57:……パフェでどうだ
静寂。
音というものを忘れた様に、静まり返る場。
「はぁ」
ため息。
そのため息は、空気を震わせ、音となり、耳に入り、認識させる。
「別に、使いたいわけじゃなかったし」
声の主は、佇む。
「負けたところで死ぬわけじゃないんだけど」
その様に誰もが身動きを取れない。
「でもさ」
それは恐れ。
「……なんでかなぁ」
それは、圧倒的強者を前にしたときの、弱者の反応。
声の主は、マントを羽織っていた。
そのマントは、黒いマント。
しかし、黒色、というわけではない。
光を全て吸い込んでいるような、そんな色。
そのマントは、小さな少女の手刀を受け止めている。
本来であれば、確実に倒せる技。
本来であれば、勝利していたはずの技。
だけど、
「これを使ったからには、降参を推奨したいけど」
結果が伴っていない。
「あら。
……まだ勝負はついていないわよ」
「そんな震え声で言われても困るんだけど……」
結は、ムスビの言葉に自身の手の震えに気づいた。
恐れている。
そこで、体が何を思っているのかを知る。
「会長も、美加久市さんも、柊も、堂上も、えっと……もうひとりの人も。
俺がこのマントを出したってことは、わかるでしょ?」
別に威嚇しているわけではない。
だけど、圧迫感を感じる。
この場の人間が思う。
以前に感じたものとは違う。
確かに、以前ムスビのマントを羽織った状態をこの場にいる人間は全員目撃しているが、それはあくまで自身が味方である時。
敵意を向けていないにしても、警戒はしている。
それだけなのに、とてつもない圧迫感。
「ムスビ。
君は勝った気でいるようだが、どうかな?」
「……どういうことですか? 会長」
そこで茜が声を出す。
その声色は震えていたが、結ほどではない。
当然、ムスビも気づいて入るが、そこに対して疑問は投げかけない。
「私達は、君に能力を使用させることができた」
「えぇ」
「正直、これは完全に予想外だ。
四杯先生からも、この自体になったら即時に敗北する、という忠告を受けている」
「ま、たしかにこの状態の戦闘能力を知っているなら、その忠告はわかりますね」
「でも、この前君と戦って思ったんだよ」
茜は、一歩前に足を踏み出す。
その行為は、ちっぽけな行為かもしれない。
しかし、みんなからしてみれば創さんの嵐が降り注ぐような、そんな一歩であった。
現状この中で足を動かすことができるのはムスビのみ。
しかし、茜はそれを気合でなんとかし、また勝機を失った目をしていない。
「君のその状態は、強すぎるんじゃないか?」
「……?」
「そう、君のその状態は強すぎる。
聞いたところによれば私は君の軽いデコピン程度で死にかけたそうじゃないか」
「まぁ、そうですね」
「それに、早乙女先生との戦闘では、『体育場』の結界が壊れていた」
「まぁ、なりふりかまってられなかったので」
ムスビはいまいち茜の言いたいことが掴めていない。
茜は、少し間を取り、
「つまり、だ。
君は私達に『退場する』だけの攻撃を与えることはできないのではないか?」
「……あぁ、そういうことですか。
つまりこの状態だと、俺は攻撃をすれば確定で殺してしまうか、『体育場』をぶっ壊してしまう。
だから俺が安易に攻撃をすることができない、と」
「そういうことだよ。
ま、もうその状態になった時点で私達の勝機はないんだけど、この可能性を諦めることもできない」
ムスビは茜の瞳を見つめ返し、少し面倒そうに頭をかく。
「まぁ、その話に関しては理解できるし、そう思うのは別に間違った推理ではない」
けど、と付け足した瞬間、この場にいる全員の視界に異常が起きる。
視界が、傾いていくのだ。
まるで、倒れているかのように。
明らかにみんなは立っている。
しかし、視界は言うことを聞いてくれない。
皆が疑問に思う。
しかし、それを解決する一言を、ムスビは言い放つ。
「能力を発動した時点でもう斬ってます」
☆☆☆☆☆
「やりすぎですわ」
背後から頭を叩かれる。
別に痛くも痒くもないので黙って受けておく。
「ったくなんで硬いんですの……?」
「いやなんで俺がキレられてるんだよ」
俺は背後を振り向きながら、叩いてきた張本人である宵を見る。
宵は何やら疲れた様子で俺のことを見ている。
「まさか本当に能力を発動するとは思っていなかったですわよ……」
「……悪いかよ」
「悪いも何も、能力を使用するのを一番嫌っていたのはあなたではないですの?」
刺さる言葉だ……。
左胸を抑えながら、俺は言い訳の様に、
「別に、俺も使わない気でいたんだよ」
「……どういうことですの?」
宵が話を促す。
少し言いづらいが、言ったほうがいいだろう。
「あの時、感じたんだよ。
死の気配を」
「……死にそうになったときに感じるって言ってたものですか?」
「あぁ。
最後の被瀬の一撃」
「……確かにかなり強い威力だったのかもしれないことは認めますが、それほどでしたの?
現にマントで止めていたじゃないですの」
宵の言葉は最もだ。
確かに結果だけを見ると被瀬の技は俺に難なく止められたかのように見える。
しかし、
「あれでマントの3%を失った」
「……その単位がむかつきますが、そこまで減ったのって……」
「安藤が準備に準備を重ねた渾身のケリくらいだ」
「あぁ、確かそんなこと言ってましたわね」
「それに」
「それに?」
「俺の一段階の開放で打てる最大威力」
その言葉に、宵は言葉を発さない。
安藤は意外と『無体』の中でもちょっと評価されている。
しかし、それはあくまでも『無体』以外の人間で、という注釈が必ずついている。
だからか、安藤で例えると伝わりづらいのだが、俺の一段階ではどうだろうか。
『無体』の連中だからこそわかる、威力。
「まぁ、育つに越したことはありませんが、それにしてもすごいですわね」
「うかうかしてられないかもな」
「……完全な嫌味に聞こえるんですけど、わざとで?」
「別にそんな意味はねぇよ」
だけど、と付け足し、
「悔しい」
その言葉に、宵はぽかんとした表情でこちらを見る。
「何か文句がありそうな表情だな」
「いえ何も」
「何か思ったことがありそうな表情だな」
「いえ何も」
「……悔しいって言ったことがそんなに珍しいのかよ」
「えぇ」
「そこは素直なのかよ……」
宵は両腕を突き出し、能力を発動する。
俺は体の力を抜き、能力を解除する。
彼女たちが消えた後、そこに残ったのは、
6発のクレーターと、ボロボロになった結界だった。
「後できっちりお返しをもらわないといけないですわね」
「……パフェでどうだ」
「……駅に近いところのですか?」
「そう」
「わかりました」
意外にちょろいな。
「あ、それと買い物に付き合ってくれますわよね。
ワタクシが飽きるまで」
……やっぱチョロくなかった。
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