81:ま、別に悔やむことはないよ。 違うやつで頑張ってくれや
体操服を着替え、そそくさと体育場を出ていく。
まだ始まってないだろうから、美加久市さんとむーさんの試合を見に行こうか、なんて思っていると、
『堂上、協くん。
次の試合が始まるので、至急準備をお願いします』
そんなアナウンスが流れる。
これはすでに片方が到着していて、試合の準備ができていたときに流れるもの。
つまり、次の相手……むーさんの準備が終わったことを表している。
「え?」
思わず声に出る。
だってこのアナウンスが流れるということは、むーさんはすでに美加久市さんとの試合を終わらせているということだ。
どういうことなんだ、と思いながらも、俺はそのまま試合場所へと向かう。
「よっ」
そこにいたのは、覆瀬ムスビ。
なんてことない表情で、そこにいた。
体に傷がついているといった様子はなく、今日はじめての試合だと言われても違和感はない。
「むーさん、さっき試合してたっすよね……?」
「ん?
あぁ美加久市さんとね。
それがどうした?」
「あまりにも試合が早く終わり過ぎじゃないかと思っただけっすよ」
そのことに関して、むーさんは特にこれと言った様子はなく、
「それならすぐに決着つけたよ。
第一美加久市さんの能力とか溜めがなきゃ何もできないだろうよ、あれ」
「……知ってるはずじゃないっすか?」
「まぁ何をしているかは、知っているけど、それでどう戦うのは知らないし、溜めに関しては試合を見て思っただけだよ」
「いいんすか?
それを俺に言っちゃっても大丈夫っすか?」
「……それを知っていても対策できなかったから負けたんだろ?」
その言葉は、当然ながら俺の心を刺す。
そうなのだ。
試合を見ても対策できなかったから、俺は負けた。
それだけなのだ。
「でも、むーさんには負けないっすよ?」
「……はぁ」
むーさんは、俺の言葉を聞いてため息を付く。
「むーさんは能力を使用するのは禁止っす。
だから俺の能力への慣れはもうないはずっすよね?」
「まぁ、そうだけど」
「それならいくらでも能力は効くはずっすよ?」
むーさんは、呆れた表情でこちらを見る。
「確かに、まぁ分かるわ。
お前の能力は強い部類に入る。
精神と連結している心のチカラは、どうしても精神干渉系の能力に弱い」
「それなら……」
「でも、勘違いしないほうが良いんじゃね?」
「は?」
思わず語気が強まってしまう。
その言葉は、どれだけハンデを付けられ用途も自信が一番強いといいているようで、
ムカついた。
「俺に精神干渉の能力が通じるところで、それで勝てるとは限らないだろ?」
「……」
返す言葉はない。
それは、俺が対話を拒絶したからだ。
『それでは、ランキング戦、
十位、堂上協。
五位、覆瀬結。
両者の試合を始めます』
構える。
それは、ここまで上がってくるのに行ってきた戦法。
能力を使用して、相手の精神を揺さぶり、攻撃をして勝つ。
相手の精神は常に強制的に感情を揺さぶられ、戦闘どころではなくなる。
『3』
むーさんも、俺が対話をやめたのを理解したのか、構える。
それは、自然体だった。
少し美加久市さんとかぶったが、それは今はいい。
『2』
むーさんの体が、少し前のめりになったような気がした。
俺は特に構えを変えることはない。
『1』
能力の準備をする。
開始と号令がかかった直後に、発動できるように、
そして、そこでようやく、むーさんの体が完全の前のめりになっていることに気づく。
しかも、その体制は後一秒もあれば地面にうつ伏せに倒れてしまうくらいだ。
『開始っ!!』
能力を発動……
「遅い」
目の前に、むーさんがいた。
しかし、その攻撃は大振りなパンチ。
これは分かっていた。
事前に見た試合でも、撫上という会長の使っている技を使えるのは知っていた。
そのため、それの対処として、
しゃがむ。
そうすれば次への行動の布石になるし、攻撃を交わすことが……
「甘い」
しゃがんだ直後に飛んできたのは、膝。
まるで俺が顔面を差し出しているかのようなその姿勢で、俺は、
「っだぁ!」
ギリギリで避けた。
真横を膝が通り過ぎ、
頭に衝撃。
視界が真っ白になる。
攻撃?!
これは拳……
拳骨……
残った思考領域で頭をフル回転させる。
体の方はしごかれたせいで逃げに徹しようと体重を後ろにかける。
しかし、足が動かない。
「逃がすわけなかろう?」
むーさんの声。
ようやく視界を取り戻し、目に入ったのは、踏まれているつま先。
むーさんは俺のつま先を踏んで行動を阻害していた。
「ようやく大丈夫になったか?」
そこで、むーさんは俺に声をかけてくる。
当然、攻撃が来ると思って、体を守るような体勢を取る。
「おいおい、わざわざ10秒待ってやったのにその姿勢はなんだよ堂上よぉ」
むーさんは何もしないと言うように、両手をぷらぷらと降っている。
「別に倒しても良いんだけど、俺はあくまで今回は俺が五位に立っていつでもみんなを倒せるようにしてるんだわ」
その言葉に、納得のいったことがある。
それは、現状むーさんの実力があれば、もしかしたら覆瀬さんでさえ倒すことができるのではないか、ということだ。
むーさんの実力は、能力を使わなくても強い。
それは今までの試合で証明されていて、その懸念はいつもこちら側は感じていた。
「だけど、今回は基本的に介入しないつもりでいるんだよ。
みんな頑張ってるし、俺が入ると成長しなくなるかもしれないだろ?」
そういうことか。
改めて納得した。
むーさんは自分という確実に勝利できる保険を描けておきながら、みんなの成長を期待している。
それはおそらく、こちら側の成長も期待している。
「だからさ、申し訳ないんだけど、やるんだったら俺以外をおすすめするぞ。
美加久市さんもそうだけど、ここで順位を落とすつもりはまったくないんだわ」
その言葉には、絶対性があった。
まるで、小さな子供にきつく話す両親のような、そんな口調。
いつの間にか、心は敗北していた。
それに気づいた時、一つ、疑問が浮かんだ。
「なんで……」
確認する。
そうだ、している。
「なんで能力が聞かないっすか?!」
恐れにまみれた喉は、強く言葉を話す。
その様子に、むーさんはケロッとした様子で、
「それに関しては効いているけど、その程度の絶望で足が止まるとでも?」
その言葉に、俺は笑いが溢れた。
「ハハッ……そりゃかなわないはずっすよね」
言葉を話しているがそれがどんな言葉をしているのか分からない。
ただ、俺が認識しているものは、
俺が、敗者で、
目の前の男が、勝者、ということ。
「ま、別に悔やむことはないよ。
違うやつで頑張ってくれや」
そうして、俺の意識は飛んだ。
☆☆☆☆☆
目覚めると、先程と同じ天井。
俺はまた転移室に来ていた。
体に痛みはない。
うまいことむーさんが怪我がないように退場させてくれたのか。
「ほんと、無理っすよ」
膝を抱え、しばらく、ほんのしばらく、そうした。
「…………っし、行くっすか」
その後、俺は転移室を去る。
感情を使用する能力なので、感情のコントロールはできているはずだった。
だけど、ここまで強い感情を植え付けられたのは、初めてだった。
恐怖。
どうやっても敵わない。
どうやっても勝てない。
どうやっても彼が負けるのを想像することができない。
そんな感情が、俺の中を支配した。
それを、支配することは、叶わなかった。