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03 マルタ

 珍しい事もある物だと驚かされる。


 この年若い領主は、時々学び舎に子どもを連れて来るが、自分を師と呼ばせる様な事はなく、あくまでこれから生きていく為の力を付けさせる為に、身寄りの無い子どもを拾ってくるだけだった。


 その彼と嬉しそうに握手する少年を見ながら、数年前の事を思い出す。


「旨いなぁ、この粥はあんたが作ったのか?」


 瞳を布で覆った見かけない少年が、配給所でマルタの作った粥を食べなら話しかけてくる。


 急に話しかけられて驚かされたが、同じ様な年頃の少年が、仲良く並んで食事をしている様子は微笑ましく、ついこちらも問いに答える。


「そんなに美味しいかい?」

「あゝ、粥はちょっと生臭い匂いがするから苦手だったんだ」

「そうなのかい?」

「これは旨い」


「ちょっとした手間をかければ、粥なんて簡単に美味しくなるさ」

「手間?」

「肉の破片や骨を使って出汁を取るのさ」

「ダシ?」


 マルタは王都の壁外に作られた配給所で料理人をしていた。

 王都から配られる僅かな肉と麦を使って、食べる事も難しい外民達の為に麦粥を作る。


「あゝ、王都から配給される肉の中身はほとんど骨や皮ばかりだからね」

「ふ〜ん」


「おかげで美味しい出汁だけは沢山とれているよ」

「へ〜え、そんなに骨ばかりが配給されているとは知らなかったなぁ」


「お前さんは、あまり見かけない顔だねぇ」

「あゝ、最近来たんだけど、、、配給所の中で、ここの粥が一番旨かったよ」


「色んな所の配給所に行ってたのかい?」

「うん。どうせ食べるなら、旨い方がいいからね」

「ちゃっかりした子だねぇ」


 どこかの領地から流れて来たのか、着ている物は汚れているし、信用出来るかも分からないが、綺麗に食事をする様子がマルタは気に入った。


「また明日もおいで」

「また粥を作るのか?」


「今日の分はもう無くなっちまったからね、明日は多めに作って置くよ」

「じやぁ、また来る」


 そう言うと仲良く二人でどこかに行ってしまう。 

 そんな様子を見ていると、目の不自由な子どもとリグが、二人で助け合っている様に見えて微笑ましい。


 翌日、少し早めに下準備を始めていると、ひょいと二人が顔を見せるので、驚いてマルタが声をかける。


「おや、こんなに早く来たのかい?」

「何をしているのか、見に来たんだ」


 目を覆った少年が、えらく楽しそうに答えると、それから彼の疑問が無くなる事は無かった。


「この水音はなんだ?」

「今は何をしてるんだ?」


 マルタが何かすると、彼の声が聞こえてくる。


 おかげで、『骨についた血や内臓を、先に洗い流しておく』だの、『一度熱いお湯をかけると、臭みがなくなる』のだと教える羽目になっている。


 聞かれる疑問に一つ一つ答えるのは、面倒なはずだった。


 だが狭い厨房で、彼らはマルタの邪魔にならない様に動き、こちらが嫌にならない程度に聞いて来るので、負担に感じる事も無い。


 そうして粥が出来上がると、嬉しそうに二人並んで座っているので、つい彼らの目の前に(わん)を並べてしまう。


「仕方のない子だねぇ」

「ん?」

「まだ時間じゃぁ無いんだけど、、、まぁ、子どもはお腹が空くもんだからね」

「うん、ありがとう」


 綺麗に粥を食べ終わると、礼を言う辺りがどうにもこの二人は憎めない。

 本当に不思議な二人だと見ていると、相変わらず瞳を覆った方が話し始める。


「マルタはどうして配給所で働いているんだ? これだけの腕があれば、いくらでも他に行けただろ?」


 王都にいる外民は、王都に住めるだけの報酬を貰える仕事に付くか、他の領地への移籍を望んでいる。

 それが出来なければ、いつまでも安定した暮らしは得られない。


「私の希望を叶えてくれる相手がいなかったんだよ」

「この粥を食べるのは、そんなに大変なのか?」


「私には、妹と娘がいるんだよ、三人でと言うのが、難しくてね」

「三人一緒ならいいのか?」

「そうだねぇ」

「どこでも?」


 身体が弱く働く事が難しい妹と、幼い娘を養いながら王都で生活するのはまず不可能だった。

 だがどこかの領地に移籍するには、領主に認められる以外にも、三人分の移籍料が必要になる。


「おや、約定を結んでくれるんですか?」

「俺はダメだ」


「あらまぁ」

「俺では、後三年は待つの事になる」

「残念ですねぇ」


「だから、すぐ結べる奴に頼んでくる」

「まぁまぁ、では楽しみに待っていますよ」


 マルタは少年と言葉遊びをしているつもりだったが、二日後、彼がウエストリア領への移籍が記載された約定を持って来た。


「本当にいいのかい?」

「何だ、気に入らないのか?」


「まさか、でもこの約定だと、妹は働く必要が無い事になるよ?」

「体調が悪いなら、難しいだろ?」

「それはそうだけど、、、」


 領主と領民は、保護と労働力という関係があるから約定を結ぶが、それが出来ない相手と約定を結ぶ事は無い。


 おまけに移籍の費用まで、領主が負担してくれる事になっているのを見ると、あまりに条件が良すぎて逆に信用出来ない気までしてくる。


 “セリス・フォン・ウエストリア”、自分が約定を結ぼうとしている相手の名前は知っていても、会った事もない人間を信じる事は難しい。


「いずれ様子を見て妹の方は考えればいいさ、とりあえずマルタがいれば、俺は旨いメシが食える」


「あんたもウエストリアにいるのかい?」

「あゝ、俺はこの人の小間使いなんだ」


 彼が、持って来た約定に記載されている名前を指差して答える。

 自分の粥を旨いと言った時とは違う、その弾むような声を聞いて、彼の持ってきた約定を信用し結ぶことに決めた。


 その四年後、嬉しそうに自分を兄の小間使いだと言っていた人は領主となった。

 変わらずよく人を拾ってくるし、マルタの食事を美味しいと言ってくれるが、あの時のように弾んだ声を聞くことは無い。

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