05 エレノア妃
「なぜこんな事をした」
エレノア妃は、美貌や身分では無く、聡明さで后妃に選ばれた人であった。
気が弱く貴族達との政務を苦手としたイズル王を何年も助け、それを認められていた人でもあった。
「私は、愛情の代わりに、力を手に入れたたいと考えただけだわ」
「イズル陛下は、貴方を大切にしていたと聞いているが」
「大切? もちろん大切だったでしょうよ、私がいないと政務が行えないのだから!」
「それだけでは無いと思うが」
「そうだとしても許せなかったわ、せめて第三后妃を迎えてくれていたら良かったのに、、、」
「夫を、より多くの妃で共有したいものなのか?」
イズル陛下は、王室の中では珍しく后妃を二人しか持たなかった。
「陛下が第三后妃を迎え無かった理由を知っている?」
「いや、、、」
「あの人はね、キャスが可哀想だと言ったのよ。まだ16歳になったばかりの彼女に、その様な負担を与えるべきで無いと言ったの」
タリム王子の母親であり、イズル陛下の第二后妃であったキャスリン妃は、陛下が望んで妃に迎えた人であった。
伯爵家の娘であったキャスリンを望み、彼女が16歳になるのを待って、婚約と当時に后妃に迎えた最愛の人。
彼女を迎えるのを条件に、イズル陛下はエレノア妃を第一后妃にしたとも言われていた。
「では私は何だったと言うの? たいした後ろ盾も無く連れてこられた王室の生活が、辛くないとでも思っているの?」
「王室を出る事を考えなかったのか?」
「そんな事を考えた時もあったけど、義務のような行為でも、子どもが出来てしまえばそれも不可能だわ」
エルメニアの法では、子どもは母親の籍に入る。
もし離縁するような事になれば、子どもはそのまま母親に引き取られる形になるので、まず父親が離縁に同意する事は無い。
それ故、子どもがいる場合、婚約や結婚の破棄は非常に難しく、それが王室の場合は確かに不可能に近い。
「陛下はずっと三人目の后妃を断り続けたわ、あの気弱な人がそれだけは譲らなかった」
エレノア妃が思い出を吐き出すように話す。
「彼の愛情をキャスリン妃が独り占めしているなら、せめて自分が守って来た国を、自分の息子に継がせたいと思って何が悪いの?」
だがエレノア妃が産んだイスハ様は、魔力に問題は無かったが、イズル陛下と同じように政治に興味を持てる人では無かった。
タリム様が皇太子に選ばれたのは、年長である事よりもイスハ様に政務を担わすより、公爵家に降下した方が幸せであろうと言う、陛下の心遣いのように思えた。
だが彼女には、王室に嫁いで自分が築いた地位と権力を、今になって手放すなど考えられなかった。
その為、タリム王子が皇太子になった頃からエレノア妃は少しずつ変わっていった。
「力を手に入れたい気持ちなど理解できんな」
「生まれた時から、全てを手にしていた人には分からないわ」
「そうだな、この瞳を持って生まれた時から、力は常に自分が持っているものだ。
そして持っている以上、やらなければならない事はあっても、やらなくてもいいと言う自由は無いからな、せっかくの自由を手離したい気持ちなど理解できん」
「権力があれば自由になる事が出来るわ」
「今まで貴方が自由だったとは思えないが」
「それは、、、仕方がないわ、力を得るためだもの」
「やっぱり分からんな、わざわざこんな形で面倒事を引き受け無くても、貴方ならもっと別の道があったと思うが、、、今を貴方が選んだのであれば仕方がない」
「別の道なんて無かったわ」
「あったさ、選ぶのは自分なのだから、そんな事はいつでも出来た」
「決められた道を進むしか無い人に言われたくないわね」
吐き出すような后妃の言葉が聞こえてくる。
確かにセリス様がいなくなった以上、どんなに望まなくてもウルフレッドは領主となる必要がある。
后妃と話をした後、王宮からウエストリアの屋敷に戻る。
「后妃はそのままで大丈夫なの?」
「問題ないだろう、おそらく陛下は長く無い、わざわざ王宮から外に出す必要はないし、エレノア妃が無謀な事をするとは思えない」
「、、、陛下はキャスリン妃が亡くなってからも、ずっと第二后妃だけを愛していたのかな」
「分からんな。どちらにしても思い出と争うことは難しい」
「ちょっとエレノア妃が可哀想に思えたよ」
「そうかもしれないが、、、彼女の選択を認めることは出来ない」
「分かってる」
「だが后妃に一つだけ礼を言わなければならないな。今まで自分から何かを望んだ事は無かったが、これからは目的が一つ出来た」
「今まで課せられた義務を、そんなに嫌がっている様には見えなかったけど、、、」
「当たり前だ、避ける事が出来ないなら、さっさと終わらせるしかない、それなら少しでも楽しめる方がいいし、結果がいい形になった方がいいだろう?」
「確かにそうだ」
「それに領主になるのを面倒だと思っているのは本当だが、その仕事を少しばかり面白いと感じているのも嘘では無いさ」
ウエストリア屋敷に戻り、セリス様の私室でゾルド教の教祖の件や王室の話をフレリア様に伝えた後、ウルフレッドがフレリア様と話している。
「義姉上、少しの間、兄上と二人にして頂けますか?」
フレリア様が外に出るので、ウルフレッドに聞いてみる。
「僕も外で待つ?」
「あぁ、少し時間が欲しい」
「大丈夫?」
嫡男であったセリス様が亡くなられた以上、後を継いでウルフレッドがウエストリアの領主にならなくてはなら無い。
それはおそらくウルフレッドが大切にしていた、僅かな自由が無くなったと言う意味でもある。
王都にいたセリス様が、体調を崩されているルベス様の代わりに、西方辺境伯としての政治的な仕事は全て代行していた。
これからそれら全てを15歳の少年が、代わりに行わなければならない。
「大丈夫さ、今までと何か変わる訳じゃ無い」
確かに彼はウエストリアの領地で父親の代行としての仕事をしていたし、領民達にも慕われている。
だが、広大な領地を治める事は、それほど簡単な事では無い。
翌日、イズル陛下の死亡が伝えられ、第一后妃とその周辺の者達が捕らえられた。
后妃の息子である第二王子の幽閉や、后妃の周囲にいた貴族達から爵位の剥奪が行われ、結果的に自分の敵を排除する形でタリム王は即位した。
ウルフレッドは “ゾルド教の関与を認める”証言を得ていたため、この時からゾルド教をエルメニアから排除し、教祖を追うために動き始める。




