83:妙な苛立ちだった
少しだけ、昔のことを話そう。
私は、もちろんのごとく、日本で生まれていない。
とある国に、生まれた。
そこはそれなりに栄えていて、みんなが超能力を使って、しっかりと生きていた。
その中で私は少しだけ、少しだけ偉い立場に生まれた。
そのせいで、普通の人とは違う生活をしてきた。
私は自身の立場というものに特に疑問を持たなかった。
将来は、両親の立場を継いで、みんなと暮らして生きたい。
そう思っていた。
けれど、私が12歳の時、それは敵わないものだと思い知らされた。
偉い立場だからこそ、その生命は普通の人と比べれば重く見られる。
偉い人は常に弱みを狙われている。
だからこそ、弱い私は、狙われた。
その時、私は自分を呪った。
弱い自分を。
歯を食いしばって、目に涙を溜めて、望んだ。
力を。
「あーあ。
別にこんなに働きたくないのに……」
そんな時、少年が現れ、私を救った。
数々の市が飛び交う中、彼はその全てをなぎ倒し、私を救った。
「……ほんと、この世界って面倒だね」
彼の言葉は、はっきりと覚えている。
その次の、
「俺の名前はーー。
君の名前は?」
私の名前は……
☆☆☆☆☆
『それでは、
ランキング九位、石神空汰。
ランキング四位、被瀬結。
両者の試合を開始します』
何を思い出に浸っているのだろう。
らしくない。
今から試合だというのに、思考がまとまらない。
私は、最強になる。
そのためには、死さえ恐れない。
みんなに胸を張ってもう私は弱くない、と天に向かって言えるように、私は強くなる。
『3』
相手は石神空汰さん。
年齢はひとつ上で、戦闘経験も私よりはあるだろう。
それに、今までの戦闘を見る限り、自身の能力に対して柔軟になっている。
使い方が一人で戦うことを想定しているものになっていた。
今までは誰かと組むことにより、力を出すタイプだったのに。
『2』
言葉は交わさない。
私が、交わしたくない。
声をかけられたが、私はきっと上の空だったろう。
だって、
『1』
こんなにも、
最強が、
『開始!!』
近いのだから。
開始直後、私は能力を発動。
私の能力は、『想像した身体能力になる』能力。
聞いただけでは最強だと思ってしまうものだ。
しかも、能力が変化したことにより、一つだけだが他人の能力を使うことができるようになった。
深奥は別だが、それでも強いのには変わりない。
でも、
ギシッ
「くっ」
誰にも聞こえないであろう、声。
今の想像は、会長の身体能力を強化した時の動き。
この学園で一番の強さを持つ……いや、深奥に至っていない中で一番の強さを持つ、か。
私の体はまっすぐ、相手の元へと向かっていく。
手加減はいらない。
ただただ近づいて、殴り飛ばす。
「あっ」
そこで、私は何かに躓いた。
それは、何もないはずの体育場では、まずありえない現象。
一瞬視界に写ったのは、少しの隆起。
まるで私を転ばすためだけに存在するような、地面の隆起。
「はぁっ!!」
そこで、私が躓くのを知っていたかのように、攻撃を仕掛ける相手。
確かにこれは初見だったら食らってしまうだろう。
それに、分かっていても歩いている限りこの危険性はある。
実に効率的で、強い。
「だけど」
私を舐めてもらっては困る。
顔面寸前まで来ていた拳を殴る。
倒れかけていた体は、殴っていない方の手で地面につき、前に一回転する。
そのついでと言わんばかりに踵落としを行う。
相手は蹴りを受け止めることはなく、後ろに下がる。
仕切り直ししようとしているのだろうか。
「やっぱり強いなッ?!」
声をかけられたが、それに応答している暇はない。
距離なんて取らせるものか。
私はあえて能力の模倣を行わない。
そうしてしまえば、それは私の能力ではなく、会長の能力で勝ったことになる。
確かに能力で想像したもので、私の力には代わりがないのだが、そういうことではない。
詰めた距離。
相手は後ろに重心が寄っている。
ここで攻撃をしても威力が殺される。
私は姿勢を低くして、相手の足首を掴む。
「おわっ?!」
当然、後ろに重心をかけているということは、立つためには足を後ろに引かないと行けない。
それを掴まれているため、相手はバランスを崩し、後ろに倒れる。
「ふっ!」
呼吸と共に、踏み込む。
地面に背をついた瞬間、拳を振り下ろす。
ただでさえ能力によって強化をしているし、相手は強化系の能力者でもない。
相手は後ろに体重をかけていき、倒れ込むのを見ている。
と、
「残念」
声が聞こえる。
その声の主は、相手だ。
後ろに倒れていたはずなのに、それは途中で止まっている。
「そういうことかっ」
背中にちらりと見えたのは、土。
つまり、彼は能力を使って倒れる前に地面をせり上げたのだ。
もちろん、こちらが一撃で決着をつけることを見越して、バレないように。
「小賢しいですねッ!」
「どうも」
私の声に呑気に返すが、彼はもう絶体絶命だ。
なにせ、自身から退路を潰したのだ。
片足は私に取られているから、攻撃も難しい。
このまま攻撃を加えれば、勝てる。
握って拳をそのまま向ける。
彼はなんとかと言って様子でこちらに手のひらを向けた。
まだ何かを?
その警戒心が功を奏した。
「あふれろ」
彼の手のひらに見えたのは、少量の土だった。
なぜかはわからないが、その瞬間、彼の手のひらから、あふれるほどの土が発生する。
土砂崩れとまでは行かないものの、その土の量に思わず距離を取ってしまう。
(土の発生は地面からしかできないのでは?!)
思考は今起こったことの分析が行われる。
彼の能力は土の発生では?
……いや、そういえば『土の複製』と言っていた記憶がある……。
そういうことか。
土の複製によって手のひらにある土を大量に複製。
速度的には攻撃にはならないが、壁や目くらましの役割は担う、と。
「種が割れれば」
怖くない。
取った距離を再び詰める。
「そうかな?」
山盛りの土に埋まってしまい、身動きが取れそうにないのが見える。
もうそれでは防御もできないだろう。
最後の一撃ということで、能力の強化具合を強める。
想像は『ソロランキング一位、安藤の攻撃』
正直、これも結構な具合で心のチカラを取られる。
しかも、想像の具合を間違えると、自分の体にガタがくる。
最後の一撃。
土ごと貫通して退場させる。
「甘い」
その声は、どこか聞いたことのある声な気がした。
でも、脳が即座に否定する。
これは違う人が言っていると。
目の前には迫る土。
避けない。
突っ切る。
腕を振り抜く。
その拳は土を押しつぶし、前に進み、相手に当たるかと思った。
しかし、
当たった感触はない。
「は?」
「残念」
私の疑問の声に答えるのは、石神空汰さん。
声の聞こえた方に視線を向けると、そこには土まみれの空汰さん。
「能力を二箇所発動することで、俺を後ろに、そんでもって君の視界をくらませて距離感を惑わせたんだよ」
そう語る空汰さんに、私は呆けた脳を起こし、追撃を仕掛けようとする。
「まいった!」
だが、一歩目を踏み込む寸前に、彼は降参の宣言をした。
私は少し驚いた様子で空汰さんを見ると、
「流石にまだ敵わないみたいだから、また今度お願いするよ」
楽しそうに笑う、空汰さんの姿があった。
『勝者、被瀬結!』
アナウンスが響き、私の勝利が確定する。
でも、私の心に残るのは、勝利の喜びでも、安堵感でもなく、
妙な苛立ちだった。