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<EP_020> トイレットペーパー理論

クラブハウスに戻った迫水は、事務所にいたスタッフを集める。

「今日が新生ジャガーズの初日だ。これから、俺たちは選手の明日のために働かないといけない。そのためには金が必要だ」

胸の前に親指と人差し指で丸を描いてみせる。

「さぁ、じゃんじゃん稼ぐぞ。それが俺たちの戦いだ。よろしく頼む」

スタッフに頭を下げた。


「それから、これからは無料観戦チケットは原則廃止とする。その代わりは百円引きの優待観戦チケットとする」

「GM、それはダメです」

迫水の言葉に下川が声を上げた。

「どうしてだ、下川?」

「J3への昇格には平均観客数が二千以上必要です。ただでさえ、ギリギリなのに、無料観戦チケットを廃止したら、昇格ノルマが達成できません」

迫水は腕を組んだ。


「下川、お前、トイレットペーパーをいつ買う?」

突然の言葉に下川が当惑する。

「どうだ?普通に買うか、特売日に買うか?」

「そりゃ、特売日に買いますよ」

下川の言葉に口角を少し上げた。

「だよな。そのほうが安いからな。それに特売日は月一回程度はあるからな」

「つまり、お前にとって、トイレットペーパーは特売日での値段が普通であって、定価で買う価値が無いということだ」

迫水は指を立ててスタッフに話をしていく。

「何が言いたいんです?」

「それと同じことだ。無料でいつでも入れるということになれば、それが当たり前になってしまい、適正価格を払ってくれる人が減るということだ。下川、俺たちが売っているのは何だ?」

「試合です……」

「そうだ。試合を見る権利を俺たちは売っているんだ。無料チケットを大量に配るということは、俺たち自身が商品の価値を下げているだけなんだ。下川、お前は営業だろう。営業なら、自分の商品の価値を下げるようなことを言うな。観客が必要なら、その観客を獲ってくるのがお前の仕事だ。さぁ、しっかり稼いで来い!」

迫水が自席へと戻ると、スタッフたちも、弾かれたように仕事へと戻っていった。


「GM、ラッピングのデザインができました」

大槻がバスのラッピングデザイン案を出してきた。

「まだ、足りないな……」

差し出されたデザイン案を一瞥すると吐き捨てるように言った。

デザイン案には、ジャガーズの基調であるレモンイエローを下地に、チームロゴや選手たちの顔が綺麗に置かれていた。

「もっと、派手にしろ。レモンイエローの基調も原色に近づけろ。選手たちの顔も綺麗になんて貼るな。もっとうるさい感じで配置しろ。言っただろ?ジャガーズの痛車仕様にしろと。こんなんじゃ、誰も振り向きもしねぇよ」

大槻へ案を突き返した。

「真野、合成音声の商業使用許可と使用料について調べておいてくれ」

肩を落とし、無言で自席へと戻る大槻を尻目に、京子へ指示を飛ばす。

「何をしようって言うんです?」

不思議そうに見てくる京子に迫水はニヤリと笑い返す。

「決まってるじゃないか。スポンサーや試合日程をアナウンスさせるんだよ。ウチにはウグイス嬢を借りる余裕なんてないんだ。それとも、お前やるか?声が枯れるぞ?」

そう言うと、迫水は立ち上がる。

「少し出かけてくる」

「GM、どちらへ?」

「ちょっと、ホームセンターに買い物に行ってくる」

そう言うと迫水はクラブハウスを出た。


「おらぁっ!もっと声出せ!歩調を合わせろ!」

グラウンドでは平瀬の怒声と、規則正しい選手たちの歩調が響き渡っていた。


しばらくして、迫水はビニール袋を持って帰ってくる。

デスクの上に置くと中身がガチャガチャと音を立てた。

そのまま、パソコンを開くと、スポンサーのネームロゴを次々とファイルに貼り付けていった。

「なんですか、それ?」

京子の質問に、袋から一つを取り出して見せる。

それはネームプレートだった。

「選手たちに広告塔になってもらうんだ。俺もやらないとな」

そう笑うと、貼り付けたファイルを印刷する。

それを取り出して、切り分けると、買ってきたネームプレートへ差し込んでいった。

全てのスポンサーのロゴを入れると、自分のスーツへと突き刺していく。

たちまち、スーツは大量のロゴ入りネームプレートで埋め尽くされた。

全てのロゴを刺し終わると、スーツを着る。

「どうだ?似合うか?」

まるで、鎧のような姿になったスーツ姿の迫水に、京子は思わず「だっさ……」と声を漏らした。

「そうかな?意外にイケてると思うんだけどな」

事務所にある鏡で自分の姿を確認している迫水をスタッフ全員が奇異の目で見ていた。

寒い事務所に、ネームプレート同士が当たる、カチャカチャという軽い音が響いていた。

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