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<EP_005> 老兵の背中と一月の曇天

岡山で新幹線を降り、マリンライナーで早島駅へと降りる。

まばらな乗客とともに降り、クラブハウスへと向かう道が酷く遠く思えた。

クラブハウスへと入ると京子が走り寄ってきた。

「おかえりなさい。GM、どうでした?予算、通りました?」

期待と不安に満ちている彼女の顔を迫水は能面のように見つめる。

「ああ、問題なく満額通ったよ」

迫水の言葉に京子の顔が輝いた。

「良かった。本社の友人から『あんたのとこ危ないよ』って言われてたから心配したんですよね」

屈託ない笑顔でそう言う彼女に迫水は出かかった言葉を飲み込んだ。

(その子の言うことは事実だよ)

言葉を飲み込むと、肌寒い事務室がさらに温度を下げ、色褪せて見えた。

「予算も通ったし、次は監督選びですね。その前に今日は安達監督の退任会見です。準備しなきゃですね」

迫水の様子を気にすることもなく、京子は鼻歌混じりに自席へと戻っていった。


その日の午後、クラブハウスの応接室で安達監督の退任記者会見が開かれた。

山陽新聞や中国新聞、その他のメディアが集まっていたが、各社の人数は少なく、会見場はまばらであった。

「この度は身体の不調が見つかり、心苦しくも任期途中での退任となってしまいました。その点については申し訳なく思っております……」

安達は小さな声で退任の報告をしていた。

迫水と大差ない歳のはずだが、病気のせいもあり、その顔は真っ白で、生気に乏しかった。

「次の監督は決まっているのでしょうか?」

記者からは当然の質問が飛ぶ。

「いえ、まだ決まっておりません。現在、複数の監督候補と話を詰めている最中でございます。皆様には近日中にお知らせできると思っております。少々お待ちください」

迫水は、全く決まっていないというのに、表情を崩さずににこやかな笑顔を浮かべて答えた。


「お世話になりました」

会見が終わり、そう言って立ち去る安達の背中には覇気が感じられなかった。

(今季は安達監督に任せて、適当な順位で終わって売却。そんな青写真だったんだろうな)

去りゆく老兵の背中を見ながら考えてしまう。

「安達監督、寂しそうでしたね。監督のためにも今季は良い成績を残しませんとね」

隣で見ていた京子が元気な声で話しかけてきた。


「GM、ホントに後任監督どうするんです?キャンプまで時間ないですよ」

事務室に戻ると京子が話しかけてくるが、力ない返事をするだけだった。

「おい、GM。監督がまだ決まってないってホントかよ!こんなんじゃ自主トレの方針も立てられないんだよ。とっとと決めてくれ」

ロッカールームから出てきた青木も加わり、迫水へと詰め寄るが、迫水は力なく「ああ。すぐに決めるよ」としか言えなかった。


監督人事は難航していた。

ここまでも、前GMがアポを取り付けていた二人の人物と面談はしていた。

一人は立花と言い、昨季までJ3のチームを率いており順位は十位と振るわなかったものの監督としては一定の評価を得ていた。

かつてJ1のコーチとして働いており、チームを三位まで押し上げたことが彼の自慢であった。

「いやぁ、ここまでの設備を整えてるチームはJ3にもなかなかありませんよ。さすがは日本紡績さんだ。これなら、今季のJ3昇格も夢じゃありませんな」

自家用車で大阪からクラブハウスに来た立花はそう言ってジャガーズを褒めちぎった。

J1でチームを三位にまで押し上げたことが余程の自慢らしく、何かとその時の話をしてくるのが鬱陶しく思えた。

立花の笑顔の裏にある感情を読むことができず、なんとなく「嫌だな」と感じてしまった。


二人目は飯塚という人物で、選手時代はJ1の選手として戦っていた選手であった。

選手時代は、複数のチームを渡り歩いており、どのチームでも主力として働いていたものの、日本代表の経験は無く、人気と実力はパッとしたものではなかった。

昨年まではJ2のコーチをしており、S級ライセンスを取得したばかりの人物であった。

電車で来た飯塚を早島駅で出迎えた。

「いいですか、サッカーというものはチームスポーツです。チームは選手のためにあり、選手はチームのためにあるのです。私の考えるチームというのは……」

話し好きなのだろう。とにかく良く喋る男だった。

早島駅からクラブハウスまでの道すがら、クラブハウスに入ってからも、とにかく喋り続けていた。

そして、話がクドい。

同じような話を何度も繰り返すものだから、聞いている迫水はぐったりしてしまう。

年俸の話になると、飯塚は法外な値段を突きつけてきたため、迫水は途中で面談を打ち切った。

「一緒にJ3昇格を目指しましょう」

笑顔とともに残して飯塚はクラブハウスを出ていった。


迫水の生返事に二人が目の前から去ると、面談した二人の顔を思い出す。

(なかなか、良い人物はいないものだなぁ……)

クラブハウスの外に目を移す。

窓の外には一月の曇天が広がっていた。

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