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90/110

90:次の相手は、被瀬結だ

「っおい! なんで抱き上げるんだよ?!」

「動けないから運ぶ必要があるじゃないですか」

「先生がやってくれるだろ?!」

「先生に抱きかかえられるというのもなかなか恥ずかしいと思いますけど?」

「覆瀬に抱きかかえられる方が嫌だよ!」


 勝敗が決まり、俺はそれを聞くなり大手さんを抱きかかえ……つまりはお姫様抱っこをして運ぼうとしている。

 それを口では拒否する大手さんだが、現状動けない状況にあるため、体で拒否をすることはできない。


「でも、正直すぐにでも医務室に行ったほうが良いですよ?」

「……なんでだよ?」


 俺だって、流石に好き好んで男を運ぶほど性癖は歪んではいないのだが、大手さんの事を考えて行動しているのだ。


「大手さんのそれ、ずっとできるってわけではないですよね?」

「……確かに、戦いの最中はできる、ってだけだけど」

「それなら、すぐにでも医務室に行きましょう」


 大手さんの言葉を聞いて確信した。


「その状態って、解けると痛いじゃないですか」

「まぁ、痛みを無視しているだけだから痛くなるな」

「それで、前の創路さんとの試合では多分強化能力を使っていたのも相まって、解けた後でもまだ耐えられる程度の痛みだったと思うんですよ」


 俺の言葉に、これから何が起きるのかを想像できた大手さんは少し青ざめる。


「……もしかして」

「そうです。

 創路さんと俺の攻撃を一緒にしちゃいけないですよ?

 しかも俺の攻撃は、外傷がないだけで体にダメージを与える方法です」

「……どうすれば良いんだ?」

「別になにかするということはないです。

 ただ、叫んでもうるさくないところに運ぼうという魂胆です」


 ちなみに、発勁は体にダメージを与える、と言っているが、その本質は体内への攻撃だ。

 しかも途中まで痛覚を無視できているのか半信半疑だったため、結構強くやってしまった。


それは常人であればまず耐えることができないほどの苦痛。

 恐らく大手さんの内臓はかなりぐちゃぐちゃだろう。


「叫んでも……」

「あ、集中を切らさないでください。

 後、自分の口から血を吐いても、絶対に取り乱さないでください」


 今は痛覚を無視できているから良いが、恐らく俺の予想が正しければ、数分でそれは続かなくなる。

 宵がいれば速攻で直してもらえるのだが、治してもらうというのはそんな一瞬で治してもらえる程、魔法のようなものではない。


 治療には時間が必要であり、それまで大手さんは苦痛に耐えてもらわないといけない。

 恐らく気絶したとしても、体が危険を完治してすぐに起きてしまう。


「これ……どうやったら死ぬんだ?」

「死にませんからしっかりと意識を保ってください!」


 大手さんを励ましながら、医務室に飛び込む。


 医務室には幸いにも宵がいた。


 それに他の生徒はいない。

 気をつけることもない。


「宵!」

「……なんですの?

 そんな気持ち悪い光景を見せつけて」

「そんな軽口は今はよして、大手さん直してくれないか?!」


 俺は大手さんをベッドに寝かしながら宵に事情を説明する。


「……確かに能力の使用はなし、とは言いましたけど、そこまでやりますか?」

「……大手さんだったら大丈夫かな、と」

「なんでそんな信頼感があるんだよ!?」


 大手さんはまだ痛覚無視が切れていないのか、俺に言葉を返す余裕がある。

 まだ大丈夫。


「まじで宵、頼む」

「……まぁ、生徒の健康を管理するのがワタクシのここでの仕事ですので」


 宵は俺の必死な様子で、これから起きることを予想できたのだろう。

 少し辟易しているが、渋々といった様子で大手さんの治療に取り掛かる。


「……これ、本当にあなたの仕業でしょうか?」

「……全部俺だ」


 ちなみにここに来るまでに俺も一段階を開放して、軽い診察はしている。


 それによると、


「あなた、本当に死ぬ一歩手前ですわよ」

「……は?」

「……これで生きていられるのが不思議なくらいですわ」


 内臓類は基本ぐちゃぐちゃだ。

 恐らく今食べ物を食べれば胃に入らないくらいであろう。


 外傷を気にしてやったことがここまでなるとは思っていなかった。


 というか、見てびっくりした。

 こんなにしっかりと攻撃していたのか、という事実に。


 恐らくは、美加久市さんと大手さんの成長に驚いて力が入ってしまったのだろう。

 いつもの力加減ではありえないくらい強めに攻撃していた。


「治しますが、集中しないでください。

 ワタクシの治療があっているのかを確認するために、痛みを受け入れてください」

「……まじですか?」

「本当です。

 ワタクシの治療は繊細なので、できれば術中の感覚を聞きたいのですわ」


 大手さんはこちらに助けの視線をよこしてくるが、それに答えることはできない。


「宵の知り合いとか既に治療を受けたことのある人だったら、眠っていてもできるんですけど、初めての治療となると流石に意識を保ったままで、ということなんです……」

「でも柊のやつは……」

「それはあの状態でいれば命を失うから強行できたのですわ。

 本来だったらあの状態でも治療をしたくなかったけれど、そうするしかなかったんですわ」


 またも大手さんはこちらに視線を向ける。

 それは先程のなんとかして、という視線ではない。

 何してくれてんだてめぇ、という視線だ。


「……いや、大手さんが成長してるのが悪いんですよ」

「このやろうっ?!」


 大手さんは、俺の視線を外した答えに起き上がろうとする。


 が、それは敵わない。


 動かないのももちろんそうだが、


 響く悲鳴。


 俺は聞こえるが、恐らく大気の掌握によってこの悲鳴は聞こえないようになっているだろう。


「ムスビ」

「はい」

「消音してくださる?」

「……がんばります」


 宵は治療の為に両手を使わなければいけない。

 そのため、この悲鳴の消音は他の人がやらなければいけず、それをやれるのが俺一人しかいないので、


 一段階解放。


 心のチカラを集める。


 本来であれば二段階のその先でしか使えないことを、出力を小さめで、少しの時間だったら使えるようになる裏技がある。


 それを使ってこの部屋の消音をする。

 もう少し具体的に言えば、大手さんの出している音を対象に、打ち消しの振動を放っている。

 出力は弱めなので、完全な消音ではなく、羽虫程度の音になっている。


『後で説教』


 消音がなされたのを確認した宵は、治療に取り掛かる寸前で、こちらを見てつぶやいた。


 その言葉に、俺は項垂れた。



☆☆☆☆☆



「ムスビ」

「はい」

「あなた、自分がやったことを理解できているんですか?」

「重々承知しています……」


 治療は10分とかからず終わり、大手さんは意気消沈と行った様子で帰っていった。

 意識を失わないように宵から支配されていたのであろうか、すごく疲れていた。


 俺も昔、痛覚に関しては本当に面倒だったな、と治療を見ながら思っていた。

 いや、本当に大手さんには申し訳ないことをしたな、と思っている。


「能力を使ってはいないとは言え、あなたは無体のメンバーであり、その実力は世界でトップと言っても差し支えありませんのよ?」

「はい」

「……そこで素直に返事するのがまたむかつきますけど。

 そんな人が、能力を使っていないとは言え、一学生をいたぶっていいと思っているのですか?」

「……程度を見誤りました」


 俺の言葉に、宵は言おうとしていた言葉を飲み込み、


「はぁ。

 まぁ良いですわ。

 恐らくは大手さんの成長に驚いて力加減を間違えた、というところでしょう?」

「はい」

「確かに支配した時に、筋肉の付き方でおおよその予想は付きましたが、本当に瞬発を使えるようになったのですね?」

「……予想外でした」

「それに痛覚無視まで……。

 発勁を選んだのは良かったですが、あの技は加減を間違えていれば本当に死んでいたのですよ?」


 宵の言葉には何一つ言い訳ができない。


 現に俺が悪いのだから、言い訳もなにもない。


「まだ気づいていないようですが、現行のランキング戦は、ルールに関して穴がある。

 痛覚無視をできてしまうとそのルールの穴をつくことができますのよ?」


 ランキング戦の退場ラインは、意外と簡単だ。


 本人の意識の有無。


 身体的外傷。


 生命活動の危機


 これくらいなのだ。

 つまりは、意識を失わせるか、身体的外傷を追わせることがランキング戦での勝ち方である。


 通常はこれで勝敗は決する。

 だが、このルールには穴がある。


 それは、痛覚無視ができれば、どれだけ痛みを感じても、生命の危機に瀕しても、外傷がなければ退場できないのだ。


 つまり、今回のケースだ。

 俺は発勁によって、身体の内側にダメージを与えていった。


 本来なら、ダメージに比べて治療しやすいから選んだこの技は、気を失いやすいから選んだはずだった。


 だが、大手さんは痛覚を無視することができていた。

 それを確認するために、最後まで発勁を使っていたのだが、そのせいでこんなことになったのだ。


「痛覚無視に関しては、ワタクシから大手さんに説明しておきますわ」


 ちなみに、俺が前に会長と戦った時の、身体的外傷があったにも関わらず退場しなかったのは、『自身の肉体であるかどうか』の認識だ。


 武器を持つことを許されているランキング戦において、武器の破壊で退場になるというのは馬鹿らしい。


 ということで、水晶には『自身の肉体』を判定している。

 この範囲が一定の損傷を受けると退場してしまう。


 本当ならば、俺の怪我は退場してもおかしくないものだが、俺はあの時、自身の手をb肉体とは捉え無いことによって退場を免れた。

 ……これに関してはプロで使えるやつを見たことは無い。


 というか、この方法はほぼズルなので、これをできるやつが現れたらルールが変わると思う。


「わかりましたか?

 これからは相手が強くても、力加減はしっかりするんですよ?」


 宵は俺に向かって指を指して忠告する。

 その瞬間、俺の次の試合を告げるアナウンスがなる。


「……あら、今日はまだもう一戦あるんですか?」

「あぁ」

「相手は?

 創路さんですかね?」

「いいや、違う」

「……それでは、石神空汰さん?」

「それも違う」


 宵は、俺の表情を見て、察したのか、黙った。

 次の相手は、思わず俺も真剣な表情をする。


 それくらいの相手だ。


「次の相手は、被瀬結だ」

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