<EP_022> 女神の視線
クラブハウスに戻ると、迫水はGMとしての仕事を片付けていく。
窓からは、平瀬の胴間声がひっきりなしに聞こえていた。
午前中の練習が終わり、午後になると、シフトに従って数人の選手がボランティア活動に出ていく。
迫水も、それについていった。
迫水の異様な姿に、街の人々が奇異の目を向けるが、迫水は笑顔で返していき、隙あらばチラシを渡していく。
夕方になり、早島駅前での挨拶にも迫水は同行した。
夜間練習に入る選手たちは、迫水と同行した選手は特に、暗い顔をしていた。
「おらぁっ!テメェら、しけた面してんじゃねぇ!テメェら、サッカー選手だろが!そんな顔で相手がビビると思ってんのか。シャキッとしろ!」
暗い顔の選手たちに平瀬の容赦ない怒号が飛んだ。
「沢田!なに、弱気なパス出してんだ!テメェにそんなこと求めてねぇ!」
平瀬の声が、昼間に溜まっていた仕事を片付けている、迫水の耳に届いた。
「鷹野!テメェの下手くそなドリブルなんてするだけムダだ。沢田に集めろ。沢田を活かせ、このスットコドッコイ!」
平瀬の胴間声がひっきりなしに聞こえてくる。
(やれやれ、相変わらずだな……)
懐かしさを感じつつ、迫水は仕事を続けていった。
「お疲れさん」
夜間練習が終わり、疲れた顔でクラブハウスに戻ってきた選手たちを迫水は笑顔で出迎える。
「ウス……」
選手たちは足早にロッカールームへと消えていく。
最後に、酷く暗い顔をした沢田が入ってきた。
「沢田、しっかりしごかれたみたいだな」
「え、ええ……」
迫水の声掛けにも沢田は暗い顔のままだった。
「まったく……今までどんな練習してやがったんだ。これぐらいでへばりやがって……高校生のほうがまだマシだぜ」
不機嫌な顔で平瀬も入ってきた。
「あ、あの……監督……」
目を怒らせた平瀬に沢田が声をかける。
「ん?なんだ?」
ギョロリと見てくる平瀬に、沢田は身をすくませる。
そんな沢田に舌打ちをすると、顎で監督室へと来るように促し、二人は監督室へと消えていった。
監督室に入ると、平瀬はデスクに乱暴に腰掛け、沢田にソファをすすめた。
「で?なんだ?」
「あ、あの……その……」
平瀬と一対一となり、沢田は視線を膝に落とし、言葉が胸に詰まった。
「黙ってちゃ、わかんねぇだろ」
平瀬は少しだけ、口調を和らげて、沢田に問いかける。
「あ、あの……お、オレに、そんなに期待されても……」
平瀬から目を泳がせ、消え入るような声で沢田は呟く。
「ふむ……」
沢田をしばらく見続けた後、平瀬は口を開いた。
「沢田。お前、サッカー好きか?」
「……わかりません」
穏やかな目で見てくる平瀬から目を逸らし、沢田は声を絞り出した。
「『わからない』か……皮肉なもんだな」
平瀬は鼻を鳴らした。
「昔、同じ質問をしたことがあるんだよ。そいつは即答で『好きです』って答えたよ。サッカーの女神様ってのは残酷だな。サッカーが好きだと答えたヤツにはサッカーの道を閉ざして、わからないって答えたお前には目を向けていやがる」
監督室に沈黙が流れた。
「なぁ、沢田。女を落とすコツって知ってるか?」
腕を組み、面白そうな顔で聞いてきた平瀬を沢田は少し驚いた表情で見た。
「自信を持つことだ。自信を持ってない男に女なんて寄り付きやしねぇ。それは女神様だって同じさ」
「オ、オレは……」
不敵な笑みで話す平瀬を沢田は見ることができなかった。
「お前が自分を信じられないなら構わねぇ。だが、俺は俺の目を信じてる。だから、お前がお前自身を信じられねぇなら、俺を信じろ。俺の眼力を信じろ」
自分を射抜くように見つめる平瀬と目があったが、沢田はすぐに目を逸らした。
「それにな、沢田。お前を信じてるヤツは俺以外にもいるんだぜ。見てみろ」
平瀬に目線で促され、窓を見ると、暗いグラウンドを事務室から漏れる光が照らしていた。
「少なくとも、お前を信じているヤツが、このチームには二人はいるってことだ。俺たちを少しは信じてくれてもいいんじゃねぇか?」
そう言うと、平瀬は口を開いてニッと笑った。
「チーム方針は変えない。後はお前次第だ。他に何かあるか?」
「いえ……失礼しました」
そう言うと、沢田は立ち上がり、監督室を出ていった。
その顔は入ってきた時よりも、少しだけ前を向いていた。
翌日の夜間練習で沢田にボールが渡った。
「沢田!前を向け!」
平瀬の胴間声が、沢田の背中を叩いた。
その瞬間、沢田の目の前に大きく開いた光る道が見えた。
女神に導かれるように沢田が走り出す。
その突進を塞ぐように青木が走ってくる。
「そのまま突っ込め!」
背中を押され、沢田は突き進んだ。
青木が動きを見定めようと足元のボールへと目を落とした瞬間、ボールが消えた。
ボールだけではなく、沢田自身が煙のように眼の前から消えていた。
呆然とする青木が脇を駆け抜ける音に振り向くと、既に沢田は自分の後ろを走っていた。
慌てて追いすがるが、ボールはゴールネットへ突き刺さっていた。
「よーし、それでよいんだ」
平瀬の拍手がグラウンドに響く。
「青木!ボーッと突っ立って抜かれてんじゃねぇ!しっかり止めやがれ!」
拍手はすぐに、怒鳴り声へと変わっていった。




