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お友達にもなりたくないのですけれど?

 女所帯のアイラの家に男性客がやって来た。

 それも訪ねるには不適当な時間にやって来たその人は、早撃ちで銀行強盗を退治した、キース・ルクスウェル、その人である。


 その彼が何をしに来たのかと思ったが、アイラが嬉しそうに表情を輝かせているとなれば、女中のジェナは彼を居間に通すしかない。

 キースはアイラを先生と呼んで抱きしめ、おっかない家庭教師だったと嘯いた。


「あら、私がおっかないのはあなただけでしょ。悪戯ばっかりのキース坊や。お帰りなさい。さあ、さあ、王都でのあなたのお話しを聞かせてくださいな。シエラ、この子はね、昨年王都で新設されたばかりの警視庁の騎馬警官隊を率いる隊長さんなのよ」


 え、急に私に振る?

 二人の邂逅に水を差さないようにと、こっそり暇を告げようとソファから立ち上がりかけたところなのに。

 アイラは、逃がさない、と書いた笑顔を私に向けている。


「この子の為に立ち上がらなくていいのよ」

「そうそう。立派な甥がいる俺は、今や跡継ぎの輪から外れた単なる風来坊です。変な礼儀など不要ですよ」


 そうじゃない。

 誰もあなたに、かーてしー、などしようと思ってない。

 領主の弟な時点で関わりたくないのに、王都でお巡りさんしてるだなんて、私の行った詐欺行為を知られたら大変な相手じゃないの。単にお近づきに絶対になりたくない人だなってだけです。


「うふふ。お二人だけで積もる話もあるかな、かなって」

 ということで失礼させてちょうだい。


「あら良いのよ。でもそうね、初めての人はびっくりしちゃうわよね。騒々しいけど良い子なのよ、キースは」


「あれ、アイラ。俺とこの方は初めてでは無いですよ。俺と彼女が仲良く人質になっていたことは知らなかった?ね、苦楽を共にした間柄なんだよね」


 してないし、あなたが潜入してきた十数分だけ邂逅した、それだけでしょ?


「まああ、そうだったの?ええ?人質?町で銀行強盗があったせいで馬車に乗れなくて歩くしか無かったとしか言わなかったわ。まあ、人質?シエラったら、どうして教えてくれなかったの?」


「大したことじゃ無いもの。終わった事ですし」


「ハハハ。豪快な方だな。俺を助けるために立ち上がってポンって帽子を脱ぎ捨てたんだよ。もう美人だからさ、敵さんもみんな大注目」


 お化けが出現した、って感じで脅えてただけよ。

 女性に美人と言えば全員が喜ぶと思って?


「怖くて立ち上がったら帽子が落ちちゃっただけですわ。偶然です」


 私はそれ以上喋るな、という意思を込めてツンという感じで言い捨てたが、キースは領主の弟だけあって人の思惑などどうでも良いようだ。


「ええと、シエラさんて、アイラの身内だった?」


「いいえ。最近我が家のお客様になられて私のお友達になって下さった方よ」


「わお。俺ともお友達になってくれますか?」


 キースは自分に胸に右手を当てて私に軽くお辞儀をした。それからアイラの愛犬のベベのように、私に期待した顔を向けている。


 宝石のスフェーンが嫌いになりそう。

 自分の美貌を知っている男は、その美しい両目をキラキラ輝かしている。彼が今まで出会った女性が彼へしてきた振る舞いを、私にも期待してるみたいに。


「ご主人を亡くされた事、お悔やみ申し上げます。ご心痛なところにぶしつけな物言いをしたことを謝罪します」


 へ?急に神妙な顔をしたぞ。

 どうしたかとまじまじ見てしまった私の馬鹿。

 これこそキースの罠だった。

 人の生き死にを利用するなんて、なんて最低。私こそだけど。


「けれど、俺はあなたと友人になれることを望むばかりです」


「私の夫が存命でも、あなたは私とお友達になりたいのかしら?」


 あ、キースが私に向けていた表情が崩れた。

 何?という訝し気な顔に変わったわ。


「あの。君にご夫君がいる状態で俺達が友達になるのは、それは不倫になってしまうと思うのですが」


 ばふ。

 私は手近なところにあったクッションを掴み、キースの顔へと投げ付けた。


「シエラ!!」


「だってアイラ。この人は私が未亡人だからと誘惑しようとしているのよ。夫がいたらなれないお友達だなんて、そういう事でしょう。失礼だわ」


「アハハハ!!よし。では、普通のお友達にはなってくれるってことですね。これからよろしく。シエラ。ええと」


 銀行でも名乗らなかった私に対し、恐らくはとっても自分に自信があってプライドも高い男は、勝利感に溢れた風にして口角をあげた。

 そうね、通常の会話ならば絶対に名乗らねばならない流れでしょう。

 相手が脛に傷の無い相手であれば。


「お友達ならば名前で呼んでもいいものですが、そうですね、親しき中には礼儀ありで、お互いに家の名前にいたしましょう。私の名前は――」

「単なるキースでいい。君もシエラで」


 死んだ夫などいない私なのだから、私が名乗る苗字は偽名だ。

 出来る限り嘘の名は名乗りたくはないし、ヘタに探られて詐欺行為がバレたら大変だからとの物言いだったが、キースには勘違いさせただけみたいだった。


 まあ、そういう意味の物言いだったから、勘違いしても私のせいなんだけど。

 と言うか、それも狙いなんだけど、ね。

 キースは馴れ馴れしく私の右手を手に取った。


「これからよろしく。シエラ」


「いいえ。私は夫が亡くなってせいせいしている未亡人です。二度と男の人の思い通りにされたくはないと思っておりますの。今後も出会う異性の方々に、名もわからない亡霊で通したいと思っておりますのよ」


 私の右手の甲にキスをしようとした男は硬直し、私は彼に握られていた手を少々乱暴に引いた。

 父が親権を振りかざしたせいで、私は亡くなった母が縫ってくれた大切なお友達も、私がピアノを弾きやすいように母が書き込みをしてくれた楽譜も、ええ、大事な母の存在そのものを、あの継母に台無しにされたの。

 男の干渉なんていらないし、されたくないのよ。


 そして、あなた。

 どうして拒絶されて喜んでいるの?

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