<EP_015> 手のひらの蛍光灯
その日、沢田は自宅のベッドの上に寝転んでいた。
昼間だというのにカーテンは閉めきっていて、蛍光灯に照らされている部屋は、どこか薄暗い。
かけっ放しにしていたテレビからはお昼のワイドショーが流れてくる。
「フランクフルトの堂安律がチームの勝利に貢献」
「ブライトンの三笘薫が得点」
「リーズの田中碧が先発出場」
といった、欧州で活躍する日本人サッカー選手の特集が組まれていて、日本人選手の活躍を楽しそうに話すアナウンサーの声が鼓膜を打った。
テレビを消すとベッドに寝転がって天井を見つめ、自分の手を見つめた。
指の間からは蛍光灯が垣間見えた。
大学時代、同じピッチに立っていた。
その背中に憧れて走り回っていた。
その背中は確かに見えていた。
手を伸ばせば、すぐ届く場所に彼らは確かにいた。
しかし、自分は転んでしまった。
すぐに立ち上がれば追いつけると思っていた。
しかし、立ち上がって走り出そうとした時には、彼らの姿はもう見えなくなっていた。
彼らは自分を置いて雲の上へと駆け上っていったのだ。
天井に伸ばした手を閉じる。
作られた拳の後ろに蛍光灯が隠れると、力なく降ろした。
布団が湿った音を奏でた。
「亮介!アンタに電話よ〜、迫水って人」
階下から母親が呼んでくる。
沢田は迫水という名前を頭の中で探したが見つからなかった。
「わかった。今行く」
ゆっくりと身体を起こし、階下へと向かった。
ベッドの上には身体の跡がくっきりと残っていた。
「……はい。お電話代わりました」
「沢田亮介くんだね。私、ジャガーズ早島のGMの迫水と言います」
力なく電話を取ると、年配の男性が軽やかな声をかけてきた。
「はぁ……あの……サッカーの話なら……」
断ろうとしたが、相手はその隙を作らずにまくし立ててくる。
「いやぁ、少し話がしたいんだ。明日、お邪魔するから。その時はよろしくね」
そう言って電話は一方的に切られた。
「……なんだったんだ?」
切れた電話を呆然と見ながら沢田が呟いた。
翌日、沢田家のインターホンが鳴り、母親が出てきた。
「おはようございます。先日お電話させていただいた、ジャガーズ早島でGMをしております迫水と申します。亮介さんはご在宅でしょうか?」
迫水は玄関前にタクシーを止め、敷地内には入らずに、門前で応対した。
「まぁ、わざわざ岡山からいらしたんですか。遠い所をわざわざ……ちょっと、待っててくださいね。今呼んできますから。さ、どうぞ」
母親は門扉を開けると家の中へ戻る。
迫水はその場で、沢田が出てくるのを待った。
しばらくすると、髪の毛はボサボサで無精髭を生やし、上下スウェット姿の沢田がサンダルで出てきた。
「なんですか?」
フケを飛ばしながら沢田は敷地へと入ってこない迫水に胡乱げな目を向けてくる。
玄関からは母親が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「やぁ、沢田亮介くんだね。ちょっと出ようか」
そういうと、迫水は沢田の手を引っ張ってタクシーへと押し込んでいく。
「じゃ、ちょっと亮介くん、お借りしますね〜」
玄関の母親に声をかけると、ドアを閉め、運転手に最寄りのファミレスへ行くように伝えた。
ファミレスに到着すると、タクシーを返して中に入り、ドリンクバーを二つ注文する。
コーヒーを二つ取ると、ボックス席に戻ってきた。
「コーヒーで良かったかな」
落ち着かない様子の沢田の前にコーヒーと砂糖、ミルクを置き、対面するように席についた。
「もし、お腹が空いてるなら、好きなのを頼んでいいからね」
出されたコーヒーに手をつけず、じっとしている沢田に迫水はにこやかな顔を向ける。
それでも沢田は動かなかった。
迫水は自分のコーヒーを啜りながら、悠然と座っていた。
しばらく、二人の間には店のBGMが流れていた。
沈黙に耐えられなくなったのか沢田が口を開いた。
「いったい何なんですか。こんなところに連れ出して」
沢田が口を開いたことで、迫水はコーヒーを置く。
「申し遅れたね。私はこういう者だ」
懐から名刺を取り出すと沢田の前に滑らせた。
名刺には「JFL ジャガーズ早島 ゼネラルマネージャー 迫水真司」と書かれていた。
差し出された名刺を手に取ることもせず、沢田はじっと見ていた。
再び、二人の間を店内の喧騒とBGMが支配する。
沢田は目線だけを上げ迫水を見てきた。
「あの……つまり……オレを獲得したいということでしょうか?」
「そう、思っていただいて構いません」
絞り出すような声で聞いてくる沢田に迫水は指を組みながら、悠然と答える。
迫水の言葉に沢田は一瞬だけ顔を上げ綻んだ様子を見せたが、すぐに顔を逸らしてしまう。
「あの……そういうことでしたら、オレはもう……」
顔を逸らしたままポツリと呟く沢田を遮るように、少し前のめりになった迫水が口を開く。
「なぁ、沢田くん。キミ、サッカーが好きかい?」
「え?」
思わぬ問いに沢田は迫水を見る。
「どう?サッカーは好き?」
そう言って覗き込んでくる迫水の顔は、どこか面白がっているように思えた。
再び顔を逸らし、俯くと、すっかり冷めたコーヒーに店内のライトが映っていた。




