09 改名
それから三日、森から溢れ出る様に現れる魔物を狩り、どうにか落ち着いたと思えた頃、イルネラの街にあるイルゼルトの屋敷に招かれた。
「ようこそおいで下さいました」
「ごゆっくりお過ごし下さい」
入口で魔物の集まる街には相応しく無い二人の令嬢に迎えられ、逃げるように見知った顔を探す。
部屋で寛いでいた彼は、瞳を覆う布は外していたが、相変わらず平民と変わらない格好をして、周囲にいる騎士達と話していた。
「遅かったな」
「俺がこんな所に来て大丈夫なのか?」
「今日は無礼講だ、気にするな」
「しかし、ろくな服装も持っていないし、どうもこう言う場所は落ち着かない」
「最初だけだ、すぐに慣れる」
「そうなのか? まぁ、別に慣れる必要もないけど、、、」
「それよりメシでも食べろ、好きなものを取って来いよ」
「分かった」
周囲の騎士達にも教えられ、満足出来るくらいの料理を食べ、少しばかりのお酒を飲むとやっと落ちついてくる。
「お前、王都に行きたいのか?」
「えっ?」
「ウエストリアに移籍するより、その方がいいのか?」
「そりゃぁ、領地に移籍出来た方がいいさ」
「なぜ、俺にそう言わん」
「お前が領主の息子だからか?」
「そうだ」
「今、言うのは狡く無いか?」
「ん?」
「今、それを言うとさ。たいして役に立った訳でも無いのに、今回の事を盾にとっているみたいで、、、」
「ハハッ、やっぱりお前は面白いな」
彼の面白いと言う評価が、悪いものでは無い事は知っているので放っておく。
それに貰えた報酬が思ったより多かったので、領地の事はのんびり考えればいい。
「それより、名前を変えたいんだ」
「名前?」
「クリンってさ。"弱虫クリン"って本があるだろ。昔からよく言われて嫌だったんだ」
「悪い名前ではないだろ?」
“弱虫クリン”は、村人から弱虫と呼ばれていたクリンが、知恵を使って村を守る話で、確かに悪い話ではない。
「分かってるよ、だけど俺には向いてないだろ?」
「ハハッ、確かにそうだ、お前なら力で守る事になるなぁ」
「だからさ、籍を移す時に名も変えられるって聞いてから決めてたんだ」
たいして興味なさそうに聞いていた彼が、思いついたように言い出す。
「よし、俺が新しい名を考えてやる」
「お前が?」
「そうだな、、、クラウス。クラウスって言うのは、どうだ」
「クラウス、、、ちょっと貴族みたいな名前だな」
「いいだろう? クラウス・イルゼルトなら響もいい」
口に入っていた物を外に吹き出す。
「おい、イルゼルトってなんだよ」
「ん?」
「この家の名だろ! 人に聞かれたらどうするんだ」
「別にいいだろう? この家の娘達と結婚すればそうなる」
「いい訳無いだろう!」
そんな事を平民の自分が言いでもすれば、不尊だと言われて、見ぐるみ剥がされて街の外に放り出されても文句も言えない。
「お前、彼女達に迎えられただろう?」
「彼女達?」
「気に入らなかったのか?」
「何の話をしている」
「美人姉妹だと言われていたはずだがな、そんなに理想が高いのか?」
「ちょっと待て、何を言っているのか最初から説明してくれ」
「イルゼルト家には二つ違いの姉妹がいる。この姉妹が、気に入った男を結婚相手に選び、そいつが次の当主になる」
「二人?」
「イルゼルト家は昔から姉妹の場合、同じ相手に嫁ぐ」
「二人とも?」
「気に入らなかったのか?」
入口でにこやかに自分を迎えてくれた人がそうなら、気に入らない訳が無い。
「いや、そんな訳無いだろ。けど何でお前じゃないんだ」
「俺は無理だ。この目の所為で此処にいると魔物が活性化する。せっかく眠らせたものが目覚めると困るだろう?」
「目?」
「これは先祖返りみたいなものさ、あれを傷つける事が出来るのもコレのおかげだが、逆に目覚めを引き起こす事にもなる。一年、二年の話なら問題無いかもしれんが、ずっとここにいる事は出来ん」
「別に自分の屋敷に行けば良いだけで、、、」
「二人は必要ないからな。一度に二人は効率が悪い。お前がどうしても一人だけがいいと言うなら、もう一人は俺が貰ってもいいが、、、」
「お前なぁ、女性に対して効率とか言うな」
「ん?」
「確かに入口で令嬢達に挨拶されたが、別に俺だけでは無いだろ?」
そう言うと、彼が近くにいた騎士に尋ねる。
「テリアス、お前、フィアとティアの二人に会った事があるか?」
「残念ながら」
周囲を見渡すと同じように騎士達が首を横に振る。
「言っておくが俺も会った事は無いぞ、お前の言うように俺だと一人だけだと言い出す事や、効率などと言われる事を知っているからだろうな、顔も見せん」
「何で俺なんだ」
「知らん」
「今日、初めてこの屋敷に来たんだぞ」
「ここはイルネラだぞ」
「そんな事、知ってるさ」
「いくら屋敷の中と言っても、数日前までこの辺りを魔物がウロウロしてたんだ」
「それが何だよ」
「そんな場所で生まれた時から暮らしている娘達を、その辺の令嬢と一緒にするのは止めておけ」
「それは、、、」
「俺達が知らない見方が、彼女達にはあるのさ」
「そう言うものなのか?」
「それもあってなぁ、イルゼルトの娘は面倒だから出来ればお前が二人とも引き取れ」
「お前なぁ、だから女性を馬みたいに言うなよ」
「種馬なのは俺達のほうだぞ」
「やめろって」
女性に興味の無い彼の事は放って置くとしても、そんな話があるのだろうか?
彼女達が自分を気に入った理由も分からないが、彼が言う事が本当なら、美しい妻が二人も出来る上に貴族になれると言う事になる。
彼が嘘をついた事は無い。
その点は信用できると思ってはいるが、余りに荒唐無稽で、自分に都合が良すぎる気がする。
「現当主のバルトも昔は冒険者だから出自を気にする必要は無いが、この話を受けるには一つだけ条件がある」
やっぱりそれほど上手い話など無いんだと、何を言われるか覚悟して、彼に問いただす。
「何が必要なんだ」
「ウエストリアに移籍しろ」
そう言って彼が、いつものようにニッと笑う。




