74:俺は、まだ強くないのだ
『ランキング戦、勝者、大手城後』
最初に異変に気づいたのは、ランキング戦一戦目だった。
「へ?」
『身体能力強化』
俺の能力は、これだけである。
しかも倍率は凡そ2倍で打ち止め。
正直、強いではあるが、すごく強いわけではない。
だから、ソロだって、デュオだって、頼まれて入ったカルテットだって、本気ではなかった。
でも、それぞれで割といい成績を残したので、生徒会に入ることができた。
正直、周りはすごい人ばかりだった。
身体能力が高く、能力も汎用性が高い石上兄弟。
幻影という、チームに入れば心強い能力を持っている美加久市。
もし、四人でチームを組むなら俺が足を引っ張ってしまうだろう、なんて考えることは多かった。
それも、覆瀬との戦闘で証明された。
俺は、使えない。
その事実が心のなかに燻っていた。
だけど、それに対して覆瀬が言ったのは、すごい、という言葉だった。
もちろん否定した。
だけど、覆瀬は引き下がらなかった。
だから、つい言ってしまった。
自分の願いを。
「一発?」
目の前には、虚空がある。
言葉としては矛盾しているが、先程までそこには人がいたのだ。
しかし、一発で勝負がついてしまった。
「え? 終わり?」
思わず誰もいないのに、聞いてしまった。
それほどまでにあっけなかった。
それなりに上げていたランキングも、最近出ていないためにランキングが下がっていた。
そのため、これから何回も勝負するということにため息をつかざるを得なかった。
訓練の内容が、本当に地獄である。
また、それがまだ終わらないという事実も胃を蝕んでいた。
体育場から出ていく。
友達が数人見ていたのだが、賞賛の嵐だった。
やれ早すぎて見えなかった。
やれランカーみたいだった。
やれ隠された能力でもあったのか。
そんな質問攻めに会うが、胸中に渦巻いているのは疑問だった。
確かに多少なりとも覆瀬のおかげで強くなったとは言え、それだけで相手を1発で退場させることが出来るだなんて夢にも思っていなかった。
「あ、この後生徒会で訓練があるから、ごめん!」
嬉しいではある。
そりゃ友達の中でも、それなりに強い方だった。
でも、それが話題に上がるほどではない。
それか今ではこんなに持て囃されている。
嬉しくないわけはない。
でも、俺はいまいちこの称賛を受け入れることはできなかった。
☆☆☆☆☆
「覆瀬、どういうこと? これ」
「どういうこと、とは何ですか?」
「いやいや、まだ1.1倍までしか強化してないのにワンパンで倒しちゃったんだよ?」
第三訓練場。
いつものメンバーがそれぞれ到着次第訓練を始めている中、俺は早速覆瀬に聞いてみた。
すると、彼はため息をついて、
「今日の大手さんの相手って確か、『部分身体強化』の方でしたよね?」
「ん? 確かそうだったはずだけど……」
違う学年なので正確には把握していないけど、確か身体強化の能力だったと思う。
というか、なんで調べてあるんだ?
俺の相手のはずなのに……
「それなら、納得じゃないですか」
「……いやいや、それで納得できなかったから聞いてるのよ」
俺は身体強化を使ったけど、それだって今まで全力でやっても一撃で倒す、なんてことはなかった。
それも相手は身体強化だ。
身体強度の問題上、普通の人より退場しにくい。
「一応聞いてみますけど、どこに攻撃しましたか?」
「いや、鳩尾だけど」
訓練で死ぬほど勉強させられたことだ。
人間の急所は、意外にも多い。
そのため、達人であろうと意識的に全ての急所を守ることは難しいと言われる。
だからこそ防具が存在するのだ、という話をされ、
「あそこだったら割と死なないし、威力が強いと思っただけなんだけど……」
「それですよ」
「へ?」
覆瀬の言葉に俺は聞き返してしまった。
別におかしいことは言っていない。
自分で死ぬほど体験させられたのだ。
しかも、その中でも比較的辛くない部分への攻撃でどういう……
「ランキング戦での退場条件は、様々ありますが、その中に対戦者の意識の有無、というものがあります」
「まぁ、気を失ってたら戦いにならないからな」
「だから、大手さんの攻撃で相手は気を失ったんですよ」
「は?」
いくら鳩尾への攻撃が痛いからって俺の攻撃で気を失うか?
「訓練の最初の頃、俺から死ぬほど鳩尾を攻撃されて気を失っていたのは誰ですか……」
「え? でもあのときは強化して殴ったって……」
「そりゃ強化して殴りますけど、急所ですからごく少量の、最低限の強化ですよ。
身体強化能力者に換算すれば、1.3倍程度ですよ。
1.1倍でもしっかりと使うことができればそれ以上の威力を出すことができるんですよ」
初耳だった。
というか、
「え、もしかして他の急所狙ってたら……」
「明らかに治療が必須なレベルになってましたね」
「だから鳩尾あたりが初撃にはいいって……」
「調子が良かったので、勢い余って殺さないように、と思って嘘ついてたんですけど、役に立ちましたね」
ははは、と乾いた笑いを浮かべる覆瀬に、思わず苦笑いをしてしまう。
確かに、俺の訓練は人一倍異常なくらい辛かった。
「というか、それなら瞬発を使った時の強さってどんくらいなんだ?」
「そうですね……」
瞬発、というのは俺がこの一週間で教わった技術であり、本来は名前のない程度の技術。
一応仮称として瞬発、と呼んでいるこれは、死ぬほど簡単で死ぬほど難しい技術だ。
「もし、大手さんの身体能力で、最大の倍率、そして現状の大手さんの瞬発の速さを鑑みると……」
いきなり、覆瀬が動いた。
その速さは、覆瀬とは思えないくらいに遅い。
いつも対被瀬、会長といって動いているときよりも遅い。
というかこの速さって俺くら……
そう思った時、俺の視界は高速で動いていた。
そして感じる痛み、衝撃、肌が感じる風の感じ。
殴られ……
ドンっ
背中に伝わる衝撃。
呼吸が止まる。
体全部が痛い。
能力はすでに使っていた。
けど、痛い。
意識を手放しそう……。
そこで感じる、殺気。
刺すような殺気。
1.2倍。
身体強化を調節する。
同時に殺気によって俺は意識を取り戻し、顔を上げる。
そこには、誰もいない。
「というくらいですよーーー!」
見えるのは、先程まで俺のいた訓練場の中心に立ち、大声で俺に呼びかけている覆瀬の姿があった。
体は痛いが、これくらいで心が折れていれば、そもそもここまで俺は来ていない。
立ち上がり、重い体を引きずりながら、覆瀬の元へと行く。
「これくらいが今の大手さんの全力だと思います。
能力を使っていない状態だと、そりゃ一発で退場されると思いますよ」
「……本当に俺がこれくらいできるんですか?」
「一番調子がいい時を参考にしているので、必ずしもできるとは言いませんけど」
普通であれば、こんな威力の攻撃を経った身体強化倍率2倍の俺ができるとは言えない。
けれど、瞬発を使えば、それが現実的になってくる。
「散々言っていますが、瞬発はのうりょくとか そういうものじゃなくて、あくまでも身体強化系の技術なので、サボらないでくださいよ」
「はい……」
「それじゃあとりあえず復習です。
瞬発に関しては順調にできるようになているというふうに見えます。
先程の1.2倍に関しても及第点は言っているので大丈夫でしょう」
瞬発。
俺らがそう呼んでいる技術は、簡単なもので、能力の瞬間発動だ。
大体の人は能力を使うのに、平均1~2秒だという。
かく言う俺は、最初の状態でほとんど一秒の発動速度だった。
そして、能力というものは、基本的にスイッチのようにオンオフで発動するわけではない。
心のチカラの具合によって、じわりじわりと発動していくのだ。
だから、身体強化能力者は、1秒の間にストップウォッチの数が増えていくかのように、身体強化が為される。
なら、ここで質問。
殴りながら能力を発動すると、どうなる?
正解は、拳の速さが強化前とも強化後とも違う速度になる、ということだ。
少し難しい話なのだが、
[身体強化を使う前の拳の速さ]
から、
[身体強化を使った後の拳の速さ]
に変化するまでにかかる時間は、能力発動までの時間なのである。
その時の速度は能力発動の速度によって変わる。
だから、瞬発という技術によって、能力発動の速度を速めることによって、攻撃の速度を速くすることが可能なのである。
「とりあえず、瞬発は息をするようにできるように、また殺気による能力調整も継続します。
今日も一時間スパーリングで終わりましょうか」
ということで俺がやっているのは、瞬発の練習と能力調整。
これもまた怖いもので、俺は訓練の最中いつでも殺気を飛ばされる。
覆瀬がどうやってやっているのかは知らないが、さっきの質は五種類ある。
刺すような殺気。
覆うような殺気。
纏わりつくような殺気。
押しつぶすような殺気。
寒い殺気。
この五種類で、俺は上から1.2、1.4、1.6、1.8、2.0倍の身体強化を使い分けている。
間違うと物理的に四肢を飛ばされる。
痛いけど、四杯先生が治してくれるので死にはしないが、死にそうなほど痛いのも確かなので、ミスは許されない。
正直、やりたいかと言われれば、確実にやりたくないものに入る。
しかし、これのおかげで強くなっている感覚はある。
だけど、強くなればなるほどに、覆瀬の壁というものがどれだけ厚かったのかが分かる。
覆瀬は俺が死なない程度で、俺が耐えきれそうなくらいの辛さを与えてくる。
最初は本当に投げ出しそうになったが、そのたびにずるい言葉をかけてくる。
「まだ、強くなっていないですよ?」
俺はその言葉で、何故か立ち上がってしまう。
あ、だからか。
みんなからの賞賛の言葉が受け入れられなかったのは。
俺は、まだ強くないのだ。




