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73/110

73:分かっていますよね?

「それでは、確認です」


 あの会議から、一週間。

 放課後。


 校舎3階の、東側の一番奥の教室。

 机をすべて片付け、人数分の椅子が用意されたこの教室に

ムスビを含めた、『挑戦する側』が集まっていた。


 一週間前と同じ教室。

 あの時のみんなの表情は、不安、後悔、悔しさ、無力感、そんな感情だった。


 しかし、一週間経ち、変わった。


「空汰さん」

「……はい」


 ムスビは皆を見渡せる位置に立ち、一人に視線を向ける。


 石神空汰。

 『土を複製』するという能力を持ち、兄に劣等感を抱いていた能力者。

 しかし、自身の能力の可能性に気づかされた。


 彼の表情は、無力感から、自身に満ちた表情に変わっていた。

 まるで、窮地に陥った状態から、希望を見出した主人公のように。


「及第点ギリギリです。

 ここ数日の発動までのタイムの縮みが悪いです。

 最初から同じペースだったら安心してできるのですが……」


 空汰は、歯噛みした。

 自身の能力の可能性に気付かされ、訓練を積み、形となってきた。

 しかし、時間は無情である。

 これ以上は間に合わない。


「でも、能力の工夫という点に関してはこちらの想定よりレパートリーが多いです。

 この調子で目標タイムまで縮めつつ、挑戦しましょう」

「……はいっ!」


 空汰の表情は、明るいものになる。

 それは、今までの状況からすれば考えられない言葉で、すこし、空太の目尻に水が溜まった。



「豪雷さん」

「はい」


 ムスビは視線の先を変える。


 石神豪雷。

 『圧縮』という能力を持っていた。

 しかし、そんな自身の能力に関して限界を見ていた。

 周りの強者に勝てない、自分の限界を見ていた。

 だけど、それを宵に破壊された。


 自身の限界を決めるのは、自分自身。

 彼の表情は、決意の表情に変わっていた。


「こちらの想定より能力の向上はしていますが……」

「実践に投入するかどうかは不安定なところです」


 言いづらそうにしていたムスビに変わり、ムスビの隣りに座っていた宵が話す。


 その言葉に、豪雷は表情を変えない。


「自分は、これを使えるようになります」

「……」


 宵の返答は、ない。

 ムスビは、その重そうな口を開き、


「現状に置いて空気を使用した圧縮を試合で使用することを禁じます。

 従来の戦い方でランキングを上がっていってください」

「なっ、なんでですか?!」


 轟雷は立ち上がり、悲痛の声を出す。

 つまり、轟雷は今この場に置いて、一週間の訓練の成果を使用するな、と言われているのだ。


 自分が見出した新たな可能性。

 それを掴み取ったのに、拒否された。

 この事実は、豪雷の心を揺さぶった。


「あなたのその能力は、端的に言えば付け焼き刃です。

 今使っても弱点を露呈することにしかならない」

「それは後一週間でっ」


 豪雷は、この一週間で自身の成長を確かに感じ取っていた。

 だから、できると思っていた。


「後一週間で、現状の問題点を確実に治せるんですか?」

「それは……」


 豪雷は言い淀む。

 現状の問題は、空気を圧縮するのに時間がかかるということ。

 動きながら圧縮することはできるが、攻撃を食らったり圧縮した空気に触れられるだけで能力は解除されてしまう。


 どれだけ頑張っても、これが限界だったのだ。


 しかもこれを治すために必要なのは、実践の回数と試行回数。

 経験が足りないという、今一番ないものが必要なのだ。


「でも」


 宵は、厳しい表情をしながら、ポツリとこぼす。


「本来の戦闘で、分かるはずです。

 現状の問題点に関しては」

「……それは」

「訂正します。

 堂上、会長と戦う時になった場合は、使用を許可します」


 その言葉に、豪雷は意味が分からなかったが、


「つまりは、可能性として『空気圧縮』を捨てない、と言っていますので、努力が無駄になるようなことはないですよ」

「そ、そうですか……」


 豪雷はヘタリと座り込む。

 なんだか肩の力が抜けた気分だったが、


「でも、戦闘前に使用を禁止する場合は十分にあります。

 それまでに、使いたいなら最低でも使えるものにしてください」

「はい」


 ムスビの言葉に、豪雷は気合を入れ直した。



「大手さん」

「はいっ!」


 ムスビの声にはっきりと返事をするのは、一人の男子。

 茶色がかった髪の毛の、イケメンな男子。


「大手さんに関しては、大丈夫ですね」

「あっ、へ?」


 大手城後。

 個性もなにもないただの『身体強化』

 だからこそ、

 柊のような能力の隠された力もなく、

 豪雷のような能力の工夫もできず、

 空汰のような戦術の工夫もできず、

 衣良のような何かに特化することもなく、

 美加久市のような能力の解明をすることもない。


「いや、あれだけやられてまだ訓練が大丈夫そうなので、いいかなって」

「……大丈夫そうに見えますか?」

「見えますね」

「えぇ……」


 一週間前は、諦められないという表情をしていた。

 今は、諦めたいという表情をしていた。


「あ、多分ランキング戦出たら俺の言いたいことに関して十分にわかると思うので、その後に話聞きますね」


 ムスビの言葉に苦笑いで返す大手。


 周りの人達も大手に関しては道場をするかのような視線をやる。

 それほどまでに彼の訓練が厳しかったことを表しているのであろうその視線に、彼が気づくことはない。


「あぁ、それと」


 それはムスビが声を上げたから尚更であり、


「倍率に関しては1.1倍までは許可します。

 それ以上は禁止です」

「なんででしょうか?」

「能力すら使わなくても勝てるので、ですよ。

 多分ランキング戦で嫌というほどに思い知りますよ」


 大手自身がこの言葉に疑問を持ち、思考したからでもある。



「衣良さん」

「あ、はい……」


 小さな返事。

 小柄な体躯から出るにしてはふさわしいほどの声量のそれは、一人の少女が出していた。


 創路 衣良。


 残された唯一の3年生であり、『転移』の能力者。

 戦略面に置いて強い側面を持つが、個としての能力は低く、今回の勝負では勝率はは低いとされた。

 けれど、彼女は思いを抱いていた。


 小さな、小さな勝利への欲。


 それは、彼女からしたら抑え込める程度のもので、きっと一人だったら見過ごしてしまうほどの、小さな欲。


 けれど、覆瀬はそれを見逃さなかった。

 そして同時に、道を示した。


 必殺技。


「できるだけ頑張ってください。

 それだけです」


 必ず殺す技と書いて必殺技。

 ムスビの言葉は言外に必殺技が完成していることを意味していた。


「付け焼き刃でも、必殺技を名乗る以上、倒せなかったら死です。

 それだけは、心の中に、いつまでも抱いてください」

「……はいっ」


 衣良は、言葉をすべて聞き、思いを込めて、返事をした。

 彼女の表情は、もはや前線を背負うもののそれだ。

 彼女は、後ろに立っていることより、前に出ることを選んだ。


 だけどそれは、彼女の意思であり、


「どこまでも、勝ち続けます」


 たった一人だけになった、秋元茜(仲間)への言葉でもあった。


「衣良さん」


 宵の声。

 その声に、ビクリと肩を揺らし、衣良は彼女の方を見る。

 宵は真剣な表情から、少し頬を緩ませ、


「それを必殺技にするのは、あなただけです」

「し、失敗はしません」

「そういうことじゃないでしょう?」

「……っ見ててください。

 これは、紛れもない、必殺技です」

「よろしい」


 笑顔の奥に、何を見たのかは知らないが、衣良の表情は、より真剣なものに変わった。



「美加久市さん」

「はい」


 美加久市 露。

 一番、今回の戦いで可能性を見いだせなかった。

 『幻影』の能力は一人ではあまりにも無力だ。


 幻で人は殺せない。

 幻はあくまでそこには何もないのだ。


 だからこそ、一人では何もできない。

 そう誰もが感じていたはずだった。


「……正直、危ういと思います」

「そうでしょうか?」


 だけど、彼女はそう思いつつも、そう思いきれなかった。

 一人でできないのは知っているが、それが一人でやりたくない、というわけではない。


 ましてや彼女の中には、仲間を思うあまりの憎悪があった。

 自分がもっと強ければ。

 もっとうまくやっていれば。


「そうですか。

 ……なら、行きましょう」


 そんな思いが彼女の表情を変えた。


「ムスビ?」

「事前の根回しに関しては、まぁ大丈夫だと思う」


 宵が心配そうにムスビに確認を取る。

 ムスビはその言葉に、少し不安そうに返す。


「大丈夫ですよ。

 ……大丈夫ですよ」

「それが大丈夫じゃないと思うんですけど」

「大丈夫です」

「言い切るとかそういう問題でもないですから」


 彼女の表情は、穏やかなものだ。

 他のみんなのように、気張っていたりしない。

 むしろ、どこか自信に満ち溢れているようにも見える。


「正直、失敗する未来が見えないです」

「……その自信は勝ってからにしてください。

 成功率50%でゴーサイン出すのなんて初めてですよ?」

「喜んだほうがいいんですかね」

「悲しんでください」


 ムスビとのやり取りにも、余裕が見える。


 彼女の何がそのような自信をもたせたのかは明白だろう。


「まぁ、こちらの方でもなんとか準備はしておくので、本当によろしくお願いしますよ」

「任せてください」


 その言葉こそが、彼女の一週間を表していた。



「柊」

「うん」


 柊 真冬。

 『目を惹きつける能力』

 そんな不思議な能力を持ちながら、化け物揃いのこんな場所に訪れ、成果を出してきた。


 だけど、彼女は思い知った。

 無力さを。

 力というものを。


 だからこそ、彼女は『深淵』に手を伸ばさなかった。


「よくやった」

「うん」


 彼女の思いは、美加久市のものと本質的には一緒だ。

 それが、美加久市は苛立ち、怒りへと変換されただけであり、柊はそれが庇護に変換されただけである。


「柊にはすでにランキング戦に出てもらっているけど、一応は全勝しているんだな」

「一応ってどういうことよ」

「いや、一回くらいは負けるかと思ってたから」

「ひどくない?」


 柊だけが、訓練と並行してランキング戦に出ることになっていた。

 それは彼女がソロランキングに出ていなかったから、という理由もあるが、それだけだと空汰、衣良、美加久市の3人も出なければいけないことになる。

 だけど、柊しか現在ランキング戦に出ていない。


 何だったら、ランキング戦の申し込みすら放棄しているくらいだ。


「でもまぁ、ランキング戦に出たおかげで、形になってるね」

「流石にあの量の訓練をこなせば嫌というほど強くなるだろうよ」


 更には、柊に関しては他の人は訓練の様子を知らない。


 柊だけが、宵ともムスビとも関わらないで訓練をしていたのだ。


 だから、ここにいる人達は柊がどんな成長をしているかは知らない。


「うーん、完成は一週間後そう?」

「この調子で行けば、そうかも。

 まぁこれから先は敵も強くなるからね」


 しかし、柊に関しては噂が流れていた。

 それは、ランキング戦に関してだ。

 何をされているのかわからないままに負けた。

 ただ殴られて終わった。

 戦いにならなかった。


 そんな噂だ。


 ソロランキングは、もちろん一人で戦うことのできる人間が申し込みをしている。

 だからこそ、下のランキングであろうと、それが弱いという証明にはならない。

 なのに、柊の噂は現実問題流れている。


「正直柊が一発で倒してくれればいいんだけどな」

「そうできるようにはがんばりますよ」


 柊とムスビのやり取りは、まさに同級生のやり取り。

 戦いの話をしているはずなのに、それをまるで明日の天気はなんだろう、というくらいの気軽さで話している。


 柊の持っているのは、余裕とかそういうものではない。


 持っていないのだ。

 自信も、余裕もそこにはない。


「でもまぁ、感覚的にはどう?

 何位までは行けそう?」

「完成すれば3位は硬いかな」

「それは心強い」


 当然、なのだ。

 柊からすれば勝つことは普通であり、当然。


 だからこそ、そこには自信とか余裕はなく、


「協は何位だっけ?」

「今は80位くらいじゃない?」

「えっ、じゃあもう追い抜いちゃったのか」

「多分最後の最後くらいに一度挑まれると思うぞ」

「それなら大丈夫かな。

 後も大丈夫でしょ」


 当たり前なだけなのだ。




「じゃあ」


 ムスビは一折話し終わり、締めに入る。


「まぁお互いに何してたかは知らないけど、みんなは確実に強くなりました。

 だけど、まだまだです」


 ムスビの表情は、柔らかい。

 その表情に騙されたものは、顔を強張らせた。


「正直、もうここまでくれば勝負とかは関係ないと思います」


 そして、ムスビはニヤリと笑う。


「ここからは隣りにいる人でさえ敵です」


 そして、ムスビは手を叩く。


「お互いのことを知っていたり、知っていなかったりしています。

 それも含めて、もう勝負は始まっています」


 そして、ムスビはまた柔らかい表情をし、


「俺もランキング戦に参加します。

 もちろん、第一段階ですら禁止です」


「俺は十位でランキングはとどまっているつもりです」


「そして、最後の日までにここまで来れなかったら」


「分かっていますよね?」



 ムスビの表情は、それはそれはにこやかであった。



☆☆☆☆☆



「あんな事話して大丈夫でしたの?」


 みんなが帰り、残った俺と宵だったが、質問を投げかけられる。


「なにが?」

「10位以内って話ですよ」

「大丈夫だろ?」

「皆さん戦々恐々としてしまっていましたけれど?」

「だいたい戦いの前なんてそんなもんだろ」


 俺があっけらかんと話すと、宵はため息を付き、


「確かにそうですが、限度があるのではないですか?」

「あれはかなり優しい方だろ」

「それはあくまで無体基準ですよね」

「……確かに」


 久々に昔を思い出して感覚が狂っていたらしい。


 ランキング戦でやりすぎないようにしないとな。


「でも、あの10位以内ってやつ、できなさそうだとおもう?」

「それはないですわ」


 宵はきっぱりと言い切った。


「みなさん頑張っていました。

 頑張ればいいというものではありませんが、結果がついてきたので頑張っていた、ということでしょう」

「だよな」


 放課後も時間が過ぎていき、窓から夕日が差し込んでくる。


 やけにきれいだから見入っていた。

 今は夏。

 夕焼けが長い時期だ。


「ところで、ムスビ」

「なんだ?」

「ソロランキングの登録はもう済ませたのですか?」

「もちろん」

「……てっきり忘れているかと」

「流石に学習してますよ」


 ランキング戦は同意さえあればすぐにでも戦うことができる。

 しかし申請してからそのランキングに入れるまで少しのラグが存在する。

 そのためみんなに事前に伝えておいたので、


「申請しろよって言ったやつが忘れるわけはないだろうに」

「そうですか」


 宵は少しつまらなさそうな表情をする。

 夕焼けに照らされて、少しそのゴスロリ服が赤みがかって見える。


「と、言うことは」

「ん?」

「ムスビは楽しみなのですね。

 みなさんと戦うことが」


 宵のその言葉に、俺は間髪入れずに、


「もちろんだよ」


 そう返した。


 これは会長や堂上、被瀬と、という意味と同時に、


 鍛えてきた奴らとも、ということを意味している返事だ。

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