65:私は、『深奥』に至るわ
「まず、この話は外部に公開しないこと」
人差し指を上げる。
みんなは当然だと思っているものもいるだろう。
しかし、引っかかっていることがある人もいるだろう。
「まぁ、当然なんだけど、こんな強くなれる方法があるならなんで公表されていないか。
なんで噂にすらなっていないのか、知りたいと思うんだけど」
一呼吸置く。
そうすることにより、大事な話だと雰囲気でわかる。
「深奥に関して一つだ情報を言っていなかった事がある」
「深奥に至ることができる過程で、大体の人が死ぬ」
「ちょっといいかしら?」
「どうぞ」
「どういう事?
なんで死ぬの?」
被瀬からの指摘はもっともだ。
しかし、この問いに対する答えは、
「人だから」
「……どういうことなのよ」
「人にとって、深奥は身に余る能力なんだよ。
……これ以上は話せないけど、色々考えてみて、思わない?
俺も、宵も、強すぎでしょ?」
深奥に至ることはできるだろう。
しかし、その過程で殆どのものが知ることになる。
自分の体が深奥なんかに耐えられないと。
「でも、現にあんたは深奥に至っている」
「それはあくまで俺らの深奥が……まぁ、弱かっただけ」
「あんたの『進化』の深奥でも弱いの?」
「……まぁ、もし全人類が深奥に至ったとしたら、俺は弱い部類に入ると思うよ」
正直、深奥はそこらへんが難しい問題なのだ。
深奥がなぜその言葉を名付けられているのか。
そこらへんは深奥に至ると十分にわかるのだが、それを話すと逆に面倒なことになるので、言えない。
「……これ以上は恐らくワタクシたちの口からは詳細に離せなくなりますわ。
これ以上理解しようとすると、深奥に触れてしまい、深奥に至る時の障害になりますわ」
「……少し、思ったんだが。
二人はさっきから深奥の核心に触れないように話しているけれど、それはこの話を聞いた人たちに深奥に至ってほしいからか?」
「それに関しては……」
俺は宵の方を見る。
宵は俺の視線に、好きなようにやりなさい、というように視線を返してきた。
「それは半分正解で、半分間違い。
確かにみんなが深奥に至る可能性を見込んで話していないってのはある。
けど、もし話したら深奥に至りにくくなる、ということ以外にも面倒なことが起こることがある」
これこそが、ウィクトゥスが流行している理由でもあるのだが、そこらへんは伏せておく。
「深奥の一端に触れると、能力が制御できなくなる。
割と高確率で」
「制御できなくなる?
……原理を聞いても答えてくれなさそうだが、一応質問させていただいてもいいかな?」
「……そうなるから、としか」
「暴走するって、どんな感じになるっすか?」
堂上の質問に少し考える。
それだったら話しても良いのか?
ちなみに、気づかれても同様のことが起こる。
だからなるべく深奥の真実には触れないでもらいたいのだ。
「具体的には……ウィクトゥスを使ったときと同じ様な状況になりますわ」
「あっ」
「みなさんはウィクトゥスに関して知っていますのよ。
ならそれを出して話したほうが良いじゃないですの」
俺が悩んでいると、宵が話してしまう。
「ウィクトゥスっすか?」
「えぇ。
ちなみにウィクトゥスは深奥を参考にして作られた薬、といえば皆さんにはわかりやすいでしょうかね?」
その言い方に、みんなが息を飲んだのを理解した。
確かに、その言い方ならばバレることも少ないだろう。
……もしかして最初から説明こいつにバトンパスしたほうが良かった?
「……でも、ムスビからの話であることに意味があるのですのよ」
「……能力使ったか?」
「いえ?
そんな事をしなくてもわかりやすいのですわよ」
自身の顔に手を当てる。
そんなにわかりやすいのか、なんて思っていると、
「だから、ウィクトゥスも深奥を知ることも同様にみんなに知られていないんですか?」
「そうだ。
ちなみにウィクトゥスに関しては投与後に生きていた場合、記憶に一定の操作を行い、ウィクトゥス使用時の記憶を消さないと、症状は消えないのですよ」
みんなの顔を見渡すが、しっかり理解できているようだ。
その様子にホッと一息つき、
「で、次の話だ。
なんでこんな口止めだけに話をしているんだか」
「まぁまぁ。
聞いてみたところ面倒なことが絡み合っている様に見えるから、仕方がないさ」
会長のフォローに、少し心温まりながら、
「それで、次の話だ。
これは簡単。
深奥に至りたい?」
「……まさか、スカウトってわけじゃないでしょう?」
「なわけないよ。
一応ここで深奥に至りたいって言ったときは手厚くフォローすることになっているけど……」
宵の方をちらりと見る。
「ワタクシはこの申し出にイエスと答えました。
それと同時に、その中で唯一の深奥に至ったものですわ」
「今まで100人以上は深奥にいたろうとするのを見てきたけど、どこかで壊れるか死ぬ」
「……正直、ワタクシも心が折れかけていましたけれど?」
「……そこは宵だから深奥に至ったんじゃんやだー」
「そこまで白々しくされると一周回って清々しさまで感じますわね」
宵は恨めしそうに俺を見る。
宵の事を手厚く見ていたのは俺だった。
だからこそ深奥に至ったときには当然殺されそうになったし、だからこそ『無体』にいる。
「つまり、私達の中から100分の1のガチャをしようってわけ?」
「……いやいや、そもそも宵が深奥に至れたのはそれ以上の確率だったから、100程度の確率じゃない。
それに、日本で育ってきた程度じゃ到底深奥に至れるとは思えないよ」
「その根拠は?」
ここで宵からの質問。
そこから来るとは思っていなかったので、いきなりの質問に驚きながらも、
「それなりに耐えることができる人間じゃないとちょっと……」
「具体的には?」
「えっ。
……数え切れないくらい死んでも大丈夫なくらいの精神性?」
正直人生で一番やり直したくないことの一位に入っているくらいだ。
『慣れ』の能力を持っているにもかかわらずこれなのだから、恐らく俺以外の人達にとってはもっと地獄なのだろう。
「現に俺以外に日本人の『無体』はレイ以外いない」
「……四杯先生ってどこの方っすか?」
「ワタクシは少し込み入った家庭でして……それにお答えするのは少し……」
宵の言葉の意味を知ったのか、堂上は話を止める。
「それで、それを聞いてあなたは何をしたいの?」
「……俺としても、『WMM』としても基本的にはこれ以上深奥を増やすことには反対なんだよ。
だけど、一応俺らも一個人だから国の方針には逆らえない」
「どこ、とは言いませんが、深奥に至ったものを求めている国がありますのよ」
「あ、ちなみに下手にここらへんの話もしないほうが良いぞ。
割と国の間者っているもんだから」
俺の軽い言葉にみんなが困惑しているが、
「今は宵と俺で盗み聞きはされていないのは把握しているけど、もしこれで俺らがいない時に深奥なんて話をしたら確実に国の連中に接触されるからな」
「ちなみに、体をいじって深奥に……なんて話は日常的に聞きますわよ」
「……なんでそんなに脅すような話をするんだよ」
「折角鍛えた皆さんを不用意に殺したくありませんもの」
俺と宵の話に、一部の連中は顔を青ざめさせてる。
「ま、別にそんなに気を張ることじゃないですよ。
ただ、むやみに口外しなければいいという話で」
俺は話した内容を反芻して、言い残しがないか確認する。
「これで全「まだ話はあるわよ」へ?」
思わず阿呆な声が出るが、別にそこは問題ではない。
もしこれが宵だったら俺に話し残しが会ったのかも知れないと思っているのだが、
「まだ、全員が深奥に至らない、と決めたわけじゃないわよ」
「……は?」
被瀬が、声を出した。
まるでその話しぶりは、自身が深奥に至るようになる、と言わんばかりのもので、
「私は、深奥に至るわ」
「あっ、俺もよろしくっす」
「私も頼むよ」
え、待って三人も?
ちょっと、ちょっとまって。
脳内の言葉が口から出てこない。
宵の方を見ると、そこには俺と同じ様子でこちらを見る宵の様子だった。




