06 再会
「ファーレン、ロジー爺と話をしてくれるか」
「父上、ロジーが何か?」
ロジーはローエングルグ家の馬丁頭で、馬を育てる腕は確かだったが、そろそろ引退しても良い年齢になっていた。
「いや、何でも弟子にしたい少年がいるらしいのだが、その少年の事を聞いて来て欲しい」
「ロジーが弟子に、ですか?」
「いや、そんな事を言っていたようなのだが、、、」
「ロジー爺が、ですか?」
ロジーが自分から弟子にしたい者がいるなど、その逆はあっても今まで聞いた事がない。
おまけにその事を父に伝えないなど、あり得るだろうか?
ロジーは何事もはっきり口にする人だった。
今まで多くの弟子達が彼に学んだが、およそ遠慮などを持ち合わせていないので、新しい馬丁が来ると暫くの間、罵声で馬小屋は大変な状態になる。
それは領主に対しても同じで、父が子どもの頃からローエングルグ家に仕えているので、もの言いにも遠慮などは無い。
「分かりました」
最近、新しい使用人が入ったとも聞いていないし、どういう事だろうと馬小屋に向かうと、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「これは“ユズリハ”を混ぜているのか?」
「よく分かるな」
「匂いが違うからな」
「見えないとそんなに違いが分かるものなのか?」
「そうだな、目はとても簡単で便利な道具だが、使えない時はそれ以外を必死に使うようになるからな」
「ほう」
「まぁ俺には魔力もあるからな、使わなくても困ることはない」
「そんなもんか」
「それより、餌に“ルファ”などは使わないのか?」
「“ルファ”とはなんじゃ」
「“サネージ”と同じような物だな」
「ほう、同じなら使ってみるかのぉ」
「“サネージ”より育てるのが簡単だが、配分は考える必要が出てくるだろうな」
「そうじゃのぉ」
馬屋の掃除を手際よく片付けながら、ロジー爺と一人の少年が話をしている。
ロジーは腕も経つが、長く同じ仕事をしている者によくあるように、新しいものを受け入れ難いような所があった。
それが彼の言葉を素直に聞き入れているのには驚かされるが、このまま放って置くわけにも行かないので、馬屋に入って行くと、ロジーが驚いて声をかけてくる。
「おや、坊ちゃん」
「爺、驚かさないでくれよ」
「どうされました」
「いや、いいんだけど、、、、、、彼、僕の友人なんだ」
ファーレンの友人であれば、貴族の息子という事になるので、彼を馬丁には出来ない事が分かる。
「そうでしたか、、、残念ですなぁ」
「悪かったな、俺は今、何の仕事が出来るか考えている所なんだ」
貴族でも嫡子で無ければ家を継がず、他の仕事を選ぶことも出来る。
「馬を育てるのは面白いぞ」
「そうだな、思っていたよりずっと面白かった」
「そうじゃろう」
嬉しそうにロジーが答えているが、いくら嫡子でなくても彼が馬丁になれる訳がない。
「もう一人はどこにいるの?」
彼が一人で動くはずが無く、必ずリグが一緒にいるはずなので尋ねる。
「オルは、食事場だな」
「食事場!?」
「ここならオルがいなくても、誰も俺に近づけない」
屋敷の母屋から離れた場所にある馬屋なら、魔力を持った者が近づけば彼にも分かると言う意味で、つまり自分がここに来た事は、既に気が付いていたと言う意味になる。
それにいつから家に来るようになっていたのか知らないが、馬屋だけでなく、食事場にまで出入りしていて、誰も何も言わないなんてどうなっているんだ!?
こちらが頭を抱えている間に、彼は馬丁達に混じって馬屋を掃除した後、まだロジーと話を続けている。
「今後、“ルファ”の種を持って来るからな、配合などが分かったら教えてくれ、それにせっかくだから爺の頭の中にあるものを紙に残せよ」
「面倒じゃのう」
「爺が死んだら俺が困るだろ」
「なぜじゃ」
「馬丁になれなくなる」
「仕方のない奴じゃのう」
全く困った奴だと言うようにロジーがしかめっ面しているのが見えるが、声はいかにも嬉しそうだ。
一体、どうなっているんだ?
彼の弟子が残した物はあっても、今までロジーが自分の知識を残すなんて、受け入れた事はない。
おまけに自分の友人と聞いて一瞬戸惑った馬丁達も、彼の態度が変わらないので緊張も無くなっている。
「また来る、爺も元気にしていろよ」
馬屋を出た後、『腹が減った』と迷うことなく食事場に行く彼に声をかける。
「いつからいたの?」
「二か月前だな」
確かに約束の二年は、二か月前に過ぎている。
「もう少し、分かり易く来てくれればいいのに、、、」
「面白くないだろう? それに仕事を探しているのは本当だ」
「無理に決まっているだろ?」
「なぜだ?」
「キミは領主になるんだから」
「それは兄上に任せる」
「そうだとしても」
「兄上の手伝いをしながら、他に何もしてはならないと言う決まり事は無い」
無茶苦茶な話だが、本当にそうなりそうに思えるのだから困る。
僅か二か月の間に、彼は馬屋と食事場で働く人達に受け入れられてしまっていて、誰も違和感を持っていない。
本来なら瞳を隠すように巻かれている布にも、寄り添うように側にいるリグにも警戒していいはずなのに、それも全く感じられない。
『面白そうだったから』
どうして使用人と一緒にいたのか聞いたファーレンに、彼はその時も同じように答えた。




