第二十二話:話し合うために
―陸視点―
「――成程。それが勇者達の総意、という訳ですか」
それは、思った以上の重圧。
身体が凍ったように動かず。
震えを抑えるので精一杯だ。
でも、ある種当然なのだろう。
相手は二百年を生きる長命者。
日々を魔物と戦う事に特化させていた僕たちでは、分野においての年季がまるで違うのだと理解した。
「――力で、押さえつけるつもりはないと」
改めて、彼女は言葉を紡ぐ。
…当然だろうけど。
その表情は硬くて。
此方の意図を理解しようと……或いは理解した上で、更なる言葉を欲している。
「勿論、依頼を放棄するわけじゃありません」
「双方の意見を聞いて、私たちも一緒に考えたうえで判断します」
だから、此方も対話する。
これが無いと始まらない。
土俵にさえ立てないんだから。
「では、罠に嵌められれば? 交渉すら跳ねのけられたら?」
「その時は、大人しく転進です。何時でも逃げられるようにしっかりと判断して動きます。もし看破できなかったら……その時は、師匠の教え方に不備があったんですよ」
「――ふ……くくッ」
視線を向けられた本人は。
立ったまま苦笑していて。
表向きか、別の意味か。
僕たちの考えに反対しているようでもなく。
異を唱えてこない以上、こちらを尊重してくれているらしい。
もしくは……その逆で。
一度痛い目を見るのも勉強の内と考えているのか。
―――でも、僕たち自身。
獰猛な亜人種族の手に落ちる事が有れば。
どのような末路を辿るかは知っている。
何度も、何度も…うん。
幾度となく悲惨な光景を目にしてきたから。
だからと言って、可能性が確かに存在しているのに対話を避けるのは違う。
だって、僕たちは。
魔物を狩る【冒険者】である前に、心を救う【勇者】だから。
物語の英雄がうたわれるのは。
ただ、強かったからじゃない。
力で全てを解決したからじゃない。
時にはそれも必要だけど。
過去の英雄たちは、確かな信念のもと、皆が笑い合う平和を実現するために戦った。
だからこそ種族問わず、多くのものたちに賞賛された。
亜人が治める国家でも祀られた。
そんな勇者になりたいからこそ。
「僕たちで、話し合いに行きます。トロル氏族の長と」
セレーネ様は、目を細めていた。
その意思を読み取ることは出来ない。
「……では、任せるとしましょう。我らは座して待つ立場。どのような結末であれ、苦言を呈する立場にありませんが…良い報告を待っていますよ」
「「……………!」」
どのような考えだとしても。
それは、本当に嬉しい言葉。
でも、一国の王様に対して。
少し…凄く横柄だったかな。
双方の反発を得るのが、最も避けなければならない事だ。
それじゃあ、解決するどころではないから。
しかし、彼女は僕たちに託してくれたのだ。
「「有り難うございます!!」」
だから、大きく頭を下げ。
最大限の謝意を伝える。
勇者なんて言われても。
結局の所は何の権力があるわけでもなく…頭を下げて減るようなモノは何も持ち合わせていない。
でも、ある意味では自由だからこそ。
多くの人に頼られるんだろうね。
……そして、決まったのなら。
後は愚直に進むのみ。
出来得る限りの装備を整えた僕たちは、すぐ出発する事になった。
◇
「うおぉぉぉ!!」
「ウオォォォ――ォォッ!?」
「ねぇ。やっぱり康太って魔物寄りじゃない?」
「……ふふっ」
「確かに、獰猛だもんねー」
女の子たちに対しては。
すごく初心だけどねー。
雄たけびをあげて掛かってきたトロルは。
同様に雄叫びを上げる彼によって打ち倒される。最前線で活路を開いていく彼はしかし、まるで疲れた様子を見せず。
どれだけ負荷がかかっても。
すぐに疲労が回復するのだ。
こと継続戦闘において。
彼の持つ【リカバリー】はとてつもないポテンシャルで、極論を言えば何日だって戦える。
その側面は僕と美緒が補強し。
後方は春香が援護してくれる。
四人いれば、問題なく対処できる範囲内だ。
しかし、だからと言って。
油断して良い訳じゃない。
確かに総合値はこちらが上でも、膂力や体格で負けている分、捕まったら非常にマズい。
ボキボキならまだしも。
グシャリはちょっと嫌だ。
そうなれば、流石に治癒は難しいから。
「――美緒ちゃん!?」
「大丈夫…です。全部同じ手順をしているだけ――ですから」
陸上選手のような前傾姿勢のまま。
或いは、それ以上に前のめりで。
閃光のように走り続ける美緒は、理論上できる最大限の速度を出している。
少しでもズレれば転倒し。
角度を誤れば一瞬で致命傷を負う。
最短最速と言うは易いけど。
本当にやるのはあまりに危険な行為。
―――だけど、彼女なら問題ない。
美緒の異能は完全再現を行える【ラウン】
一度成功さえしてしまえば。
それこそ、連続して超人的な身体能力を発揮することが出来る。
滑らず、違えず、失敗せず……。
千に一つ、万に一つのミスすら潰す。
決して、運に身を任せない闘い方だ。
「……いやさ。ヤバいだろ、アレ」
「ぶっ壊れだよねぇ、美緒ちゃんの異能……と本体」
「要するに、全部だよなぁ」
皆そうなんだけどね。
彼女のソレは、応用性がとにかく広い。
あと、春香の言う通り。
本人の力量も凄まじい。
―――でも。
やり過ぎ禁物なんだ。
頃合いを見計らって。
そろそろとばかりに。
彼女の横から前へと出て、役割を変わる。
「さぁ、次は僕が前に出ようかな」
「……陸君?」
「無理し過ぎ。負荷がかからない訳じゃないんだから」
身体を強制的に追いつける異能。
故に、短時間で何度も行使すれば五体は悲鳴をあげる。
今だって我慢している筈だから。
「一人で無理はしない――でしょ?」
「……はい。スミマセン」
あの時は恥ずかしかったけど。
でも、本当に嬉しかったから。
決して一人が先行せず。
皆で戦うという事を、忠実に守って走り続ける。
今回の目的は偵察などではなく、完全な話し合いになるため、当然に一番偉い人がいる場所まで直行するつもりなんだ。
「結局の所、どんな場所だと思う?」
「オークさんコロニー」
「……アレと同じは嫌ですね」
「前情報通りならあり得んだろうけどな。実際の所は、もうちょっとマシであって欲しいというか」
……………。
……………。
拓けた一帯。
大森林の最奥にあって、地表が剥きだしたへそのような場所は。
まるで…まるで。
「――集落じゃん。農村部じゃん」
「普通に住めそうだな」
「どう思います? 陸君」
「……やっぱり、想像と同じ。凶暴化しているようには見えない」
思わず、辺りを見回す。
家屋があり、井戸があり。
どう見ても可食植物と分かるものが生育されていて。
これまで魔物の築いたコロニーを見たことは何度かあったけど、それらとはまるで異なる。
流石にエルシードとは比べられないけど、十分に人が住める設備だ。
「ゆっくり見ている暇はありませんね。――来ましたよ」
あぁ、当然にそうだった。
ゆっくり物見遊山している暇は無く。
ぞろぞろと集まってくる人型の魔物と、その中心にいる存在。
とても、異質な外見だと言えた。
茶色の体毛に違いは無いけど。
二つの頭部があって。
二対の腕が伸びる姿。
異形と評して良いその姿は、トロルの上位、【多頭種】だ。
「キサマら。ナニゆえワレらがリョウイキにアシをフみイれた」
最初から、言葉が分かる。
僕たちがどのような存在であるのかを理解している。
「僕たちは、見ての通り人間です」
「貴方が、氏族長ですか?」
「……イカにも。ワレこそがシゾクチョウ――」
「あぁ、うん。それ嘘!」
「「――了解ィ!!」」
春香の異能【テクト】は。
言葉の真偽を見極める力。
彼女の言葉にすぐ思考を切り替え。
改めて姿勢を正した僕たちは、その巨体に向かって突進していく。
「………ッ!? キサマなぜ――ブヘ!?」
「「******!!」」
「ティアスサマ!」
確かに聞いていた特徴通りだけど。
上位種が必ずしも一体だけだとは、誰も言っていない。
こっちも急いでいるから。
囮に付き合う暇は無く、通り抜ける。
……だって。
如何にも長が居そうな建物、目の前にあるし。
倒れ伏した多頭首に構わず。
トロルたちを警戒しつつも。
掛かってくる者たちだけを昏倒させつつ歩を急がせ、そこへと到ると……あぁ。
やっぱり、いた。
先程と同じく、異形の姿で。
二つの頭と二対の腕を持ち。
しかし、その印象は。
全く異なるモノだね。
手に嵌まるは鋼鉄の輝きを持つ小手…ガントレット。
全身に装備を固め、万全の状態で立ちはだかったトロル。ならば、先ほどまでのトロルたちは時間稼ぎだったのだろう。
「賊とは聞いていたが……何者だ、貴様らは。我が弟を討ち取ったのであれば、生中な実力ではないであろうが」
言語は、より堪能。
訛りや違和感が感じられない程に翻訳がスムーズで。
彼は、高い知性を持っている。
その眼はこちらを見極めるように細められ。やや毛深い、獅子を彷彿とさせる姿でありながら、大鷹のような狡猾さを感じさせる。
「討ち取ってはいません。皆、昏倒させただけです」
「……なに? 何故、そのような手間を」
「あたしたちは勇者です」
「話し合いに来ただけなんで」
確証が取れたのなら。
次こそは対話の時間。
偽らざる真実を話し合うため。
僕たちも最初から、真実のみを伝える。
……が、しかし。
二人の言葉へと。
多頭首のトロルは怪訝な顔をした。
「――ユウシャ? ……いや、知らんな。それは何かのまじないか?」
初めてとも言える反応。
あまりにそっけない返答を受け。
仲間へ視線を送る。
「それは、ちょっと予想外なんだけど?」
「……らしいっすよ、親分」
「どうしましょうかね」
「……どうもこうも…ねぇ?」
「では、話を変えます。僕たちは、エルシードから依頼を受けてきました。不殺は、当然の誠意です」
「――あの、女狐」
忌々しそうに呟く多頭首。
どうやら、互いに認知はしているようで。
猶更ここで引くわけにはいかなくなった。
意地でも話を聞いてもらわないと。
「貴様らの言いたい事は分かった。……が、その話とやらを我が聞く義理は――ないであろう?」
あぁ、実際その通りで。
対話とはそういう物だ。
一方にでも歩み寄る気が無ければ、成り立たぬもの。
既に戦闘意思を持っている相手。
そういった存在に聞く耳を持たせるには。
「……話、聞いてもらいますね」
「ほう? では、くるか。客人はもてなそう」
これが彼等の歓待。
凄く楽しそうだね。
―――彼自身が。
互いに武器を構え。
ニヤリと笑うトロルは、声高々に宣言する。
「――我は氏族長ランディア。来るが良い、名も知らぬ人間たちッ!!」




