表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/16

クジョウ家のとある1日

第2話投稿しました!


 「お嬢さまぁ! そろそろ図書棟から出ていらしてくださーい。出発まであと少しですよー」


 ここは研究者の集う家、クジョウ家。

 謹厳実直にして温厚篤実。

 彼らを知るものは皆、クジョウ家をこう呼んだ。

『研究バカの吹き溜まり』と。


 そんなクジョウ家に仕えて早二年。

 令嬢付き侍女・ツグミ=サクラギは、いまだ本の世界に没頭している小さき主に向かって声をかけた。


「ごめんサクラギ。本見繕ってた。そしたらつい、時間忘れてた」


 まるで川のせせらぎのごとく、軽やかで涼しげな声がサクラギの耳に響く。

 その声はやけに遠いが。


「マドカお嬢さまー、いったいどれだけ高くまで登ったのですかー!」

「いま20階いる。降りるから少し待って」


 それを聞いて、サクラギはやれやれとため息をついた。


 王国・サンライズの侯爵令嬢マドカ=クジョウ、五歳

 容姿端麗、頭脳明晰の彼女だが、一つのことに没頭すると途端にまわりが見えなくなる。


 そもそもまだ五歳なのに図書棟の二十階にある本を読んでいること自体がおかしいのだ。

 そこにあるのは大学レベルの学術書である。


「荷造りは終わったのですかぁー!?」


 おそらくいま十階付近まで下りてきたであろうマドカに向かって、サクラギは尋ねた。


「向こうの家の子に贈るものがまだ。この前しおりにしたカスミソウと、緑茶の茶葉と、町で買ったクッキーを包んで……このまえサクラギがくれた香り袋もおすそわけする。それから……」

「お嬢さま旅行鞄はご覧になりました?」

「……入るもん」

「無理かと思います」


 マドカはサクラギが作った香り袋を、自分の気に入っているカバンに着けたり枕元に置いたりしていつも持ち歩いている。

 贈り物の一つにそれが含まれていたことが嬉しく、サクラギはついつい頬を緩めた。


「イチノミヤ様、寛容な方たちだと、父さまも母さまもいう。『北の守護神』の名に恥じない活躍、しながらも驕らない。すばらしい人たち」

「左様でございます。彼らは絶大な権力を持ちながらも決して道理を曲げることはなさらない。王家からも信頼されている宰相一家ですからね」


 唐突に今日の訪問先のことを褒めだすマドカを不思議に思いながらも、サクラギは頷いた。


「我が家のような研究好きの家も馬鹿になさらないと聞いて少し浮足立ってた。荷造り遅れてごめんなさい」


 クジョウ侯爵家は一族全員が何かしらの研究者である。


 母は植物学、父は天文学、一人目の兄は工学で、二人目の兄は地質学、といった具合に九条家に死角なし、と言わんばかりの強力な布陣である。


 あらゆる分野で活躍する一方で「政に興味のない愚か者」「世間知らず」と言ってはばからない華族もいた。

 研究の功績で今の地位を確立したクジョウ家を疎ましく思うものも多い。

 マドカが年齢に似合わず大人びているのはそんな者たちの目にさらされ続けてきたというのもあるのかもしれない。


「謝る必要はありませんよ。お嬢さまの好きなこと、イチノミヤの方も気に入ってくれたらよいですねえ」


 そんな奴らは一切滅びればいいと過激な思想を展開していたサクラギであるが、やはりそれは大好きなマドカの幸せを祈ってやまないからであった。

 マドカは可愛らしくて、皆の誇りだ。


「うん。うれしい。どうもありがとうサクラギ」


 振り返りながらにこりと笑うマドカ。


 父親譲りの黒くつややかな髪はするりと流れ落ち、母親譲りの透き通るように白い肌が薄桃色に染まる。

 そこにいた全使用人は、その場で膝から崩れ落ちたそうな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ