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89/110

89:あの、大手さんもう動けないです!

 目の前にあったのは、拳。


 思わず腕を前に出す。


 いつもの癖だ。


 攻撃を受け、その後にカウンター。

 いつもの戦い方であり、これが一番強い。


 だけど、今は違う。


 とっさに腕を引っ込める。


 すると当然拳は俺の顔面に飛んでくる。


 大手さんは突如防御がなくなったことに驚いているが、そんなことは気にしないといった様子だ。


「はっ」


 息を吐く。

 これからすることは、タイミングが非常に重要である。


 後ろに重心を傾け、体を後ろに移動する。

 しかし、拳が迫るまでにかかる時間は微々たるものであり、回避できるわけはない。


 そして、拳が顔面に当たるその瞬間。


 首を思い切り後ろに引いた。


 体の可動域を目一杯使って、頭を後ろに下げる。


 その速度は限りなく拳の速度に近づける。


 物体の衝突とは、2つの物体が別方向からかかる力が大きいほど強くなる。


 では、同じ方向に動いていれば?


 答えは単純。

 速いほうが遅い方に、速いぶんだけ衝撃を与える。


 難しいことを言っているが、つまりは攻撃を受ける時は、攻撃とは逆の方向に移動していれば相殺できるのだ。

 それを体の可動域を背いっぱい生かしてやっているだけのこと。


 衝撃。


 額で受けたため、大きな怪我はないが、痛い。


 後ろに移動していたため、大手さんから距離を取れる。

 まだ追撃を仕掛けるな。

 その予想通りに、大手さんは追撃を仕掛けてくる。


 移動速度は先程より上がっている。


 恐らくはさっきのバックドロップでいい感じにハイになっているのだろう。

 というか、多分さっきのバックドロップの時、大手さんも同じことをしていたのか。


 だから手応えが薄かったのか。


「あんまりしつこいと嫌われますよっ!」

「うるさいわっ!」


 地面に着地しながら、体勢を立て直し、攻撃を捌く。

 先程のものより威力も速度も上がってきているため、少し苦労する。


 というか腕にダメージが溜まっていく。


 流石に能力を一切使わないで攻撃を受けるなんて難しいのだ。

 ただの我慢なのだが、それもここまで攻撃が苛烈になってくると面倒である。


 攻撃を捌きながら、大手さんの拍子をずらす。


 攻撃のリズムとバラバラのリズムで捌き、歩調をずらす。


 人間というのは目の前のものの情報を自然と処理してしまう。


 心臓の音を聞くと、自分も同じ脈拍になる、とは聞いたことはないだろうか。

 それと同じことが戦闘でも起きる。


 戦闘をしている二人の拍子は自然と重なっていくのだ。

 それを利用し、


「あっ」


 攻撃をしていないタイミングを作らせる。


 超高度なテクニックで、普通はやれる人がいないのだが、人に慣れることができる俺だからこそできる。


 そのタイミングを利用して、間を取る。


 一瞬でも良い。


 その瞬間を作れば、


「このっ」


 準備ができる。


ハッ


 俺と大手さんの間にできた空間に、そっと手を出す。

 そこは、まだなにもない。


 まだ。


 次の瞬間、大手さんがまるでそこに顔を置くのを分かっていたかのように、顔を置いた。


 次の瞬間、


 ドンッ


 大手さんは吹っ飛んだ。


 なんの脈絡もなく、唐突に吹っ飛んだ。

 まるで何かに殴られたかのようなリアクションに、大手さんは驚いている……。


 というか、気を失っているか?


 まぁ、どちらでも良いか。


 消えないということはまだ戦闘の最中であるということ。

 空に浮いている大手さんに、


ハッ


 踵落としを行う。


 地面に叩き落された大手さんは、まだ消えない。

 表情を見ると、こちらを見れてはいるようだった。


 ……まだ消えないか。


 今の2つの攻撃は、発勁を用いた攻撃であり、意識が飛ぶかと思っていたが、そんなことはないらしい。


ハッ


 と無駄なことを考えつつも、攻撃の手を緩めることはない。


 地面に叩き落された大手さんに対して、更に水月に発勁。


 バスケットボールのように弾む大手さんに、違和感を覚える。


ハッ


 試しにと顔面を横から蹴る。

 それは常人であればまず間違いなく意識を失う攻撃で、食らった瞬間に退場するはずなのだが……。


「あら」


 退場しない。

 思い切り俺から離れた位置に吹っ飛んだ大手さんを見ながら、


「大手さん、そんな事できるようになったか」


 一人で感心をしていた。


 恐らく大手さんは立ち上がる。

 発勁はダメージを与えるものであり、外傷を与えるものではない。

 だからこそ、大きな外傷はなくても、体のダメージで動けなくなったり、水晶が痛覚神経を察知して退場にするはずだ。


 それが、ならないということは、痛覚を切ったということ。


 それは常人ではまずたどり着けない領域。

 それこそ、あんなきつい訓練を受けた人間だけがたどり着ける領域。


「クッソが……」


 もちろん、大手さんは立ち上がった。


 正直、あんな位でたどり着けるとは思っていなかった。

 ……もしかしたら今だけなのか?


 後で大手さんに聞いてみようと思いながらも、


「大手さ―ん! 降参してください!」


 俺は声をかけた。


「なん……だとっ?!」


 その言葉に大手さんはキレた様子を見せる。


 そりゃ当然だろう。

 本人的には痛みがないのだ。

 それで戦う意志があるのなら、ムカつくだろう。


 けど、


「あの、大手さんもう動けないです!」


 大手さんはこの言葉を聞いて、攻撃を仕掛けようとしたのか、前に足を出した。


 が、その瞬間に体が力を失ったかのように倒れた。


「大手さん、体がもう動けないんですよ。

 ただでさえ消耗が多い瞬発にあれだけの攻撃を我慢したら、体が動かなくなるのも当然です」


 俺はそんな様子に大手さんに近づきながら、現状を教えてあげる。


 俺が痛覚を切らない理由はこれだ。


 痛覚を切ると確かに有利になるが、それと同時に自身が理解できなくなる、というデメリットが有る。


 痛覚というのは人間の危険本能が告げる警告だ。


 それを無視すれば、自身の限界を見失うのもわかる。


「俺が外傷内技を使っていてよかったですよ。

 それ使ってると外傷出ても退場できないですもの」


 水晶は、外傷の度合いより痛覚を優先する傾向にある。

 気絶すると退場、というのもその中に入る。


 何よりも選手の命が絶たれないように、を優先している。


 ちなみに、それより速い攻撃をすると、被瀬の様に例外にはなるが。


「一応は外傷は無いですけど、内臓の方はしばらく休まないとだめですよ?

 使えるのはわかりましたけど、それを乱用するとこうなりますからね」


 恐らく昨日の創路さんとの戦いでも使用したのだろう。

 確かに創路さんは必殺技を使う。


 それは必殺の意思を持って放たれるため、残心という言葉が存在しない。


 だからこそ、そこで勝敗が決したのか。


「……くそ。

 降参だ」


 俺の勝利を告げるアナウンスが、体育場に鳴り響いた。

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