79:くっそあの女
転移室。
それは私が三年になり、絶対に行かないだろうと思っていた部屋。
ムスビとの戦いは仕方ないにしろ、もう一度、それもムスビではない相手でここに来るとは……
涙も出ない。
悔しいという感情も出ない。
ただただひたすら心を波打つのは、『負けた』という事実。
「私は、負けたのか」
自分で言葉にして、初めてスッキリした。
受け入れることができた。
そして同時に思うのは、疑問。
なぜ自分は倒さされてしまったのか。
どうやって真冬は私を倒すことができたのか。
あの時の経験から、色々と考えてみるが、
「えっと、次の試合なので部屋を出て……って秋元さん?!」
ランキング戦の運営は基本的に教員が行っており、毎日ランキング戦は大量にある。
ランキング戦のために勤務している教員もいるくらいである。
そして当然、ランキング戦を担当しているのだから、誰が強いとか、誰がランキング戦で来ているなどは情報を共有がされている。
そのため、いま来た教員が、私が転移室に入ることに驚くのも無理はないだろう。
「えっと……秋元さん。
次の試合があるので転移室から出るように……」
「あ、わかりました。
治療に関してはいらないので、そのまま試合の見学をします」
基本的にその日の試合は場所を変えないことが多い。
そのため、このまま観客席に行けば、次の真冬の試合が見れる。
そこで確かめたい。
というか取っ掛かりでもいいから掴みたい。
柊真冬が何をしているのかを。
☆☆☆☆☆
「あっ」
「会長負けたっすか?」
私が観客席に行くと、そこにいたのは堂上くん。
手を軽く振り、気楽な感じで話しかけてきた。
「あぁ。
私には回避ができなかったよ」
「……そうっすか」
堂上くんの表情は硬い。
「というか、堂上くんは今日試合だったんじゃないかい?」
「あぁ、それなら全部終わったっすよ」
「?
早くないかい?」
「それは……」
「俺がいたからですよ」
「ひっ?!」
いきなりの知らない声に驚くが、その声の主は私もよく知っている人物だった。
「ムスビ……」
「どうもです」
そっけない返事に距離を感じてしまうが、それは仕方がない。
「何そんなそっけない返事してるっすか。
別にそっけなくする必要なんてないっすのに」
「それは……そうかな?」
「そうっすよ」
「どうでしょうか?」
私に話は振られる。
確かに、思い返してみれば、勝負であるからと言ってそっけなくする必要はないかもしれないが……
「気まずいものじゃないか?」
「……そうですか?」
「仮にも勝負なんだからその相手と仲良しをやるというわけには行かない……と私は思うよ」
私の言葉に、ムスビは少し考える様子を見せる。
何を考えているのかは分かるわけではないが、
「俺だったら大丈夫なんじゃないですか?」
「どうしてっすか?」
「だって、別に俺と仲良くしたって結果は変わらないと思うし」
少しだが、堂上くんの気が立ったような気がした。
2週間ほど触れ合う期間が多かったため、堂上くんの感情の変化に少しは敏感になった。
それにしても、気が立ったのは初めてな気がする。
というか。
「さすが覆瀬ムスビだな」
「……それ、褒め言葉ではないですよね」
「もちろんじゃないっすかー」
先程までの少しの感情の変化はどこへやら、彼はいつも通りに触れ合う。
いくら感情に直結する能力だからといって、そんなに感情を制御できることに驚きを感じる。
「はぁ……。
それで、会長は負けたんですか?」
「ん? あぁ、残念ながらね」
「そうですか……」
ムスビは私に短く質問すると、体育場の方を見ながら考え込む動作をする。
「何を悩んでいるっすか?」
「ん?」
「いや、別に真冬が勝つのはむーさんにとっては嬉しいことじゃないっすか?」
その言葉は、私も思っていたことだった。
なぜ、真冬が勝つことを知ったのに、彼は悩んでいるのだろうか。
ここは少しでも胸を撫で下ろす場面じゃないのか?
「別に……嬉しいではあるんだけど……」
「だけど?」
「……いや、これは話してもどうにかなる問題ではないので」
そこでムスビは話すのをやめる。
疑問は残りながらも、そろそろ試合が始まるということで私は体育場に中止をする。
「ちなみに今日の被瀬の試合は誰かとやったんですか?」
「……被瀬さんは今日は空汰さんと試合をして勝っていたっすよ」
「そっか、助かる」
ムスビの言葉に違和感を覚える。
「ムスビは誰が誰と戦っているのかは把握していないのか?」
「えぇ。
ここまで来ると後は戦いたいやつと戦ってください、と言っているので」
「ちなみにむーさんは今日も人気だったっすね」
「お前含めて2回も戦ったわ」
「お疲れ様っす」
ムスビはもう2回戦っているのか?
私が一試合終えるまでに?
その事実に私は身震いする。
「ムスビは誰と戦ったんだ?」
「こいつと美加久市さんです」
「露と?」
「えぇ。
なんで俺らが戦っているのかは本当に俺も謎です」
ムスビがそう話す表情は、本当に辟易しているようで、少し面白かったが、
「それにしてもなんでそうまでして早く終わるんだ?」
「いや、別に特別なことはしてないですよ」
「……いや、アレのどこが特別なことをしてないっすか……?」
ムスビの言葉とは裏腹に、堂上くんは苦笑いを浮かべている。
私が堂上くんの方を見ると、
「俺の能力が効かなかったっす。
それに、間合いを詰められたらそのまま手を緩めることのないひたすらな攻撃っすよ」
「うわぁ……」
「別に俺も喜んでやっているわけじゃないんですよー」
そんな棒読みで言われても……と突っ込みたくもなるが、言わないでおく。
「露にもそうしたのか?」
「いや、美加久市さんに関しては俺を実験台にしているみたいです」
「……あれ以上に恐ろしいものが出るのか?」
「見てのお楽しみですよ」
露の戦闘は恐ろしいものだった。
あくまで私達三人の推測でしかないが、露の能力は『幻影』であるが、その本質は光を操作することなのではないかということになっている。
現に露は戦闘において、何回かビームを出していた。
……いや、別に私がおかしくなったわけではなく、現実としてビームを出していたのだ。
それに触れた瞬間、相手は退場している。
ちなみに結構な怪我を追ってしまうらしい。
その話から、光の速さに退場を確認して実行するまでの速さが追いついていないのではないだろうか、という結論に至った。
一応、全員がその手の実際に攻撃の手段が存在する場合なら対処ができるため、特別な対処はしていないが、
「……露も強くなったということか」
「強くなった、というより悪いことができるようになったという方が正しいですよ」
ムスビの言葉はため息交じりに吐かれたものであり、返す言葉はない。
「そろそろ始まるっすよ」
そこで堂上くんが声をかけてくれる。
体育場はある程度の広さを持つ。
そのため、戦っている者たちの会話は基本届かない。
話しているのは分かるのだが、何を話しているのかは分からない。
「何か話してるっすね」
「そうだね」
カウントダウンの音が鳴り響く中、何かを話しているのは視認できるのだが、分からない。
「……へぇ」
「え?
むーさん分かるっすか?」
「ん?
唇見て予想しているだけだけどな」
……つくづく覆瀬ムスビというものには呆れさせられる。
「なんて言ってるっすか?」
「能力の正体について言及している様子だったよ」
「……教えてもらえるかい?」
「……後で本人に聞いてくださいよ」
ムスビは少し意地悪な表情でこちらを見た。
「けちっすね」
「あぁ、本当にケチだよ」
「いや、言わないですよ。
ケチとか言われただけで言わないですよ?」
『開始!!』
その言葉とともに、開始の合図が聞こえる。
私の予想では、ここでユイが跪く、這いつくばるなど、謎の行動を取るはずなのだが、
「おっ」
「ほう……」
「なんでだ……?」
ユイは、その場に立っている。
しかし、その体は動いていない。
でも、前までの状況とは違う。
少しだけ、光明が見えている。
「被瀬さん、破ったみたいっすね」
「いや、まだ完全ではないのだろう。
その証拠に、動いていない」
そう、立っている。
それだけなのだ。
彼女の身体能力ならそのバカラ姿を消すように動けるはずなのに、動いていない。
それに反して、真冬はゆったりとした歩調でユイの前まで歩いていく。
「……これは、やられるパターンっすかね?」
「私のときは呼吸困難になってやられた。
それをやるのかもしれない」
今までは降参に寄る勝利をしていたはずなのに、私はしなかった。
それに関して、違う点があったのだろうか。
ユイを注視する。
「何を起きない」
「何も起きないっすね」
「……やるじゃん」
ムスビのみ、賞賛の言葉を送る。
まるで動いていない両者。
しかし、何らかのやり取りが行われているのは理解できる。
それが何なのか分からない。
でも、それに対してユイは何らかの対策を立てることができた……?
「さ、こっからが正念場、かね?」
ムスビの言葉とともに、始まるのは、攻撃。
それは、動かない、もしくは動けないユイに対して、一方的に攻撃をする真冬。
まるで、いじめの現場を見ているような風景。
これがよもや一位と四位の戦いだと、誰が思うだろうか。
暴力、と呼んでも良いのかもしれないそれは、しかして一瞬で結末を迎える。
「えっ?」
誰の声だっただろうか。
恐らく、私達誰かの声だったのだが、そんなのどうでもいいくらいの事が起こった。
真冬が、消えた。
「くっそあの女」
その瞬間、ムスビは駆け出した。
それが何を指すのかわからないけれど、
体育場に残った手刀を振り切っていたユイの姿は、どこか寂しく見えた。




