<EP_012> 価値ゼロ円の監督
「勝利至上主義、暴力的、軍隊的指導とあなたの現在の悪名は散々だ。そんなあなたを監督に呼ぼうとするチームは高校や大学はおろか、Jチームにだっていないと思いますよ」
淡々と話す迫水に平瀬の眉はますます吊り上がり、二人の視線が激しく交錯した。
しばらく、睨み合うような時間が過ぎ、平瀬は膝を叩くと静かに立ち上がった。
「ふん、交渉決裂みてぇだな。今は無理かもしれねえけどよ、俺に声をかけてくるチームは必ずあるはずだ。昔のよしみで岡山くんだりまで来てやったけど、無駄だったみてぇだな」
平瀬は背を向けて出ていこうとする。
「でも、”今”じゃない。それで、奥様への慰謝料を払えますか?それと、相変わらず、ギャンブルがお好きなようですね」
そろりと出てきた迫水の言葉に、平瀬は振り向き、目を見開く。
「てめぇ……なんでそれを……」
目を見開いたまま言葉を絞り出す平瀬に、迫水は手を伸ばして、着席を促した。
「まぁ、お座りください。監督として招聘しようというんです。失礼ですが少々身辺調査をさせていただきました」
迫水の言葉に平瀬が乱暴にソファへと腰を落とす。
テーブルが揺れ、カップの中のコーヒーが激しく波打った。
「ちっ、人の足元を見やがって」
「それはお互い様ですよ」
仏頂面で顔を背ける平瀬を見て、迫水は一瞬だけ緩んだ口元を、すぐに戻した。
「で、俺に何をしろと?」
「ジャガーズを勝たせてください」
「ふん、このオンボロチームを勝たせろってか」
「はい。ウチは今年に賭けています。このチームを勝たせられるのは先輩以外いません」
それまでの泰然とした顔ではなく、力を込め真っ直ぐに見つめてくる視線を平瀬は不敵な笑みで受け止めた。
「俺の悪名は知ってるだろ?チームを壊すかもしれんぜ」
「もちろんです。でも、先輩はホンキですよね。ホンキで勝ちたいから、手段を問わないわけですよね」
「当たり前だ。負けることを考えて挑む勝負に何の意味もねぇ」
「でも、その信念は世間では前時代的と切り捨てられて、無価値とされた。今の先輩の価値はゼロ円だ」
「無価値か……言ってくれるじゃねぇか」
迫水の言葉に再び平瀬の眉が吊り上がっていく。
「だが、ウチは違う。その信念こそがウチには必要で、それを買おうっていうんです。どうです?ウチで先輩の価値を証明してみませんか?ウチでこそ、先輩の信念は証明できるんです。無価値と言わせた世間を認めさせませんか」
迫水は前のめりになって、平瀬の顔を覗き込んだ。
目を吊り上げ睨みつけてくる顔に膝が震えた。
「ホンキか?」
「もちろん、ホンキです。言いましたよね、先輩を日本一の勝負師と見込んで頼んだと。ウチのチームに必要なのは本物の勝負師です。そして、日本一の勝負師は平瀬隆造しかいない。日本一の勝負師の手腕にウチのチームはオールインしようというんです。このベット、受けてくれますよね?」
迫水は低く鋭い語気で、言い放った。
その威勢とは裏腹に、膝の震えは止まらなかったが、上に置いた両拳を固く握り必死に抑え込んでいく。
平瀬はその動きに気づきはしたが、自分を覗き込むその眼差しに、かつての病院で沈んでいた面影はなく、その目の奥に熾火のように燃えるものを感じた。
「どうやらブラフで言ってるわけじゃなさそうだ」
平瀬は一瞬だけ穏やかな顔を見せたが、瞬時に勝負師への顔へと切り替える。
「わかった。その勝負、コールしてやろう。ただし、フォールドは無しだ」
そう言うと、平瀬は立ち上がって右手を差し出した。
迫水も立ち上がると、両手でその手をしっかりと掴んだ。
固く握手を交わす二人の顔は、かつての先輩と後輩ではなく、GMと監督であった。
交渉の行方を隣で見ていた京子は、ようやく息をつき、ホッと安堵の吐息を漏らした。




