<EP_007> 生粋の勝負師
「いや、なんでもないよ。それより、貼り出してくれてありがとう」
下川が出ていったドアを一瞥し、老眼鏡をかけると記事を読み始めた。
「いえ。大事なことですから。でも、どうせなら、これぐらい大きな記事が良かったですよね」
穴の開いた新聞を持ち上げながら京子は言ってくる。
京子の言葉に目線を上げると、そこには「高校サッカー選手権二連覇 上村学園
平瀬監督電撃解任。勝利至上主義に疑問符」との記事が大きく載っていた。
「解任かぁ。まぁ、あれだけダーティなサッカーは高校サッカーじゃ嫌われるかぁ」
そんな感想を京子はこぼす。
(平瀬先輩、今は高校サッカーの監督やってたんだな)
平瀬は日本紡績サッカー部に所属していた。
当時の平瀬はチームのエースであり、看板選手。
高卒で入部したての迫水にとっては、雲の上の存在だった。
24歳という若さでありながら、年上の選手にも物怖じせずに大声で怒鳴っていた。
当然、入部したての迫水も例外ではない。
「そこの下手くそ。生意気にキープなんてしてんじゃねぇ!俺にボールを寄越せ!このスットコドッコイ!」
紅白戦で同じチームに入った時に大声で怒鳴られたことは、サッカー部時代の数少ない思い出だった。
練習で大怪我をして入院していた迫水の元を平瀬が訪ねてきたことがあった。
消毒液の臭いがする病室で、なんとなく外を見ていた時のことである。
「よう、下手くそ。元気だったか?元気だったら、こんなとこいねぇわな」
軽口を叩きつつ、平瀬は病室へと入ってきた。
「平瀬さん。お疲れ様です。どうしたんですか?」
急な来訪と、相手が平瀬ということで顔が強張ってしまう。
「そんな顔すんなよ。俺、移籍するんだわ。それで挨拶にな」
「そうですか。おめでとうございます。俺なんかにわざわざ言いに来なくても……」
「バーカ。お前だって日本紡績の仲間じゃねぇか」
恐縮する迫水を平瀬は笑顔で小突いてくる。
平瀬に仲間と思われているだけで迫水の胸は熱くなった。
「なあ、お前、サッカー好きか?」
感動している迫水に平瀬は急に尋ねてきた。
「何ですか、急に?」
「いいから、答えろ」
平瀬の真摯な目が迫水を射抜いた。
「え、ええ。好きですよ。そのために入部したんですから」
迫水の言葉に平瀬は少しだけ眉をハの字にした。
「そうか……好きか……。その気持ち大事にしろよ」
「ええ。いつか平瀬さんに下手くそなんて言わせない選手になってみせますよ」
「そうか。期待しないで待っててやるぜ」
平瀬が突き出した拳に迫水も拳を合わせた。
それが、日本紡績時代に平瀬と話した最初で最後の会話だった。
今考えれば、平瀬の移籍は廃部に伴う移籍であり、それを知らなかった迫水への平瀬なりの激励だったのであろう。
その後、平瀬は開幕したJリーグでも活躍し、日本代表にまで上り詰めた、日本紡績サッカー部が誇るレジェンドであった。
「負けたら終わりのトーナメントを二連覇した名将なんだから、こんなに叩かなくても良いと思うんだけどなぁ」
自席で新聞を見ながらの京子の独り言に迫水は思い出から引き戻された。
(負けたら終わり……ん?)
その言葉が引っかかった。
「おい、真野。今、なんて言った?」
「え?いや……こんなに叩かなくて……」
「その前だ」
急な質問に京子は目を丸くする。
「負けたら終わりのトーナメントを二連覇って」
「それだ!」
迫水は大声を上げ、立ち上がる。
「そうだ。トーナメントは負けたら終わり。ジャガーズに必要なのはそれだったんだ」
「え?まさか、平瀬監督を呼ぼうって言うんですか?」
迫水の提案に京子はますます目を丸くした。
「そうだ。お前も言ってたじゃないか。勝てる監督が良いって」
「そりゃ言いましたけど……」
目を輝かせて言ってくる迫水に京子は鼻にシワを寄せて口を尖らせる。
「負けたら終わりのトーナメントを勝ち上がった生粋の勝負師。それこそがジャガーズに必要な監督なんだよ」
「ちょっと待ってください。高校サッカーとJFLじゃカテゴリーが違います」
京子の抗議を聞き流し、スマホで上村学園の電話番号を調べると、電話をかけ始めた。




