
「―――でしたら一つだけ」
俺はこの鍛冶屋へ来て不便に感じていたことを変えるよう頼むことにした。
「僕のことはケントで構いません。なので僕もルーカスと呼んでいいですか? それにお客相手の丁寧な言葉も止めて貰えればありがたいです」
「それは・・・・・・」
「親方さんの方針とか色々あるかもしれないけど、もしサフィール様の杖を二人で直すとなったら、お互い様付け丁寧語では全然作業がはかどらないと思わないか?」
俺があえて口調を変えると、少し考え込む様子を見せたルーカスも一つ頷き、俺に右手を差し出した。
「―――言われてみればそうかもしれない。ではこれからはケントと呼ばせてもらうよ」
「ああ。こちらこそよろしく、ルーカス」
どうやら俺にもこちらで初めて友達らしきものができたようだ。
そして念願だった剣のグリップと鍛冶の道具も手に入った。
しかしながら思い通りにいかないのがこの世の常など、その時の俺は知る由もなかった。




