61:お姉さん、強いの?
その季節違いのライダースジャケットを来た女は、俺の対してそんなことを言ったのだ。
その時はちょうど能力に覚醒して、自分の力を理解したところだったので、それはもう驚いた。
「おいおい、美人で美しいお姉さんから声をかけられて声も出ないってのか?
……まぁ、この歳でプレイボーイってのも少し面白みがないってもんだな……」
目の前でぶつくさ話している女性に対して、ようやっと戻ってきた理性が、告げる。
”この人はやばい”
逃げようと即座に判断、踵を返そうとしたが、そこにいたのはちょうど遊んでいた同級生の男の子数人。
その目には星が埋まっているのではないだろうか、と思うくらいの興味津々な視線をこちらに向けていた。
このときの覚醒のタイミングも非常にまずかった。
この遊んでいるメンツの中には誰も能力に覚醒している子はいない。
つまり、みんなからすれば羨望の的になってしまうわけだ。
「それで、能力はなんだ?
教えてくれよ」
「そうだよ! 使えるんなら教えてよ!」
「ずるいずるい! 教えて!」
何がずるいのかは理解できないが、小学生と大人の女性からの質問攻めというものは、小学一年生にはなかなか答えるものが在り、
「『慣れ』……です」
話を聞いているみんなが、疑問符を頭の上に浮かべているのが理解できた。
「俺の能力は、なんにでも『慣れ』やすくなる能力、です」
「お前それって……えーっと、例えば……」
女性は、何か例えを出そうとしているのか、少し頭を悩ませていた。
その様子は、子供の俺らからすればよくわからない光景で、
「あっ」
いきなり声を上げた女性に対して驚いてしまうくらいにはちょうどよかった。
「お化け屋敷にもう一度入ったら、怖くないってことか!?」
わかりやすいだろ? と言わんばかりのドヤ顔を披露する女性。
おばけやしき、という単語は小学生にも理解できて、なおかつ俺は思わず、
「多分、そこでやる祭りのお化け屋敷なら、もう怖くない」
そういった。
その時住んでいる地域で行っている『お化け屋敷』というのは、この地域でも比較的有名だ。
寂れた地域だが、その祭りのお化け屋敷は変にこだわりが多く、この地域でそのお化け屋敷に入らない人はいない、とまで言わしめるものだ。
それには周りの初学生も嘘だと思ったのか、口々に嘘だぁ、そんなぁ、と話す。
当時は小学生。
目に見えて面白い能力でもないので、それしか取り柄がないように感じた俺は、
「ホントだもん!」
少し強めの言葉で、声を上げた。
その様子に、友達は少し驚きながらも、
「じゃあみんなに言って今度祭りやるときにぜっっっっったいに行かせてやるからな!」
「のぞむところだ!」
テレビでしか見たことのないような言葉遣いで、その言葉に乗る。
今にして思えば微笑ましい光景だな、と自分でも思う。
でも、その時の俺には、それくらいしか能力で自慢できるものがなかった。
それくらい、子供にとって『能力』ってのは夢だったのだ。
その時はちょうど『ランキング戦』というものが始まる前だったので、見たことはなかったのだが、子供ながらも職業体験で見る『能力』を使った仕事に憧れたものだ。
そうして、ヒートアップする口喧嘩は、最終的に「みんなに言ってやるからな!」の一言で相手が去っていった。
「ま、少年、付き合え」
残ったのは、女性と俺の二人だけ。
その女性は、ひどく面白そうな表情で、俺の手を引いた。
柔らかい手に、弱い力で引かれることに、安心感を得つつも、
「……信じるの?」
「何をだ?」
「俺の、能力」
「信じるも何も、嘘ついたのか?」
俺は首を横に振る。
俺のために合わせてくれた歩幅は、何となく今でも覚えている。
「なら、本当じゃんか」
「……うん」
「あ、それとな」
「?」
「あたしは、『嘘がわかる能力者』なんだ」
笑顔で話すこの女性。
当然、嘘だ。
能力の応用でできないことはないが、そんな器用なことができる人ではない。
なんであの時あんな嘘をついたのか、と聞いたことがある。
『好感度稼ぎ』
その時の言葉に手が出そうになったのは、俺が悪いわけではないと思う。
☆☆☆☆☆
向かった先は、屋台のアイス。
だるそうにカップにアイスを盛るおばさんを下から眺めながら、俺は女性からアイスを受け取った。
「あ、あたしは鹿角礼。
まぁレイさん、とでも読んでくれたまえ」
「あ、えっと、~~~~~~です」
「お、自己紹介できるのか、偉いな」
近場のベンチに腰掛けながら、二人して空を見上げながらアイスを食べていた。
屋台のアイスはなんとも言えない味がする。
正直あんまり好きではないのだが、割と暑い日だったので、別に好きでなくても美味しく感じる。
「で、少年。
急で悪いが、ひとつ、話があるんだ」
急な話の展開。
その時は漫画や小説を読むことはなかったので、何か期待をすることはなかった。
……今だったら妄想が捗るんだが、流石に若すぎた。
それに気づいたのか、レイもやけにハードボイルドに決めていた様子をやめ、
「お前さ、あたしのとこで強くならない?」
小学生には理解しがたい話だった。
何を言っているのだろう、と思いつつも、ゆっくり理解していく。
ようやっと自分を鍛えてくれる、という思考までたどり着いたときには、
「やっと、見つけましたよ」
公園のベンチは、大勢の人に囲まれていた。
そこにいたのは、これまた季節外れな黒一色のスーツを身にまとった人たち。
いきなりの出現に驚きながらも、俺は『慣れ』ていく。
「おっ。
この状況に『慣れ』たか」
「な、なにこのひ……」
俺が続きを話そうとした瞬間、スーツの男たちは、レイに襲いかかる。
子供でもわかる、倒されるという感覚。
目をつぶり、ギュッと体に力を込める。
ドンっ
腹の底に響くような、太い音とともに、風が吹いた気がした。
いつまで経っても俺の体には誰かが触れるようなことはなく、痛みもない。
目を開けると、そこにいたのは、
地面にめり込んでいるスーツ姿の男達だった。
「は?」
流石に地面にめり込んでいるスーツの男は小学一年生の思考能力を破壊するには丁度いいらしく、案の定俺は思考停止した。
「そうそう、少年。
お前を強くする、ってのは言ったが、しっかりと目標があって、強くするんだぞ」
レイは、ベンチから立ち上がり、俺の目の前でしゃがみ込み、俺の目を見る。
そして、ぱきっ、という音が自身の首から鳴る。
同時に感じる、軽さ。
地面を見ると、『首輪』が落ちていた。
能力が発動する。
一気に冷静さを取り戻し、思考は現実に引き戻される。
「お姉さん、強いの?」
「あぁ、とびっきりな」
「それで、強くしてくれるの?」
「あぁ、思いっきりな」
「できるの?」
思考は正常にはなったが、それで俺の考え方が変わるわけではない。
未だにこの状況は飲み込めないし、ほんとにレイが強いのかも半信半疑だ。
レイはそれを知ってか知らずか(今となっては知らずにやっていたと思う)俺の周りを指して、
「これくらいは余裕だな」
まさかぁ、という目で見た記憶がある。
レイはその様子に、ゆっくりと、聞き取りやすいスピードで、
「お前にはな、強くなってやってもらいたいことがあるんだ」
「……何するの?」
レイのその時の表情は、未だに思い出せる。
それは美しい、とか残酷だ、とか印象に残った表情じゃない。
「私が強すぎるから、倒せるようになってほしいんだ」
豪快に笑いながら、そんなセリフを言ったのだ。
……流石に記憶に残るだろう?